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監督インタビュー【音声ガイド制作者の視点から】映画『ケイコ 目を澄ませて』 三宅唱監督へ

Palabraは、12月16日公開、絶賛全国上映中の映画『ケイコ 目を澄ませて』の音声ガイドと字幕を制作しました。本作は、聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、彼女の生き方に着想を得て、『きみの鳥はうたえる』の三宅唱が新たに生み出した物語。公開初日から日本語字幕付き上映を実施する劇場も多く、アプリ『UDCast』方式による音声ガイドと日本語字幕に対応しています。

三宅唱(みやけ・しょう)監督が音声ガイドの制作に参加するのは本作が初めてとのこと。音声ガイド原稿を書いたのは、山田岳志さんですが、制作の頭から監修として関わった松田高加子(まつだ・たかこ)が山田さんと相談しながら制作した点を、音声ガイド制作者視点でインタビューしました。

最初に原稿を見た時

松田:まず、三宅監督にとって初めての音声ガイド制作だったということですが、はじめに初稿という形で音声ガイド原稿を受け取られた時、どう思われたか?ということを覚えてらっしゃいますか?

三宅:あー、どうだったかな・・・。ちょっとお待ちくださいね、メールを見てみます。(お手元のパソコンを操作)
 
松田:(当時の原稿を見ながら)どなたからのチェックバックか分からないのですが、トレーナーの松本さんの呼称を「松本」ではなく「松本トレーナー」とする、聖司に対して「弟の」とつけるなど、属性も言った方が分りやすいのではないでしょうか?というコメントをいただいていますね。
 
三宅:あ、回答欄か。それは僕が書いたものだ。
はじめてで何のルールもわからないから、単純にそのルールがなんなのか読み解くように読んでいたんですよね。知識がないから「こうしたい」「こうしなきゃいけない」がゼロだったので・・・語弊を恐れずに言うなら、音声ガイド原稿を初めて目にするし、へえ面白いなあと思いながら読んだ記憶があります。
 
松田:ジムが古いのが伝わってほしいけど大丈夫かな、ともありましたが、
モニターさんには音と共に雰囲気が伝わっていましたね。

映像を言葉にしていることへの違和感

三宅:(違和感は)全くなかったですよ。ピアスを外して棚の上に置くことがガイドされていた(本編の3分半あたり)のが嬉しかったですよね。僕らの現場での仕事をちゃんとみてくれている方たちが作ってくれているんだな、とそこでわかりました。そのあたりを拾ってくれる方達と一緒に仕事ができたのは、自分の音声ガイドのスタートとして幸運でした。
 
松田:書き手としては背筋が伸びる言葉です。音声ガイドの基本は見たままを書くですが、私がぼんやり見た「見たまま」ではダメで、演出意図を汲んだ部分を自然な言葉で拾わなければいけない。拾ってるところが間違っていないというのはまさに監督に信頼されるかどうかのカギだとも思っていますので。
 
三宅:自分の感想が偉そうに聞こえないといいのですが・・・。
 
松田:いえいえ全然。細かすぎるかなというところまで、しつこく確認する作業は間違ってないんだと思えて、嬉しいです。

実際の音声ガイド原稿を取り上げながら

<冒頭の7分10秒あたり>
ガイド「団地の通路。階段の上で、ゴミ袋を持った男性が会釈する。
ケイコが階段をあがってきて、通路を進んで行く。」

 
松田:映像としては、団地の共有通路でカメラは固定で、左からおじさんがゴミ袋を手にフレームインしてきて、立ち止まって頭を下げる。そこが階段の上であることがわかって、誰か上がってくるんだな、と見ていると、ケイコの姿が見えて、奥の方へ歩いていく、というシーンです。
「団地の通路でケイコと男性がすれ違う」とだけ書くこともできるのですが、
変な質問ですが、ここはなぜ、固定の画面に男性が先に入ってくるような撮り方をしたんですか?
 
