闇に泳ぐ金魚-金沢小風景⑤-

大学の掲示板に「加賀友禅灯ろう流し」のポスターが貼られてあった。普段は興味がなく見過ごす私が今年は行ってみようと決意したのは掲示板で水島さんと友人の真瀬さんが行こうとしているのを偶然聞いてしまったからである。しかも2人は浴衣を着ていくという。灯ろうが浅野川を流れていく幻想的な光景とそれを見つめる浴衣姿の水島さん…行かない理由を見つけるのが難しいではないか!私は2人に気付かれぬようゆっくり後ずさりし早足で掲示板から離れた。

 灯ろう流しは夕方から始まる。私は日が暮れる前に現地入りして浴衣姿の水島さんを待ち受けた。水島さんに偶然会ったふりをしてついでだからと言って一緒に灯ろう流しを見る。シミュレーションは完璧だった。しかし、予想外のことが起きた。灯ろう流しを見ようと大勢の人が浅野川に集まってきたのだ。計算が狂った私は狼狽し人をかき分け彼女を探す。見つからない。彼女は一体どこにいるのだ!

 そうこうするうちに最後の灯ろうが流れてきて灯ろう流しは終わった。私は無力感と疲労感で浅野川大橋にもたれかかり、いっそこのままここから飛び降りてやろうかと思案していると私の隣で金魚すくいの屋台が店じまいをしていた。金魚すくいなんて子供の頃にやったきりで懐かしくなり覗いてみた。すると店主のオヤジが片付けを手伝わないかと言ってきた。私が渋ると「最後に面白いもの見せてやるから」というので渋々手伝った。

 あらかた片付けが終わるとオヤジが「約束の面白いものを見せてやる」と言い金魚を手ですくった。赤い金魚はオヤジの手の中でピチピチと跳ねる。そんなことはお構いなしにオヤジは橋の欄干から空へそっと金魚を放つ。すると、さっきまで苦しそうに跳ねていた金魚は悠然と空を泳ぎながら闇の中へ消えていった。私が唖然とその光景を見ているとオヤジは私にやってみろと言う。私は頷き水槽から金魚を2匹すくいオヤジと同じように空へそっと金魚を放した。金魚は尾をフリフリと振りながら闇夜へ消えていく。

「綺麗…」聞き覚えのある声がしたので振り返ると浴衣姿の水島さんが闇夜を泳ぐ金魚を眺めている。私は何か気の利いたことを彼女に言おうとしたが言葉も金魚と一緒に闇夜へ消えていったらしく、ただ彼女を見つめるだけだった。

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