充実したセカンドライフに向けて ~ 介護 2012 ~(前半)
ここからは、会社を早期退職し、大学生と介護の両立を図るために頑張ってきた介護生活を、2012年を振り返りながら進めていきます。
私の介護では 、父と母に加え、大変お世話になった2人の登場人物が現れストーリーを展開していきます。
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主人公 パキラ👨✈️ ・・・ 主に現ストーリーを展開していきます。
ケアマネ Fさん👩🔬 ・・・ 介護計画やヘルパーの手配等を行います。
医師 A氏👨⚕️ ・・・ かかりつけ医の整形外科医です。
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1 介護の始まり
私の介護は、父が70代後半、私が40代前半でとても長ーい介護のスタートとなりました。両親は、その時まではともに元気で、家の近くに畑を借りて、様々な野菜を作っていました。
しかし、その時は突然やってきました。今でもその状況を鮮明に覚えています。急に父が歩けなくなってしまいました。急いで、近くの病院に行き検査を受けた結果、老人性頚椎症という病名で、加齢に伴うもので頸椎の狭窄と変形が主な原因であるという診断を受けました。
この病は、直接命には別状ないのですが、改善は難しい病気であると告げられました。改善方法は、手術か保存療法(リハビリ)かの選択となります。
少しでもよくなるためには、手術のほうがいいですが、仮に手術をしても完全にはよくならず、首の頸椎の手術となるため、寝たきりや他の手術に比べ死亡するリスクが高いといわれました。
そこで、母や家族と協議し、命には別状はなかったため、年齢を考慮し保存療法を選択し、リハビリで症状の改善に取組むことにしました。これからの介護生活を考えると少し暗い気持ちになりましたが、母との二人三脚で介護をスタートすることになりました。
ここからは、主に私と母とそれを支えてくださった方々の物語を展開していきます。
2 セカンドライフへの決意
長い介護の始まりは、今までと違った人生の始まりでもありました。母との役割分担を行い、私の主な役割は、役所や介護サービス等の手続きをはじめ、医師やケアマネとの調整、リハビリの送迎などを担当しました。
母との二人三脚の介護が紆余曲折を経ながら10年近くなると、父は90近くになり、母も80代後半で足腰も弱りはじめました。その結果、母にも介護が必要となり、私の負担はますます大きくなっていきました。
このままでは、会社は当然続けることはできず色々と考えた末に、会社を辞め新たな人生を歩くことにしました。
まさしくこの時が私の人生のターニングポイントであったと考えています。
3 セカンドライフに向けた3つの目標
新たな人生のスタート向けて、次の3つの目標を立てることにしました。
① 継続可能な介護にすること
介護を続けるに際し最も大変なことは、両親が年を取るにつれて介護の負担が大きくなっていくことです。そのため、かかりつけ医A氏👨⚕️やケアマネのFさん👩🔬に相談し、判断していくことにしました。
ア.父に対する介護について
A氏👨⚕️に相談した結果、父の自宅の近くの介護病棟のある病院を紹介いただけることになりました。この病院は、リハビリも充実していて人気もあったのですが、先生の紹介によりスムーズに入院ができました。本当にありがたかったです。
当時、父は要介護4で、その負担もかなり大きなものでした。入院してからは、暇をみつけ週3、4回面会に行き、親子の時間を過ごしていました。
イ.母に対する介護について
Fさん👩🔬に相談し、介護施設のデイサービスと訪問介護を受けることにしました。デイサービスは週3回、訪問介護は週2回としました。
これにより介護の負担が軽減され、昼間の時間帯の自由度がだいぶ広がり、充実したセカンドライフの礎を築くことができました。
当時の母は要介護1だったので、ある程度の日常生活は自分でできたのですが、ガスの消し忘れなど物忘れが多くなってきたため、料理と洗濯などは私が担当することが多くなっていました。
② 大学、大学院に入学すること
親を介護する中で、健康寿命の重要性を再認識し、私は「健康増進を目的とした健康ビジネス」を始めたいと考えるようになっていきました。
そのために、まず起業に向けたインプットを増やすことを目標とし、大学では法律を、大学院では経営学を学ぶことにしました。
結果として、こうした知識は、法律では年金や健康保険の手続をはじめ、相続手続、成年後見人制度、移転登記などに役立てることができました。
また、今後学ぶことになる経営学では、資金運用、不動産投資、健康づくりなどに活用できるようになりました。
③ 両親の安全な資金管理を行っていくこと
介護を安定的に継続していくためには、その費用負担も含めた資金管理運営が最も大切であると考えます。
資金管理は、最初は当然母が行っていましたが、次第に適切なお金の管理ができなくなっていきました。お金が見当たらなくなることも多くなり、疑われこともたびたびで、本当に情けなくなりました。
まだ、母の認知がある程度しっかりしているうちに、母と話し合い了解を得たうえで、私が管理することにしました。幸いなことに、両親の年金で、入院費や介護費用、日常の生活費などのほとんどを賄うことができました。
今後のことを考え、両親の資産管理は安全性を第一に考え、確実な資金運用を心掛けていきました。
以上が前半のストーリーになります。話したいことがありすぎて、うまく伝えることができませんでした。
後半ではこの3つの目標 ①継続可能な介護 ②大学、大学院への入学 ③両親の安全な資金管理を念頭に置き、大学に通学しながら「介護 2012」の新たな日々を紹介することになります。
特に、後半はデイサービスや訪問介護サービス、在宅医療サービスなどのエピソードを中心に、話を展開していきたいと考えています。
では、次回にまたお会いしましょう!!
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