三宅:いくつか選択肢があるなかで、男性が入るタイミングは僕らが明確に演出しているところです。理由は説明しがたいのですが、先に男性が現れて、後からケイコがフレームインしてきた方がいいと思ったんです。なので、いまの描写の順番がいいと思います。
 
松田:私は見たままの順番に書いてるだけなんですけどね(笑)。
 
三宅:そういえば、音声ガイドは具体的な動詞が重要なのだなとも思いました。音声ガイドが促す想像力。そもそもの映画を観る面白さがリンクしてくるんですよね。動詞というか、やっぱり映画はアクションなんだなと。

松田:Palabraでは「同時性」を大事にします。作品を尊重するということはそういうことだと思うので。紙芝居的に、実際のアクションが起きる前、もしくは後ろに、「団地の通路でケイコとおじさんがすれ違う」または「すれ違った」ということもできる。
それも結果としては間違ってない。でも、同時性が作品性を保つと考えると違うな、と。
完全な同時性は難しいのですけど…。
 
三宅:よくわかります。
 
松田:私が見えないユーザーだったら、こういうガイドを聞きたいというものに基づいてガイドを書いているんですよね。
 
三宅:僕も映画と一緒にはらはらしたり、退屈したり、同時に主人公と体験しているから、その感覚はよくわかります。
 
松田:映画があえて分かりやすくしていないのに、音声ガイドがあれば全部分かるはずと思われることもあって、音声ガイドがあるのに、分からなかったと勘違いされる可能性もあります。(笑)
 
三宅:映画なんて分からないこといっぱいですもんね。全部が全部、分かる必要はない。映画の1ショット内には途方もない量の情報、説明できないような無数の記号に満ち溢れていて、なにもかもが分かるということは不可能、というところからスタートせざるを得ない。
音声ガイドを作りやすい映画、作りにくい映画があるということですね。おもしろいですね。
 
松田:なんというか、撮っている人と呼吸があわないというのか、微妙に半秒余る作品とかあります。(笑)


<13分20秒あたり>
ガイド「水筒を地面に置く。ストレッチを始める背の高い会長。
少し後ろに立つ小柄なケイコ。同じように両腕をあげてストレッチ。
右腕を横に伸ばし、左腕をクロスさせ引き寄せる。肩のストレッチ。」
 
松田:河川敷でケイコが会長と一緒にストレッチする日常の風景ですが、とてもいいシーンで。そこに、ここまで詳しいストレッチの方法まで伝える必要あるかな?という空気が一瞬流れたんですが、モニターさんは動きについていけた、とコメントくれたし、監督も入れていいと思うと言ってくださったので、この描写を残しました。
 
三宅:撮影現場でいろいろ判断しているように、音声ガイドも同じで、具体的に判断していく作業だということがわかりました。その判断基準というのはモニターさんたちの存在も大きかった。自分たちの判断を修正できるし、確信も持てるから。
 
松田:このシーンには、モニター会で三宅監督が気にされた「ケイコの身長がどのくらいで伝わっているのか?」という点も含めて修正しました。モニターさん達は、ボクサーをやってるくらいだから割と背が高いとイメージしていたので、どこかに小柄なことを入れようとなって、このシーンなら、会長との身長差も晴眼は確認しているので、ストレッチの動きと共に説明を入れました。

見せ場では音に任せた

 松田:何度か、ミット打ちのコンビネーションが出てきます。序盤のところでは、晴眼でボクシングのことあまり知らない人でも、松本がこう動くんだよと伝えながらケイコのパンチをミットで受けるシーンがあって、徐々にいつもこういう風にやってるんだな、と分かる。
そして、終盤で、見応えたっぷりのコンビネーションが出てくるのですが、
だいたい20秒くらい音声ガイドは入れずに、映画の音に任せました。どうご覧になりましたか?
 
三宅:もし仮に、右ジャブから左フックの指示とガイドした場合、専門用語と言えば専門用語な気もするので、悩みますよね。僕自身は、耳からその言葉を聞いてそれを思い描くには時間がかかる気もしたし。とにかく、あの音を聞いてもらうことがメインだね、ということでしたよね。
 
松田:もっと、ケイコの技術が上がるのを追っていくようなボクシング映画だったら、実況中継みたいに矢継ぎ早に言葉を紡いで、その言葉の1つ1つを理解するというより、それによって複雑なことをスピードと共にやっていることを伝える、という方法をとったと思いました。
 
三宅:はい、結果的に、あのミット打ちの音に任せるというのは、よかったと思っています。
 
松田:晴眼者としては岸井さんすごいな!と見ている部分を共有したいとも思いましたし、私自身がジムで少しだけボクシングをやったことあったのであれだけ動けることがどれだけ大変かもわかっていたので、矢継ぎ早型と迷ったのですが、ジムでトレーニングしている練習生たちが作り出す音同様、音から十分、2人の思いは伝わるので、音任せにしました。
 
