金沢探偵依頼日誌4

気が付くと事務所の入り口に女性が立っていた。齢は30代後半くらいで髪の毛も含め黒で統一されているのが印象的な女性だ。女性は人形のように感情が一切見えなかった。

「あ、すいません。依頼でしょうか」

私はソファーから飛び起き髪を2・3度撫でつけた。女性は向かいのソファーに近づき「座っても?」と尋ねた。私は頷く。

「この本をある人に渡して欲しいのです」

女性は真っ黒なバッグから薄手の本を取り出し机に置いた。私は目を疑った。その本は依頼人の男性が探し求めている本だった。

「この本は…」

「ええ、少し前にこの本を取り返してほしいと依頼があったかと思います」

頭が混乱してきた。私は女性に少し待ってもらい、仕事机に置いてあるぬるくなったペットボトルのミネラルウォーターを咽喉を鳴らして飲んだ。

「依頼があったかどうかは守秘義務で言えません。あなたの依頼はその本をある人に渡して欲しいということでいいですね」私が震える声で尋ねると女性は私の質問を無視して話し始めた。

女性は依頼人の男性の後妻だった。それなりに結婚生活には満足していたが男性が前妻のことを忘れることができないようで次第に関係が険悪になっていった。

「彼は私に前妻の面影を見ていたのです。私じゃなく」

よくある話だ。結局、2人は離婚した。女性は家を出ていく際に男性が大事にしていた本を部屋から盗みしばらく困らせてやろうと考えたらしい。男性は本を女性が盗んだとすぐに気付き女性に問いただした。女性は「ああ、あの本ね間違って自分の本と一緒に処分しちゃった。ごめんね」と悪びれることなくサラリと言い放った。しかし、女性は本を売ってなかった。盗んだ目的が男性を困らせるためだったから。

それで男性が私のところに依頼に来たわけだ。女性が犀川堂に本を売ったとわかったのは犀川堂が彼女の行きつけの古書店だったからだ。ある日、女性が犀川堂に行ってみると店主のオヤジが女性に私のことを話したらしい。どうやらオヤジには私の名刺を渡していたことが功を奏したみたいだった……。

報告は以上である。私は女性から本と依頼料を受け取り、本を男性の元へ届けた。男性に本を見つけた経緯については真実を語らなかった。たまたま店に行ったら見つけたとだけ言った。男性は本を大事に抱え私の話をうんうんと頷くばかりだった。今回の依頼は私が経験した仕事の中では割合オイシイ仕事だった。それでも随分とくたびれたけれど。

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