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奈良の大仏/香取忠彦・穂積和夫/2010/★★★★☆

奈良の大仏、高さ15mという巨大建造物を今から約1200年前の8世紀に約12年間かけて国民の1/2(のべ約260万人)を参加し、1000年以上続く大仏の原型を作っていること、その凄みです。
例えば、有名なクフ王のピラミッドは約4500年前の紀元前2500年前に、高さ約150mのピラミッドをのべ数万人近い人数が約20~数百年間(諸説あり)かけて作ったことと比べるとスケールダウンしますし、関わった方の人数が多すぎる気もしますが、ピラミッドは権威の象徴であり、中の宝物が盗賊に盗まれたり、後世で破壊されたまま残っているものがある一方で、その後何度の戦火を経験しながらも人々の手で復活してきたことに象徴されるような、地域住民と共にある、という意味で価値が高いなと感じました。
自分自身も後世にとって価値があるものを生み続けたいと強く感じました。


▼おすすめのヒト
・大規模な事業に興味のある方

▼印象的なコト
・人々は不安な気持ちを抱えて、心のよりどころを求めていました。聖武天皇は、乱を沈め、国を守り、世の中を正しく導くには、仏の教えにすがるのがなによりと考えました。
・どうかすると、大仏など天平時代の大きな建造物は、奴隷を使って、つくられたと考えられがちでうs。しかし、そのころの記録をたどってみると、いちがいにそうとはいいきれない面が浮かびあがってきます。
・柱だけでも、直径約1.5メートル、長さ約30メートルという大材が84本も必要でした。
・当時の国民の約2人に1人が工事に参加したことになります。大仏建立が、いかに大事業であったかがよくわかります。
・このように、大仏は焼けて損傷を受けても、かならずすぐに復興を志す人があらわれています。

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