三宅:見事だ、とガイドしたら、ただの感想ですもんね。
あのシーン、松浦さんの出している手はアドリブなんですよ。

松田注:トレーナー役の松浦慎一郎さんは大学ボクシング部出身。ボクシングジムでのトレーナー経験を経て、たくさんの映画でボクシング指導をされている役者さんです。

三宅:6パターンの返しを反射でやっていたんです。流れを決めちゃうとああいう風にはならない。散々練習したので岸井さんが本当に上達しまして、即興に伴うリスクが無くなったので、あの場面を撮影できました。
 
松田:私も一度は言葉に返してみようと思って、0.3秒再生で動きを追いましたけど、同じ順番を繰り返していなかったから。繰り返してるなら、1回それを言って、繰り返す、と言うこともできたんですけど…
 
三宅:パンチの音、あのビート、撃ち終えて二人が笑う。
モニターさんに確認したとき二人の思いみたいなものまで伝わっていたので「よし!」と思いました。
 
松田:ミット打ちも音を聞いて、すごいね!って言ってました。
 
三宅:映画づくりは具体的なことの積み重ねなんですよね。
現場でも編集でも、そうなのだけど、音声ガイドでも引き続き、「映画の作業」をやったと思ってます。今までやってこれなかったので、今後つくる時は音声ガイドまで自分の楽しい映画の作業と思えました。

手話に字幕がないシーン

松田:中盤のカフェのシーンでケイコが女友達2人と手話でおしゃべりをしているところがありますが、2人はろう者の俳優で普段も手話で話しをしている方たちで。あのシーンに字幕は出ていませんでした。

三宅:字幕がある無しで人によって感じ方が違うので、つけないことで伝わらないことが発生してしまうんだけども。逡巡はあったし、手話の監修者たちとも相談したけど、最終的には自分が判断して、つけない方が映画としてはいいと思いました。
 
松田:音声ガイドがあのシーンでやらなくてはいけなかったのは、何を話しているのかを明確にすることではなく、まず、「字幕はないんだな」と気づいてもらえること。
じゃあ、晴眼者はどう見ているのか?を伝えることでした。
ガイド「眉間にシワを寄せ、何かの文句を言っているような様子」といった具合に。
私は、手話は全くできませんが、先入観のない初見の時に、一人が愚痴のようなことを言っていて、その内に一人がケイコの手相を見始めて、ケイコに占い結果を伝えると、ケイコがえー?そんなことないでしょう?と半信半疑の表情を見せたな、と見ていました。それと同時にケイコが自分自身の言語で屈託なく話をしている様子がいいなとも見ていました。
その後、台本に書かれていたその部分の日本語セリフを見ましたが、自分の受け取ったこととほとんど差がなかったので、文字通り見たままの音声ガイドにするようにし、ケイコが笑顔を見せていることを併せて伝えました。

手話セリフへのボイスオーバー

松田:このカフェのシーン以外に手話に対して日本語字幕が出ているところがあったので、音声ガイドユーザーのためにそこに声を当てるボイスオーバーの収録がありました。
外国語映画の吹き替えなどと違うのは、手話をしている人が発話をしないのでどういうニュアンスで喋っているのかは監督に判断していただかないと無理なので、三宅監督にスタジオで指示を出していただきました。
 
三宅:普段、あまり声優さんと仕事することがないから、すごい技術だなと思いました。
的確にやっていただいてよかったです。
 
松田:本編の中の手話セリフの演出は、監修の方にニュアンスを伝えたうえで演出してもらった感じですか?
 
三宅:見本の手話を東聴連(東京都聴覚障害者連盟)の堀さんにやっていただきました。棒読み的なものではなく、もう堀さんの演出というくらい色々と出していただきながら進めました。そこに手話アイランドの南さんも加わって、そういう意味だったらこういう表現、という感じで提案してもらったりとか。
映画表現としてどう受け取られるのか。準備段階で色々聞きながら作っていきました。

会長が愛おしい

松田:恐らくこの映画を観る方の多くが三浦友和さん演じる会長を大好きになると思うのですが、
終盤、病院での会長のシーンには、セリフが全くありません。
でもミクロ単位の空気までが色んなことを語っているようにも見えるシーンで、とても難しいと感じました。通しのチェックの時に、監督がフフッて笑ってたんですけど、何か変でしたか?
 
