見出し画像

「夜好性」をマーケティング的に解釈する。

今話題の三組のアーティストについて解説してみようと思う。トレンドに疎いおじさんマーケターたちに解説しましょう。

三組の共通点

「夜好性」と称されるように、「夜」という言葉が共通項の3組だが、音楽的に紐解くと意外と共通項は少ない。強いてあげるならば、YouTubeをはじめ、SNSを中心に爆発的な再生回数を記録している、という点だろう。そういったプラットフォーム特性を読み解いているからなのか、3組ともMVがアニメーション

作曲

ヨルシカとYoasobiは、ボカロコンポーザーとボーカルが組んだユニットである。一方で、ずっと真夜中でいいのにはシンガーソングライター的な存在たるACAねを中心としたバカテクバンドである。つまり出自が大きく異る。

音の作り方

ヨルシカとずっと真夜中でいいのにが生音を入れている一方で、Yoasobiは打ち込みを基盤とした音作りをしている。

レコード会社

ずっと真夜中でいいのにがEMI、ヨルシカがユニバーサル、YoasobiがSMEとバラバラである。新人発掘力の高いVictorが乗り遅れたのも時代の流れなのかな、と思う。

さて、次くらいから、各アーティストの分析とマーケティングのお話をします。

Yoasobi

楽曲の作り自体は正直大したことない。耳心地の良いメロディラインを紡ぐことについては長けている。一方で、音楽的なバックグラウンドが薄く、聴いていて音楽IQが高いとは感じられない。そのため、個人的には苦手というか、聴いていてツライ。

ありがちな飛び跳ねる音階。4つ打ちのドラムに、ギターはオーバードライブをかけたカッティング中心に添え物としてのギターソロ。ベースラインも凡庸である。全体的に空白恐怖症的な音の詰め込みが目立つ。ボーカルikuraの声にも加工を施しているのだろうか、ボーカロイド風な声質が特徴的である。おそらく音楽的なバックグラウンドはJ-Popでありボーカロイド界隈そのままなのだろう。曲の作りが雑で非常に軽い。

そんな楽曲なのに、なぜ若者を中心に人気を集めているのだろうか。いくつか仮説はあるけれど、一般的に言われている「小説をベースにした」というのは眉唾というか、正確に表現しきれていないと思う。つまるところ、Social Mediaでの3つの段階をクリアしたがゆえに爆発的な人気を得たものだと考えている。

一次拡散:Ayaseという人気ボカロPコンポーザーが発信する
二次拡散:Ayaseのフォロワーが他社に勧める際に、個人の感性に頼る楽曲の良さだけではなく「小説が題材になっていてそれがまた良い」という情報価値を付与して拡散する。
三次拡散:Ayaseのフォロワーのフォロワーや友だちが、音楽のキャッチーさ+短時間で読める小説が絡んでいる、という新規性を「私は知っている感」を出しながら投稿を始める。

Social Mediaにおけるバズの段階には「一次拡散」「二次拡散」「三次拡散」と異なる役割が存在している、と私は思う。ことさら重要なのは「二次拡散」の際に「小説を題材にしている」という語りやすい情報を混ぜ込んだ点である。

Social Mediaマーケティングにおいて重要なのは、いかに「発話」(言い換えると今流行のUser Generated Contentsというもの)を促すかだというのが思うところであるが、この「発話」を意図的に仕掛け、かつ成功させるのはなかなか難しい。一番簡単なのは、各個人の体験に紐づくような内容、つまり「ノスタルジーを喚起する」ことが近道だと思う。その他には、例えば「男性をターゲットにしたければ二次拡散は女性を狙え」みたいな二項対立議論型とかもある。そんな中で、音楽がごく主観的かつ個々人で感じ方が大きく異るものだけでなく、物語を組み合わせることで、より共通項を生み出しやすい(議論しやすい)土壌に改良した点がマーケティング的に上手い方法だったのだろう。

率直に言うと、小説や映画を題材にして作られるコンセプト・アルバムや楽曲というのは世の中に大量に存在している。なので新しい作り方をしているわけではない。重要なのは、そこを「新しいっぽく」仕立て上げたという点だけである。

こと、今回の「発話」のタネは事実「タナトスの誘惑」という小説だろうが、この物語は小説と呼ぶには稚拙すぎる厨二病的作品だ。エロスと死をテーマにしたより洞察に優れた作品などは古今東西無数に存在している。にもかかわらず、この作品は若年層にとっては興味深いテーマだと捉えられたことが重要である。

