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女一匹富士登山

幼い頃から、完全なるインドア派だった。
一歳過ぎても歩きたがらなかったと親から聞いたことがあるので、私の運動嫌いは筋金入りなんだろう。

そんな私だが、日本人に生まれたからには、一度富士山に登ってみたいという、無謀な野望があった。

30歳の春のことだ。
30代になったし、というありがちな理由で、やりたい事を手帳にリストアップしていく中で、富士登山がでてきた。
一度御来光を見たいと、ずっと思っていたのだ。

いつもは手帳に書いて終わりだが、なんだかその時は、行くなら今しかないのでは、と思った。 

そうと決まれば情報収集。
相手は日本一の山。対する私は、登山なんて、小学校の遠足で島で一番高い山に登った以来だ。
格が違いすぎる。

ネットの海から調べた情報によると、そもそも登山ルートがいくつかあるらしい。マジか。一個じゃないんだ。

それから、初心者向けのツアーなんてのもいくつか見つけた。
初めてでも登れないことはないけど、体力作りが大事だよ、という記事もあった。

服装から、持ち物、山小屋での過ごし方。
私と同じ初心者の人が富士山に登ったブログ。
山開きは夏。今はまだ三月。
根拠は無いけど、頑張れば私にも登れそうな気がしてきた。

勢いのまま初心者向けツアーに申し込み、私の30歳真夏の大冒険がスタートした。

まずは、途中でくたばらないために体力作りだ。
普段、全く運動をしないので何をしたらよいのかわからない。
とりあえず、職場近くのジムに通うことにする。

バイクを漕ぎ、謎の重し付きマシーンを足でプッシュし、ランニングマシーンの登山モードでひたすら歩いた。

本番が近づくと、リュックに2リットルのペットボトルを何本か入れたものを背負い、ランニングマシーンの富士山モードで、予行練習をした。

登山は持ち物が多いから、重いものを背負って歩くことに慣れた方がいいという記事をどこかで読んだからだ。

周りの人たちが、できるだけ身軽な装備でトレーニングに励むなか、でかいリュックを背負いながらひたすらランニングマシーンで歩いている女の姿はなかなか異様な光景だったかもしれない。

しかし、私の目的は、ダイエットでも健康のためでもなく、富士山を無事に登り切ることである。
周りの目など気にしていられない。

防寒着や登山靴、途中で栄養補給できるおやつ的なものも購入し、体力がついたかは謎のまま、ついに登山当日を迎えた。

私のグループは、全部で10人ほど。

留学生っぽいお姉さん、大学生くらいの女の子二人組、ギャルっぽいお姉さん二人組、お母さんと小学校低学年くらいの男の子、元気いっぱいのマダム、クールな雰囲気のお姉さん、そして私。

