もう一度、高校生
たまたまだったと思う。
まだ寒さの残る春のはじめ。
新聞の広告欄にとある通信制高校の案内が掲載されているのを見た。
通信制高校なるものがあることは知っていた。
でも、自分の中にスッと入ってきたのはそのときが初めてだった。
このとき私は25歳を過ぎていた。
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この頃私の体調は落ち着いていて、私は身体以外のことに目を向ける余裕が出て来ていたのだと思う。
あと、純粋にそろそろ何かをしたいと思っていた。
この数年前からぼちぼちと役に立つのだか立たないんだかわからないようなインターネットに関する資格試験を受けることもあった(きれいさっぱり忘れたけど)。
「何か身につけないと」
そんな風に考えていたのだろう。
25歳ともなれば、多くの人は就職している。
そんな人たちとは全く違う生活を送っている私、それが悪いわけでは決してないが、焦りがないと言えば嘘だった。
でも私は就職できない(就労不可と言われていた)。
だからと言ってこのままずっと家で過ごしているわけにもいかないだろう。
このままでは本当に何も持たずに年を食ってしまう。
そう思っていたときに通信制高校の広告を見た。
でもそのときすぐに行動したわけじゃなかった。
高校生活を送ること。
それは、中退した私にとってかなりハードルの高いものとして認識されていた。
心に引っかかったまま数日が経過していたと思う。
なんとなくインターネットで高校のサイトを調べてみた。
ふむふむ、年に一回集中スクーリング(面接指導)があるのか。スクーリングの開催地域…うん、ここならなんとか送ってもらえるだろう。泊まり込みになるのは気になるものの、行けなくはない。
これさえ乗り切れたら自宅学習で済む。
学費も通学制の高校よりかなり安い。これなら自分の貯金を崩せばなんとかなりそう。
ならば可能か…?
一度浮かんだ考えはとどまることを知らず、どんどん私の中で膨らむ。
ドキドキした。
「もう一度、高校生になれるかもしれない」
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ということで、ひとまず母に伝えてみた。
何を言ってもらったかは覚えていないけれど、とにかく賛成してもらえた。
問題は願書の提出締め切り日だ。
そうよね、もうガッツリ春よ、3月も末よ。
提出期限まであと数日というところだった。
間に合わないかもしれない(当時は願書等の書類を郵送してもらい記入、送り返す仕組みとなっていた。今ならオンラインで願書がDLできる模様)。
まあでも、心が決まればあとは突き進むのみだ。
ならば聞いてみればいい。
通信制高校の「お問い合わせ電話番号」に電話した。
いろいろとやり取りをした後言われたのは
「事前に言ってもらっているので締め切りを超えても受け付けますよ」
…なんと緩い。通学制の高校ではあり得ない。
というかそんなすんなり受け入れてもらえるの私。びっくりよ。
そして続けて言われた。
「ぱきらさんは高校1年は終了しているので、2年生からで編入できると思います。前に通っていた高校に問い合わせて単位取得の証明書をもらってください」
これは思いもよらなかった。
私は高校1年生からやり直すものだとばかり思っていたのだ。
え?私、3年間高校生やらなくて良いんですか?
それすごくない?
あの頃頑張ったのが活きるの?
なんだかとても嬉しかった。
では、と以前通っていた通学制の高校に問い合わせの電話をする。
あの~、もうずいぶん前にそちらを退学しちゃった者なんですけどこのほど通信制の高校に入学しようと思ってですね…とかなんとか、しどろもどろだった。
「高校を退学されてから10年経過するとデータが削除されますので…9年前ですね、では大丈夫ですよ」
なんとこちらこそがギリギリだった。
データが削除されることもこのとき初めて知った(高校により差があると思います)。
書類自体はすぐに手配できるので、学校に来て申請してくださいとのこと。
行きます、行きます、すぐに行きます。
母にお願いして通学制の高校に書類を取りに行く。
久しぶりの高校、もっと懐かしい気持ちが湧くのかと思ったけれど、それほどでもなかった。
校内に残る生徒を見てもなんの感慨もなくて、自分の冷静さに少し驚いた。
自分の中ではもう、中退したことはただの「事実」として受け入れていたのかもしれない。
事前に連絡しておいたからか、単位取得証明書はすぐに受け取ることができた。
それと、もう一つ通信制高校側から言われていたこと。
「主治医の先生の許可は得てください」
このときの私はミラクルなタイミングを持っていたようで、次の検診日は通信制高校に問い合わせをした翌日だった。
主治医は「もちろん良いよ」と笑ってくれた。
☆
それからはバタバタだった気がする。
学校側から届いた書類に記入、不備がないか確認して提出。
なんとか締め切り日までに願書を提出できた。
学費に関しては「本来高校に行かせるつもりだったから、任せなさい」という父母の申し出があり甘えることにした。
通信制高校には驚くほど簡単に編入学できた。
晴れて、私はもう一度高校生になった。
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通信制高校の学習は、国語、英語、数学、理科、社会の基礎知識に関するものが中心となっていた(その他の科目はスクーリングで学ぶ)。