この手のテーマも使い古されたものだし、現代を表す特別な事項ではない。重要なのは、「スマホデバイス」で「短時間」で読める量の文章であり、かつ「非常に理解しやすい」題材を提供したことにある。つまり、若年層の周辺環境に適合した結果だということだろう。結果、「1.まずYouTubeで曲を聞く」「2.小説を読みながらYouTubeで聴く」「3.自身の見解とともにYouTubeをシェアする」という形で勝手に議論・推論が語られつつも、当の本人は最低3回はリピートすることになる。

基本的に音楽は「何回繰り返し聞かせるか」によって売上が変わると思っている。90年代00年代の音楽シーンは広告宣伝やタイアップの量がCDの売上枚数に大きく寄与していたと思う。Yoasobiの“夜に駆ける”という楽曲は結果として3回以上リピートされ、跳ねの強いメロディラインも相まって「中毒性がある」と認識し、どんどん深みにハマっていく、というメカニズムなのだろう。

この「リピート」と「発話」のコンビネーションを生み出すのが現代のSocial Network上での勝ち筋であることは間違いないだろう。

なお何度もお伝えするが、個人的な感想だが、楽曲自体はクソだと思っている。

ヨルシカ

最新作『盗作』については、個人的に大きく評価するべき点があると感じている。それは、一枚のアルバムで一つのコンセプト・アルバムになっているということ。ストリーミングが主流となった現代において、アルバム1枚単位で聴くという文化はかなり薄くなった。

音楽的には、簡単に言うとBump of Chickenのフォロワーという印象。ただ、BoCは音の面で重層的なギターの響きの作り方に定評のあるバンドだった。ゆえに表面的には似ている一方で、本質的には劣化版と言わざるを得ないと思う。

歌詞の世界観は自信の音楽に対する思いを綴るケースが多いように感じる。おそらく、自身の青春時代にあまり周囲からの共感を得られなかったのではないだろうか。どことなく鬱屈さとコンプレックスを感じる。ゆえに軽薄さを非常に強く感じる。

このコンプレックスもろ出し感は、初期のAsian Kung-fu Generationの後藤正文の歌詞にも通じるようで、読んでいてむず痒くなる。マジでクソダサいし、それゆえにちょっと好感が持てる。

ただ、この手の作曲家は調子に乗って身持ちを崩す可能性があるとも思っているので、そのリスクは考えておいたほうが良い。

ずっと真夜中でいいのに

個人的かつ圧倒的に推しである。昨年のFuji Rock Festivalにも早々に出演を果たしたことが証明するように、その演奏力の高さは群を抜いている。

とりあえず、次の動画を見てほしい。

アコースティックギターをある程度弾ける人ならば分かると思うが、比較的若い、中学高校以前からギターを弾いている弾き方である。大体、大学からエレキギターで入ったギタリストはピックを握り込んで、微妙な当て方による音の鳴りを意識しないことが多い。しかしACAねはそのタイプではなく、ピックの角度やリズム感を見てもそれ相応の経験を積みつつSSWとしての実力があることを示している。

次にこちらのライブ動画を見ていただきたい。

世界観がすでに出来上がっている。演奏は当然極上。歌い手としての

まず圧倒的に謎なのが、ACAねという才能を誰がどのようにして見出したのか。加えてこのバンド構成を組んだのはどういう経緯なのか、ということ。もしEMIのプロデューサーが仕組んだとしたら、このプロデューサーは最高だし、ACAね自身が組んだのだとしたら、おそらくプロのミュージシャン家系だと想像する。じゃないとこれは組めない。というか、バックバンドは完全にプロなんだよね。

そして何より圧倒的な歌唱力。その歌唱力は、ただ音程が取れるという意味だけではなく、表現の豊かさも意味する。これは他の2バンドとの圧倒的な差となっている。

マーケティング上扱いやすいのは

まあ間違いなく、仕事で使いやすいのはヨルシカだろう。今段階だと、アーティスト性・表現欲求よりも承認欲求のほうがおそらく強いユニットだ。楽曲の作りとしてもキャッチーかつある程度の幅感を出せる。となれば、CMに描き下ろしを頼むなどを期待するならば、ヨルシカが一番勝手が良いと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?