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メタノールナイツストーリー Blue 28話 第弐拾八章 「カインとアベル」

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僕、リードル、柚葉、そしてナゾの太極拳のオッサンの4人は、アンデットの猛攻をかわし、謎のウィザード(と思われる装備の)ネカマとの束の間の共闘を経て、道を急いでいた。

「ウルクハーイ!」(*1)

どこかの指環の物語のモブキャラのモノマネが後方から聞こえる。
多分、さっきのウィザードは、ノリノリでオークと戦い、宝箱を開けているのだろう。

僕達が先を急いでいるのには理由があった。
このフィールドに落ちてきた瞬間から上空に表示されているカウントダウン。
その横に表示されている、謎の文字列。
それが何を意味するのかまで気付いているプレイヤーは、どうやら僕達だけのようだ。
これは、ただのゲームタイムの表示じゃあない!

『Cain & Abel』(*2

カウントダウンの数値の横には、そう書かれていた。

『カインとアベル』

言わずもがな、旧約聖書の逸話だ。
世界に起きた、初の殺人、嫉妬の物語。

だが、もう一つの意味がある。
数年前、スマートフォン向けのコミュニケーションツール、『Nile』上で大流行したネットワークウィルス。
その名前が『Cain & Abel』だった。

現在、コミュニケーションツールのデファクト・スタンダードは、アメリカのscythe社が開発・運営を行っている『サイス』だが、『Nile』はそれ以前に多数のユーザーを獲得していた先駆者だった。
『Cain & Abel』の一件さえなければ、今でも『Nile』こそがスタンダードであり続けたかも知れない。
それほどまでに恐ろしいウィルスだったのだ。

そして、その『Nile』を開発していたのは……オクトパスの開発元、イスラエルOCTOPUS社の前身である、『Nile-one.co(ナイルワン・カンパニー)』だった。
オクトパスのトーク機能には、Nileの技術が流用されており、オクトパスの発表当初、その点を危険視する意見もあったのだ。

何者かが、OCTOPUSの脆弱性を突くようなプログラムを走らせようとしている。

荒唐無稽な妄想。
そうであってほしい。でも、名状しがたい第六感が、『アレはヤバい』と告げる。

「リードル!」
「わかってるって!」

右後方から追いすがるコボルドリーダーの攻撃を紙一重でかわして投擲したリードルのナイフの柄頭に、柚葉の撃ったガンの弾丸がぶつかり、スパークする。
炸薬により加速され、衝撃により砕かれたナイフが、散弾のようにコボルドリーダーの全身に突き刺さる。
絶命したコボルドリーダーは、テクスチャ(*3)の破片となって風に消えた。
なんだよ。仲良しか?
ビックリするほど息があってるじゃないか。
そこそこの難敵であるコボルドリーダーを倒した感傷もなく、振り返りもせずに僕たちは先を急ぐ。

僕達が進む方向に向かうプレイヤーは、誰も居なかった。
他のプレイヤー達が目指している「タルクの塔」は、思いっきり目的地っぽい雰囲気を醸し出していたし、おそらくは、タルクの塔の最上階は、表向きのゴールではあるのだろう。
でも、僕の直感が正しければ、まやかしのお宝とラスボスの裏で、リアルにヤバい何かがうごめいているはずだ。

「高木くん」

リードル、いや、西野が僕をリアルネームで呼ぶ。

「西野、ゲーム内でリアルネーム呼びはどうかと思うぜ」
「それもそうだけど、それどころではないと思うの」
「西野も気付いてたのか?」
「ええ、『カインとアベル』。忘れたくても忘れられない名前だもの」
「西野、Nile使ってたの?」
「いいえ、でも、大きく関わってはいる。私のパパは、Nileの開発者だったのだもの」