ガイド役は、中村梅雀さんに似た人の良さそうなおじさんだった。

注意事項と、だいたいの予定を説明されて、私達は頂上に向けてスタートした。

最初は、平坦な道だ。
森の木陰を通り、道端に咲いている可愛い花を見る余裕もあった。
歩いている途中で、馬に乗った人たちとすれ違う。

「帰り道、歩くのが辛くなったら、馬に乗って下山することもできますよ。金額はちょっとお高いです」と、ガイドのおじさんの説明が入る。

馬か。乗らずに済むといいんだけど。

道はだんだん草木が少なくなり、砂利と岩だらけになってきた。
最初はいけるかも、と思っていたけど、疲れも溜まってくる。

休憩を挟みながら、だんだん険しくなる山道を登っていく。
初日の目標は、宿泊する山小屋まで。
慣れない登山靴と、石だらけの道で歩きにくい。

途中で小雨も降ってきた。山の天気は変わりやすいときく。

同じグループのメンバーからはぐれないように、やっとの思いで着いて行き、無事に山小屋に到着した時は、ほっとした。

ハンバーグとカレーライスを食べ、すし詰め状態の寝床で横になる。
正直、全然眠くない。だけど、夜中のうちに出発するから、少しでも身体を休めた方がよい。

寝たのか寝てないのかよくわからないうちに、出発の時間を迎えた。

宿のおばちゃんから、いなり寿司の入ったお弁当を受け取り、班のメンバーと一緒にガイドのおじさんの元へ集合する。
そういえば、と、私は職場の同僚の言葉を思い出す。

昼休みに、富士山に登るという話をしたところ、同僚が「頂上で食うカップラーメン、めちゃめちゃ美味いですよ」と教えてくれたんだった。

山小屋の売店でカップ麺を購入し、頂上に向けてラストスパートだ

外は当然真っ暗だった。私たちと同じく頂上を目指す人たちの列が連なっている。
ヘルメットやリュックにつけたライトが点々と光っているのが、なんだか綺麗だなと思う。

しかし、道はどんどん険しさを増す。道っていうより、でかい岩をガシガシ登るという感じだ。

前日より、断然今の方がしんどい。
足が上がらない。だけど、後ろからどんどん人がやって来るし、班のみんなとバラバラになったら大変だ。
頂上らしきところは見えているのに、歩いても歩いても到着しない。

マジ無理。もう二度とやらない。
ランニングマシーンの登山モードの比じゃない。
どうにか、グループの最後尾にしがみついて登る。
おじさんの「到着しました」の声が、何より嬉しかった。

御来光までは、まだ少し時間があった。
山頂の食堂で、みんなで並んで温かいものを食べた。
カップ麺を食べようと思っていたけど、隣のお姉さんが豚汁か何かを頼むのにつられて、私も同じものを注文する。

昨日会ったばかり、そして、今日が終われば二度と会わないメンバーなのに、ここまで一緒に頑張ってきた同じグループのみんなに対して、仲間意識のようなものが芽生えている。

「頂上で食べると美味しいでしょう」と、ガイドのおじさんが言う。
私たちは、普通のうどんや豚汁を、美味しいね、といいながら食べる。
でも、あの時食べた豚汁は、本当に美味しかった気がするのだ。

腹ごしらえと休憩をしていると、「そろそろ、御来光の時間だよ」と声がかかる。
沢山の登山客が、うっすらオレンジに光る雲の方を、今か今かと見つめている。

そして、真っ白い雲の中から、燃えるようなオレンジ色が姿を表した。
朝日が下から昇ってくるのを、私は初めて観た。

カメラで記録したい、だけど、レンズ越しじゃなくて、自分の目に焼き付けておきたい。

まん丸の朝日と、雲がオレンジ色に染まっていく景色は、テレビでみる何倍も素晴らしかった。

ガイドのおじさんが、「ここまで綺麗な御来光が見られるのは珍しいよ。ラッキーだったね」と言っていた。

良かった。相当辛かったけど、頑張ったかいがあった。

感動に浸っていたいけど、行きはよいよい、帰りは怖い、ということで、登ったからには降りないといけない。

下りは、暑くて疲れが溜まっていたのもあり、登りよりも時間がかかった。

靴ひもの上手な結び方を別のガイドのおじさんに教えてもらったり、見知らぬ登山仲間の人に、「もうすぐだから頑張れ」と励まされたりしながら、集合時間ギリギリにゴールした。

ちなみに、馬には乗らずに頑張った。

帰りの温泉は、とっても気持ちが良かった。

とりあえず、家族に無事に下山したと連絡すると、父と末の妹は「いいなあ、行ってみたい」、母と真ん中の妹は「私は絶対無理」と見事に二分していて面白かった。

私は、多分、もう行かない。
だけど、まだ頂上でカップ麺を食べていないし、富士山の神社の御朱印も貰い損ねた。

多分行かないけど、二度目があったら、今度はもっと体力をつけて挑もうと思う。

21日目
今までで一番のチャレンジ














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