課題となるプリントをするのも苦ではない。
さすがにブランクがあるのですっかり忘れていることもあったものの、たいていは教材を見れば問題なく答えることができた。
難しいのは勉強全てが「自学自習」であること。
自分が意識的に勉強しないと、当然ながら学習は進まない。
通学制のように友人と会えるわけでもないので、もしかしたら16~18歳くらいの人たちだと孤独を感じるかもしれない。
自分のペースで勉強できるのが利点であるけれど、その分サボりたいと思えばいつでもサボれる。
私は昔から家でジッとしているのが平気だったし、小学生の頃は休むこともしょっちゅうで、だからいつからだったか、通信教育の、月に一度教材が届くアレ(公〇とか進〇ゼミ)をしていた時期もある。
ああいったものも自学自習だったと言えばそうで、だから慣れていたし特にサボりたいといった気持ちにはならなかった。
何よりも、単純に勉強できることが嬉しかった。
何かを学ぶこと、高校を卒業すると言う目標ができたこと、目の前に「やらなければならないことがある」ことが嬉しかった。
☆
時代も良かった。
インターネットが普及したことで、高校の先生とのやり取りがメールでできたり、いろいろな申し込みがネット上で完結するのだ。調べたいことがあってもすぐに調べることができる。
家族に頼んで書類を提出しに行ったりどこかへ連れて行ってもらう必要がなくなる。
一人で行動しにくい私であっても、概ね「一人」で物事が完結する。
今でこそ当たり前だろうけど、私がいわゆる「現役」高校生だったときはまだまだそんなことはできなくて、だから時代の流れに感謝した。
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母は勉強する私を見て一度だけ、ポツリと言ったことがある。
「最初から通信制高校を選んでいたら良かったのかな」と。
うん。そうだね。
でも通学制の高校での一年間も悪くはなかったと思うよ。
同世代の子たちに会えたもの。高校の空気を知れたもの。
あれはあれだったんだと思う。
ただ…確かに、高校進学の段階ではっきりと「通信制」という選択肢が入っていれば状況は違ったのかもしれないとは思う。
体力を消耗することなく、16歳~の3年間で高校を卒業できた可能性は高い。
私が受験生となったとき、私の中に通信制高校ということはチラッとも頭に浮かばなかった。学校の先生から薦められることもなかった。
通学制の高校に行くものだと思って疑っていなかった。
※補足しておくと、私が中学校卒業段階では今ほど通信制高校の数は存在しておらず、スクーリング会場が都市部に限定されているなど、先生たちが薦めるような状況ではなかった可能性もある。
Wikipediaによれば、広域通信制高校の株式会社による参入が2004年度の構造改革特区法で認められ、以降8年ほどでその数を20倍に増やしたとのこと。また、学校法人による広域通信制高校も増加傾向にあるらしい。
もちろん通信制高校が選択肢の中に入っていたとしても、通学制の高校を選んでいたかもしれなくて、全部「たられば」の話だ。
でも中退してこれほど時間を置くことはなく、通信制高校に編入学できていたのではないだろうか。
私は、ずいぶんと遠回りしてしまった。
それが自分の糧になったと言えばそうだけど、だからと言って不必要な苦労をわざわざすることはない。
だからもし、高校に通いにくい状況にある、でも進学したくて、通学制の高校受験を一番にと考えている受験生と親御さんがいたら伝えたい。
「通信制高校という選択肢もありますよ」と。
通信制高校からでは有名?な大学には進学できないと言う人もいるだろう。
私はそのあたりのことは疎くて、だからそうなのかもしれない。
でもまずは、高校を卒業しなくちゃいけない。
高校を卒業しないことには、大学受験の切符さえ手にすることができないのだ。
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一つだけ言っておきたいが、私は学校に行くことが辛い子に無理してまで行って欲しいとは思っていない。
学校に通うのが辛くて辛くて「逃げたい」と思っている子がいれば逃げて良いと思う(いじめなどで自分に非がない場合、悪いのは相手なのになぜ自分が逃げなければいけないのか葛藤はあるかもしれないけど)。
だけど一方で、
高校に行きたくても体調の問題で行けない子、
経済的な負担が大きくて通うことを断念した子、
高校に通い続けたいけど途中で気持ちがしんどくなってしまった子。
きっとたくさんの「本当は高校に行きたいけれど行けない子」がいると思うのだ。
高校は義務教育ではないので、そう言った子たちが高校に通い続けるには「本人と家族の努力」に委ねられてしまう。
何らかの支援を行うのは難しいだろう。
でも、ならばせめて「こういう手段がありますよ。こういう制度がありますよ」と、情報を提供して欲しいと感じる。
そんなのは本人が調べれば良いのであって、なんでもかんでも手を差し伸べてもらおうというのは厚かましいと思う人もおられるだろう。
確かにその通りだ。
でも切羽詰まったとき、すぐに行動できる人はそう多くないと思う。
学びたいと思う子が、きちんと学べる環境に飛び込めることができれば良い、そう願っている。
*次回は(たぶん)高校のスクーリングにまつわるアレやコレ編です。
あまり本を読んで来なかった私、いただいたサポートで本を購入し、新しい世界の扉を開けたらと考えています。どうぞよろしくお願いします!