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「エヴァンジェリスト」を名乗りたくなかった本当の理由

「どうしてエナジャイザーなんてわかりづらい肩書きを名乗るようになったんですか?」

これまで何度も聞かれた質問で何度も答えてきていたけれど、つい最近「あ、そうだったのか!」と自分自身でも腹落ち度が高い答えが口から出てきて、ちょっとビックリしました。

「当時、エヴァンジェリストという肩書きが世の中に広まっていて、『なんだか上からっぽい、偉そうな響きがして嫌! 感じ悪い』って思っていたんだよね。だから、横並びで同じ目線で応援する人って思ってもらえる言葉を探したんだ。それで出てきたのが『エネルギーを投入する人 = エナジャイザー』ってわけ」。
いつものようにそう答えて、「我ながらいい肩書きだと思っているんだ。だから、どんどん真似してエナジャイザーを名乗る人が増えて欲しいんだけど、なかなかフォロワーが現れないんだよね。」と、ちょっと調子に乗って続けた。
そこで言われたのが、こんな言葉。

「別に、エナジャイザーも横に並んでいるってイメージの言葉じゃないと思いますけどね。僕にとっては、エヴァンジェリストと大差ないっていうか」。

言われたときは、「おぅ!? 全然違うじゃん!! エヴァンジェリストとエナジャイザー!!」って頭の中に自分の声が響いたんだけど、でもたしかに、どっちも聞き慣れない人にとっては大差ない言葉かも…いや、実際多くの人にとって、両方「なにそれ?」だよな。

勝手に口が動いていた。

「言われてみればたしかにそうだね。でも、そのときもう、エヴァンジェリストって肩書きをいろんな人が名乗っていたんだよ。そしておれはその人たちに『なんかこの人たち、権威をまとってない? 偉ぶっててヤ〜な感じって思っていたんだよね。
つまり、おれはエヴァンジェリストという言葉に偉そうな響きを感じていたんじゃなかったんだ。エヴァンジェリストという言葉が偉そうなんじゃなくて、そう名乗っている人たちの中に偉そうな人が数名いたってだけのこと。そしておれは、その人たちと同じように受け取られたくなかった。だから、まだ誰も名乗っていなくて、おれが自分で定義づけできる肩書きをつけたんだ。
エナジャイザーと名乗る人なんて誰もいなかったからね。だから、おれが偉そうにせず、ちゃんと横に並んだ目線で活動していれば、それがエナジャイザーのイメージになるじゃない」。

これが真実だ。
おれは、自分が嫌な印象を持つ人たちと、同じ肩書きを名乗りたくなかったのだ。
「エヴァンジェリスト」という肩書きに付いているイメージだったり手垢だったりみたいなものを、おれ自身にまとわせたくなかった。
そのイメージを持っておれに接してほしくなかったんだ。

…と、ここまで書いて気づいちゃったんだけど…
エナジャイザーを真似してくれる人が現れないってことは…おれが嫌な印象をその言葉に与えちゃっているからかも!? とほほ(生まれてはじめて「とほほ」って書いた気がする。)

あ、それから終わりにする前に、ちゃんと白状しておかなければいけないことがある。
さっき思いあたったんだけど、おれが「エヴァンジェリスト」を名乗りたくなかった理由は、実はもう2つあった。
1つは、エヴァンジェリストを名乗るのであれば、中立的であるべきだと思ったし、正義や社会性を追うべきだと思っていたから。
でも、おれは自分自身がそんなに高潔な存在でいられるとはまったく思えなかった。おれは、相手が知らない知識や自分の持つ状況的な有利さを、自分や仲間たちのために用いる人間だ。自分のズルさを知っていた。

そしてもう1つ。当時のおれは「高い専門知識を持っている」と相手に認識されることに、恐怖感を感じていたのだ。
たしかに特定分野における専門家ではあったけれど、その特定分野の中でもさらに「特定の」分野だけに詳しいだけだった。だから、すべてを分かっている人のように思われることが怖かったのだ…。

そしてこの話は「プロとは?」という別テーマにつながる。
これはまた近いうちに。

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