死神

私は、死神。そのせいで、まわりからは怖がられているけど、私の仕事は、どうしてもこの日までは生きていたいっていう人たちの願いを叶えるお仕事。私は死神として生まれてしまったから死神として生きなければならないけれど、人を殺すのは性にあわない。だから人を生かす仕事を始めた。

でも、こんな見た目からか、みんな私から距離を置く。そして今も道がわからなくなったけれども、誰にも道を尋ねることができずに迷っている。今日は、6日の巨人戦を見たいと言っている末期ガンの子供の寿命を伸ばしてあげに病院へ行く予定なのに、道に迷ってしまったなんて、なんたる不覚だ。

もう辿り着けない…そう思った時、私の目の前には、男の子の姿があった。私の所に人が来るなんて…しかも子供が!
「病院に行きたいんだけど、道を教えてくれないかな?」
「僕もこれからそこへ行くから一緒に行こう」
こんなことを言われたのは未だかつてない。私は少々不審に思いながらも彼について行った。すると彼が突然、口を開いた。「君って、しにがみ?僕にはそう見えるんだけど違ったらごめん」
「確かに私は死神。でも1度たりとも人を殺めた事は無いんだ…」
それから彼と私の身の上話をしばらくした後、彼は言った。
「実は殺して欲しい人がいるんだ…」
そう言うと彼は病院の建物の上の方を見つめた。それ以来、彼は口を噤んでしまった。

病院に辿り着いた私は男の子と離れて、約束の子供への面会を申し込んだ。死神の私は病院のスタッフの付き添いのもとということで面会が許可された。本当に殺しに来たのならスタッフなんていても殺してしまうのではなかろうか、と思いつつも、まぁ殺しに来たわけじゃないからいいか…と何も言わずについて行った。約束の子供の病室はもう沈んでしまいそうな夕陽の射す、隅の方の病室であった。病床の中の彼は、蜉蝣のように見えた。この夕陽が沈んでしまう前に、と私は巨人戦の日までの彼の死を回収した。
「凄い回復ですね!きっとあなたのお陰です!」看護師が言うと
「でも、あなた死神でいらっしゃいますよね?生かすこともあんなに上手にこなしてしまうのなら、殺すのなんて御茶の子さいさいでしょう。あなたの腕を見込んでお願いがあります。こいつを殺してください。報酬は弾みますから」と話をいつの間に聞いていたのか、やってきた院長が言った。そこにいたのはさっきの男の子であった。男の子は私の目を真っ直ぐに見るだけであった。

男の子を殺して報酬を貰ってから院長を殺せば、2人の願いを叶えられ報酬も貰えるが、そんな事は私の頭には浮かばなかった。ただ「今、私は『死神』としての仕事を求められている。しかし、私は誰も殺したくないと言って本来の『死神』としての役目から逃げているのではないか。『死神』として何の役目も果たせない私に、『死神』として生きている価値があるのだろうか」と思うばかりである。そんな私の頭に或る物書きの言葉が浮かんできた。
「神々は不幸にも我々のやうに自殺出来ない」

そう、私はできればここから消えてしまいたい気分だ。人間ならば、自殺という名の「自らの役目からの解放」ができただろうに死神である私にはその選択肢はない。私はみっともなく逃げるか、はたまた男の子の願いを叶えるか、はたまた院長の願いを叶えるかの選択を迫られている。多分3番目は無いが。

いや、もう少し考えてみよう。私に「死神」としての仕事をして欲しいと思っている2人はどうなのだろうか。彼らは殺したい相手を自力で殺すこともできるのにそれから逃げて私に押し付けようとしているのではないか。そもそも誰かに委託すること自体、自力でやることからの逃げではなかろうか。しかし、そう考えると自分で全てを抱え込むのも他人に任せることからの逃げではないだろうか。ひょっとすると逃げないということはできないのではなかろうか。

それならば、私は私らしく「死をもたらす」ことからは逃れよう。私は一礼だけして病院を出て行った。そして、これからも死を回収する仕事だけを続けようと決意した。

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