金沢のネズミ

金沢にネズミと呼ばれる男がいる。彼は普段、金沢の台所である近江町市場で働いている。仕事ぶりはいたって真面目なのだが、仕事が遅くモタモタしているので同僚からいつも怒鳴られ蔑まれている。「あいつは仕事ができないからさっさと辞めさせればいい」と陰口を叩かれている。ネズミ自身もそのことを承知している。そして、そんなことを口にする奴らを一人嘲笑している。あいつらは何もわかっていない。

実際、彼の本当の姿を知る者は同僚に一人もいない。彼は凄腕の泥棒だった。彼が市場で働き始めたのは半年前。理由は仕事が比較的早く終わることと市場から少し行った所にある「玉川図書館分館」に今回の獲物があるからだ。彼は仕事終わりに毎日、図書館に通い下見をした。そもそも図書館に分館があるというのは噂では聞いたことがあるが実在するかどうかもわからなかった。だから半年もかかった。

ネズミは一般には知られていない分館が開館する日を特定した。その日にネズミは仕事を休んだ。休みを申し出ると上司は怪訝な顔をしたがネズミにとっては知ったことではない。いつものようにスイマセンと馬鹿みたく頭を下げその場を後にした。そして当日、分館が開く瞬間を見計らい鮮やかな手口で関係者を縛り分館に侵入した。分館は普段、閉鎖されているため黴臭かったが、ネズミの仕事を阻害することはなかった。ネズミは書棚から素早く一冊の本を抜き出す。それを素早くバッグに入れるとここにはもう用はないとばかりに部屋を後にした。分館は地下にあったから外に出ると解放感ですがすがしい気分になった。

翌日、ネズミは近江町市場から姿を消した。同僚たちは無断欠勤だとこの世に存在するありとあらゆる罵詈雑言をいなくなったネズミに吐きかけた。上司は連絡を試みるが無駄だった。そもそも履歴書自体がありもしない架空のものだった。ネズミの行方は今も掴めない。彼が何を盗んだのか知るのは玉川図書館の司書と金沢市長のみである。

盗難があって数日後、とある市議会議員の汚職がリークされた。議員は「ハメられた。チクショウ、あのネズミ野郎!」としきりに口にしていたがこのことがネズミと関係があるかはわからない。

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