かりんとう-金沢小風景③-

これは私が金沢にいた頃の話である。

金沢のとある大学を卒業してから数か月、私は就職もせずというかできずかといって学問の志が高いわけでもなく金銭的にも不可能だったので進学や留年といった道は選ばず友人たちが社会の一員となり忙しく動き回る様を漫然と見送っていた。そんなある日、悪友の杉山が臨時収入があったから安酒を奢ってくれるというので片町の飲み屋街へノコノコとついていった。この杉山という男は大学に入学してからというもの株にのめり込みそればかり熱中している男である。臨時収入というのはもちろん株で大勝ちしたのである。

杉山とひとしきり飲んで別れてから気持ちよくなっていたので付近をブラブラすることに決めた。犀川大橋を渡ってすぐに西茶屋街という趣のある地区がある。出格子から柔らかな光が漏れ三味線が流れる幻想的な雰囲気の街を歩いていると一軒の和菓子屋が開いていた。こんな夜中に珍しいと思い中に入ってみると老婆がちょこんと座っている。老婆は私の姿を認めると「いらっしゃい」と言った。私は頭を下げた。

「かりんとうですか?」

意味が分からず詳しく聞くとこの店はかりんとうしか売ってないという。しかも持ち帰りはできず、食べて店を出る時には食べた味を忘れてもらうという。説明を聞いてもわけがわからなかったが面白そうなので1つ買ってみた。

…話は以上である。当然、かりんとうの味は覚えていない。しこたま酔っていたから夢だったのかもしれない。しかし、翌日財布の中が空っぽでその後の生活が大変困窮したのは確かである。もし、気になるなら深夜の西茶屋街を訪れてみるといい。


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