覚え書き:最近入手したケルト関係の本について

・ロイド&ジェニファー・ラング『ケルトの芸術と文明』(2008)

ケルト美術に関する本。図版が豊富。原初は "Art of The Celts" (1992) 。「文明」の語は邦題のみにあり、当然一民族の文化・歴史と美術は切っても切れない関係にあるにしろ、その点を主題としているわけではないと思われるので、無視してよい。

本書の射程は、紀元前の古代ケルト美術(ラ・テーヌ)は無論のこと、ブリテン諸島におけるラ・テーヌ美術、5~12世紀のブリテン諸島におけるもの、そして現代のケルト復興運動における美術も含んでいる。

訳者の鶴岡真弓による序文では、「丹念な記述でヨーロッパ文明の深い「水源」のひとつである「ケルト」の芸術を訪ね観察することをとおして、ケルト芸術・文明の魅力と特質を読み解いていく書物です」とのこと。さらにはケルト人の世界観が現代ヨーロッパの季節の祭りや暦や生活感に引き継がれ、ケルト芸術が今もなお再生産されている理由にも迫る。そしてケルトが単にヨーロッパという枠組みにおいては捉え切れず、「「ユーラシア世界の西」の深部に実を結んだ文明であり表現である」ということを示すとのことである。

ケルト人の芸術が非常に優れていたことはよく知られている。しかし一方で、「美術=ギリシア美術」という固定観念が常に存在しており、ケルト美術がギリシア美術の評価基準により測られてきた(そして不当に低い評価を受けてきた)という事実がある。本書はそれに対し、ケルト美術それ自体の世界観や目的などの要素を示すことを目指している。

ギリシア美術は、著者によれば、「自然の模倣」と「理想の追求」の二つの目的を持つとされるが、ケルトの美術は自然を「模倣」するのではなく「翻案」することを至上としている。ケルトの美術は「トリスケーレ(三つ巴)」などの「文様」に支配され、そして空白を恐れるかの如くに細部まで書き込んでいく、などといった特徴があるようだ。

また(こう言ってよければ)前近代社会における芸術は宗教的な観念と不可分の関係にあるため、ケルト人の信仰が彼らの美術を理解する上では不可欠であるという重要な指摘がされている。


・木村正俊『ケルト人の歴史と文化』(2012)

新しい研究成果をもとに、「ケルトとは何か」を問い直す著作。本書の方向性は「ケルトを一体のものとしてまとめたり、ケルト概念を無視したりすることなく、多様なケルト性あるいは他文化的意義を浮き彫りにしていく」(p.8)という点に集約されているだろう。

すなわち、「ケルト」の名のもとに全てを一緒くたに扱い、その内部の差異を無視したり、あるいは「そもそもケルトなど存在しない」とか「『島のケルト』はケルトじゃない」のような極論に傾いたりしない、ということである。


・木村正俊・松村賢一編『ケルト文化事典』(2015)

「まえがき」でも書かれているが、ケルト文化関係の事典・辞典は豊富に出版されているものの、すべて国外のものである。本書は恐らく本邦初かもしれない、日本人研究者によるケルト文化事典であり、「我が国のケルト学の進展ぶり」が反映されているようだ。本書は「歴史、言語、宗教、社会・制度、民俗、伝承、文学、芸術などの諸分野」がひろく扱われている。挿絵も豊富。

惜しむらくは、日本のその他多くの書籍と同じく、文献一覧が巻末にすべて一緒にして掲載されている点である。事典・辞典類の参照文献は、個々の項目ごとに挙げられてこそ最大の効果を発揮するので、このようにごちゃ混ぜにするようなことは推奨できない。

第一章「総記」、第二章「歴史・考古・言語」、第三章「ケルト社会」、第四章「宗教」、第五章「キリスト教との合一」、第六章「生活・民俗」、第七章「ケルト芸術」、第八章「ケルト圏文学Ⅰ 初期・中世」、第九章「ケルト圏文学Ⅱ 近現代」、第十章「ケルト復興」、第十一章「ケルトの伝統と現代」に分かれる。上記の諸相をカバーし得る章構成になっていると言っていいだろう。

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