三宅:なんでなんだろう?
 
松田:何か面白かったんですかね?
 
三宅:会長がおもしろいからですかね。自分が愛着を持っている部分が言語化されてよりおかしくなったんでしょうね。
 
松田:それは、ガイドを確認している時、同じような気持ちになりました。
あ、この仕草もいいな、この雰囲気も伝えたいな、と愛おしい気持ちになったので。

<1時間30分あたり>
ガイド「薄暗い通路。遠ざかっていく(会長の)背中。光が差し込む出口へ向かう。」

 
松田:上記のシーン、ここはカメラがどんどん下がっていくんですね。
すごく前向きなシーンでもないのですが、だからと言ってマイナスなシーンでもないと感じていたので、どう書いたらいいか迷いました。
 
三宅:キャメラの動きを記述するかっていうことですよね?
 
松田:はい。どういう意図として反映させるのか?というところですね。
 
三宅:難しいですよね。遠ざかる、奥に行く、離れていく。
その距離を足しているだけで必要十分でしたよ。
音声ガイドで伝えたいものは描写されているかなとは思います。
 
松田:私自身が好きだと感じる映画は、私が観た感じに近づけたいとより強く思うので邪魔していないかとか心配になるんですよね。
 
三宅:映画のおもしろさはすごくシンプルなもので出来上がっていると思っていて、
シンプルを積み重ねてものすごい豊かなものを観ている人が感じられる。
そのシンプルを部分をまずは掴むことができれば、あとはいいんだと思います。
最初の肝心な部分さえガイドの中にあれば、きっとどんな人であれ、楽しめるんじゃないかなと思いました。
他の考え方でつくられた音声ガイドは知らないのですが、僕は今回の音声ガイドがいいと思ったのでよかったです。
 
松田:ありがとうございます。こちらも、監督がいい意味で、特別なものとして作っていない感じがあったのでありがたかったです。
 
三宅:今、思い出しました。やる前には、やったことがないものへの怖さを抱いていました。
でも、いざ一緒にお仕事させていただいたら、具体的に見えることを積み重ねていく、という現場での仕事とガイド制作は全く同じだということが分かって、音声ガイドを作るまでが映画の製作だと思えばいいんだと分かったので、楽しかったです。

松田のつぶやき
この作品はBGMとしての音楽はなくて、ジムの中でのトレーニングで刻まれるリズム音や聖司のつま弾くギターの音色、聖司の恋人からケイコがダンスを習う様子、日常から紡ぎ出されるリズムが視覚的な音楽になっていたと感じるので、音声ガイドを利用して鑑賞する視覚障害のあるお客さんにもそれを感じてもらえたらいいなと思っています。

映画『ケイコ 目を澄ませて』を音声ガイド付きで観るには

音声ガイドは「UDCastMOVIE」アプリ・「HELLO!MOVIE」アプリに対応
アプリをインストールしたスマートフォン等の携帯端末に、作品のデータをダウンロードして、イヤホンを接続してお持ちいただければ、全ての上映劇場、上映回でご利用いただけます。

『ケイコ 目を澄ませて』作品情報

不安と勇気は背中あわせ。震える足で前に進む、彼女の瞳に映るもの――
嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえない。再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない想いが心の中に溜まっていく。「一度、お休みしたいです」と書き留めた会長宛ての手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知り、ケイコの心が動き出す――。
 
岸井ゆきの
三浦誠己 松浦慎一郎 佐藤緋美
中原ナナ 足立智充 清水優 丈太郎 安光隆太郎
渡辺真起子 中村優子
中島ひろ子 仙道敦子 / 三浦友和
 
監督:三宅唱
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅唱 酒井雅秋
 
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
2022 年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/99 分
公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

三宅唱監督プロフィール

1984年生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校・フィクションコース初等科修了。
主な監督作品に、『THE COCKPIT』(14)、『きみの鳥はうたえる』(18)、『ワイルドツアー』(19)などがある。『Playback』(12)では、ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、
第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。
『呪怨:呪いの家(全 6 話)』(20)が Netflix の J ホラー第1弾として世界190カ国以上で同時配信され、
話題となった。その他、星野源の MV「折り合い」なども手掛けている。

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