「ふぁっっ!?Σ(゚Д゚)」

「『カインとアベル』。あんな面白半分のウィルスのせいで、パパの作ったアプリケーションは世界中から悪者にされた。悪いのは、ウィルスをバラ撒いたヤツなのに……」

憤怒と憎悪の入り混じった感情を吐露する西野。

「で? どこに向かってるの? 私たち?」

道中で容赦なくポップ(*4)するモンスターを、そつなく足止めしていた柚葉の声に、その重い空気が解消される。

「わからん!」
「はぁ⁉︎」
「わからん……けど、この異常な数のモンスターのポップ数は、何かあるとみて間違いないだろ?」
「確かにそうだけど、ていうか何⁉︎ なんの確証もなく走り回ってたの⁉︎」

……あー、はい( ;´Д`)
でも、事ここに至っては、もう直感頼りだ。
VRMMOこそ経験は浅いけど、僕はかなりのハードゲーマーだ。
その経験からくる直感を信じるしかない。
長々と続く平坦なフィールドを、僕達はひた走る。
天空のタイム表示は、ゲーム内時間であと約一時間。
ふと、僕は不自然に光るポイントを前方に見つけた。

「あからさまに怪しいわね……」

呆れたように柚葉が呟く。

「一か八かだ、もう飛び込むしかない!」

僕は、柚葉とリードルの手をとり、走る。

「おーい! ワシを置いてくなー!」

……じーさん( ;´Д`)
盛り上がりかけた気持ちが急に冷め、謎のポイント付近でゼーゼーいいながら走るじーさんを待つ。

「若人ども! 老体にムチうちすぎ! なんなの? サドなの⁉︎ ドSなの⁉︎」

じーさんガン切れ。

「あー、ゴメンゴメン。とにかく、はいりましょ?」

仏頂面のじーさんの背を押し、リードルがポイントに入る。それに、僕と柚葉が続く。

「……何も起きないね?」
「こんなにあからさまに怪しいのになぁ」
「おいこら少年……おぬしの勘とやら、信じて良いのだろうな?」
「…………」

チョー気まずい( ;´Д`)

「あーれれ♪ ココにたどり着けるヤツがいたんだ! おっどろきー♪」

聞き覚えのある声に振り返ると、先程オークを無双していた女(ネカマ)ウィザードがそこにいた。

「35分ぶりだね。コレが何か、知ってる風だね」

僕が声をかける。

「うん♪ 知ってる知ってるー♪ ていうか、アタシが作ったし♪」
「作った? このポイントを? プレイヤーがフィールドに干渉できるようなスキルなんて、あったっけ?」
「やだなー♪ プレイヤーにそんな事できるわけないじゃーん♪ アタシは……」

僕と女(ネカマ)ウィザードとの会話を遮るように、じーさんが割り込む。

「『Cain&Abelの開発者』じゃろう? 元Nile社開発チームの祭恭一(まつり きょういち)殿」

え⁉︎
元Nile開発チーム?
カインとアベルの開発者⁉︎

「あーらら♪ 気づいてたのね♪ ならどうしてオークトラップでアタシを見逃したのかしら?」
「おぬしこそ気付かなんだか? あの場はほかのプレイヤー達も多い。メタストの総監督として、プレイヤー達の夢を妨げることは、絶対にしたくなかったのじゃよ」

……はい?
『メタストの総監督?』
……どぅぇっ‼︎

僕、リードル、柚葉の驚愕の視線が、じーさんを捉える。
この太極拳じーさんが、メタノール・ナイツ・ストーリーの総監督、輝崎雅夫⁉︎
レジェンドは、僕の目の前にいた。

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解説:

*1)ウルク=ハイ→オーク鬼のこと
*2)  カインとアベル:旧約聖書の逸話。物語内ではコンピュータ・ウィルスとして描かれているが、元ネタはwindows用パスワードクラッキングツール。
*3)  テクスチャ:3DCGで、オブジェクト(物体)表面に貼り付けられる模様や素材。
*4)ポップ:フィールドやダンジョン上にモンスターが現れること。
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