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邪魔!

「邪魔!」
そう言って、歩道の真ん中に出っ張った買い物カートを、おっさんは蹴っ飛ばした。
壊れたり吹っ飛んでしまうようなことのない、強さで。ギョッとして周りの人が立ち止まったりしないくらいの、絶妙な(?)強さで。
 
多分、背負っていたバッグが普段よりグッと重かったせいで、それから、予想よりも日差しが強く、温度が上がって厚手の上着をどうしたもんか迷っていたせいで、おれはなんだかいろいろ不満だったんだと思う。
だから、目の前のボンッて音と、買い物カートを慌てて抑えるおばちゃん2人の姿に、おれは瞬間的に自制心を失いかけた。
「邪魔はお前じゃ!!」
 
おっさんはそれ以上何も言わず、何もせず、そのまま通り過ぎ、おばちゃん2人は軽く顔を見合わせただけで、世間話を再開した。多分、何も起こっていなかったのだろう。物事は瞬間で終わっていた。そしておれも、声を発する前に自分を止めることができた。
でも、おれは自分の血が今もこんな簡単に逆流することにビックリしていた。
「あの買い物カート邪魔だな。歩道の半分以上をふさいじゃっているじゃん」と、そもそもおれだって思っていたくせに。邪魔なのは事実。でも、だからって声に出すだけじゃなく、蹴っ飛ばすのはなんなんだ??
 
誰も、おれも、おれの暴発なんて求めていない。そんなの分かっている。でも、おれは自分の不満をどこかに反映させたかったのだ。
どこか、権利侵害への不満を、安全な場所で。
おばちゃん2人なら大丈夫って、そう思ったのはあのおっさんじゃなくてお前じゃないのか?

次の日、おれはスポーツジムにいた。ジム設備は申し分ないが、ロッカールームは貧弱だ。その分安い。それでいい。おれがそれを選んだのだ。ただ、その日はシャワーを浴びに戻ると、おれが使っていたロッカーの前にモノが積んであった。このままじゃ扉が開けられない。

 「邪魔!」荷物を蹴飛ばそうとしていた。

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