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物理学の守備範囲:「自然界の縞模様」寺田寅彦著(青空文庫)

このところ、寺田先生の随筆紹介が多いがその中でもこの「論争」にまでなった動物の縞模様ははずせない話だ。興味がある方は、プリゴジンの散逸構造などもサイトで検索してみてください。

対決、寺田一門 vs 動物学者 https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/categories/scientific%20columns/torahiko.htm
参考書:キリンの斑論争と寺田寅彦』松下貢編https://www.sankeibiz.jp/econome/news/140408/ecf1404081544000-n1.htm

「自然界の縞模様」寺田寅彦著(青空文庫)
ここでかりに「縞模様しまもよう」と名づけたのは、空間的にある週期性をもって排列された肉眼に可視的な物質的形象を引っくるめた意味での periodic pattern の義である。こういう意味ではいわゆる定常波もこの中に含まれてもいいわけであるが、この動的なそうしてすでによく知られて研究し尽くされた波形はしばらく別物として取り除いて、ここではそれ以外の natural, statically(1)[#「(1)」は注釈番号] periodic patterns とでも名づくべきものを広くいろいろな方面にわたって列挙してみたいと思う。これらの現象の多くのものは、現在の物理的科学の領域では、その中でのきわめて辺鄙へんぴな片田舎かたいなかの一隅いちぐうに押しやられて、ほとんど顧みる人もないような種類のものであるが、それだけにまた、将来どうして重要な研究題目とならないとも限らないという可能性を伏蔵しているものである。今までに顧みられなかったわけは、単に、今までの古典的精密科学の方法を適用するのに都合がよくないため、平たく言えばちょっと歯が立たないために、やっかいなものとして敬遠され片すみに捨てられてあったもののように見受けられる。しかし、もしもこれらの問題をかみこなすに適当な「歯」すなわち「方法」が見いだされた暁には、形勢は一変してこれらの「骨董的こっとうてき」な諸現象が新生命を吹き込まれて学界の中心問題として檜舞台ひのきぶたいに押し出されないとも限らない。そういう例は従来でも決して珍しくはなかった。たとえばブラウン運動でも、表面膜の「よごれ」の問題でもそうである。ましてや、古典的物理学の基礎をなしていた決定的因果律に根本的な修正が問題になり、統計物理学の領域にも全く新しい進出の曙光しょこうが見られる今日において、特にここで問題とするような諸現象を列挙して読者の注意を促すのも決して無益のわざではあるまいと思われるのである。
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もう一つ対流渦による週期的現象で珍しいのは「構造土」と名づけられるもので、たとえば乗鞍岳のりくらだけ頂上の鶴つるが池いけ、亀かめが池いけのほとりにできる、土砂と岩礫がんれきによる亀甲模様きっこうもようや縞模様である(1)[#「(1)」は注釈番号]。これは従来からも対流渦によるものとはされていたが、実際の生成機巧についてはいろいろ想像説があるに過ぎなかった。近ごろ理学士藤野米吉ふじのよねきち君が、液の代わりに製菓用のさらし餡あんを水で練ったものの層に熱対流を起こさせる実験を進めた結果、よほどまで、上記自然現象の機巧の説明に関する具体的な資料を得たようである。またこれによって乳房状積雲ちぶさじょうせきうんとはなはだしく似た形態も模倣することができた。
(1) これについてはかつて藤原ふじわら博士が地理学評論誌上で論ぜられた事がある。
 以上のものとは少し違った部類のものであるが、氷柱や鐘乳石しょうにゅうせきが簡単な円錐形えんすいけいまたは紡錘形となる代わりに、どうかすると、表面に週期的の皺しわを生じ、その縦断面の輪郭が波形となることがある。この原因についてもあまりよく知る人がないようである。この場合にもやはり表面を流下する液体の運動にある週期性があって、それがまた同時に氷結と融解、あるいは析出と沈着との週期性を支配するものである、とまでは想像しても悪くないであろう。しかしこの場合にも熱的対流が関係するか、それとも、単に流水層の渦層かそうの器械的不安定によるものであるかは、今後の詳細な実験的研究によってのみ決定さるべきであろう。
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