野生動物取引と動物由来感染症のリスク

<第9回>

 A型インフルエンザウイルス同様、ヒトコロナウイルスも人獣共通感染症=動物由来感染症であり、オリジナルはすべて動物にある。すでに書いたように、SARS-CoVはコウモリが自然宿主でありハクビシンあるいはタヌキを介してヒトに感染したと推測されている。MERS-CoVもまたコウモリ由来で、ヒトコブラクダが媒介したことがほぼ確実である。

 これに対してOC43の自然宿主はネズミの仲間だと、武漢ウイルス研究所のシー・ジェンリー博士らが2019年に発表している[1]。OC43が弱毒化した「ロシアかぜ」で、ウシのBCoVがヒトに感染したという前回紹介した説が正しければ、OC43はまずネズミからウシへと種を超えて感染し、そこからさらにヒトへと感染したことになる。

 一方、ドイツ・シャリテ=ベルリン大学のヤン・フェリックス・ドレクスラー博士らのグループは、野生コウモリなどから採取したウイルスのゲノム解析をおこない、229Eの起源は西アフリカに生息するカグラコウモリHipposiderosの仲間にあり、まずラクダ科の動物に感染してその体内で変異したという仮説を発表している[2]。サハラ交易をつうじて西アフリカにラクダがもたらされたのは紀元8世紀以降なので、229Eの誕生もそれ以降ということになる。世界への広がりには、サハラ交易やその後の奴隷貿易がかかわっていたかもしれない。

 アメリカ・ノースカロライナ大学などの研究グループは、NL63の起源を北アメリカに生息するトリカラー(三色)コウモリPerimyotis subflavusだとする論文を発表している[3]。研究グループは、これらのコウモリの保有する近縁ウイルスとNL63の系統が共通祖先から分かれたのは、紀元1190〜1449年のあいだだと推測している。だとすればコロンブスによるアメリカ大陸発見(1492年)以前であり、こちらも北アメリカの風土病だったものが、ヨーロッパ人の入植と往来にともない世界中に広がったと思われる。媒介動物はこれまでのところ不明である。

表 ヒトコロナウイルスの自然宿主と媒介動物

 SARS-CoV-2も、SARS-CoVに近縁で、自然宿主がコウモリ(キクガシラコウモリ属)であることは、ほぼ定説となっている。初期の感染者は武漢市の華南生鮮卸売市場を中心に発生しており、こうした状況も、広東省の生鮮卸売市場からはじまったSARSの場合とよく似ている。なので、これまでSARS-CoV-2の感染源(媒介動物)として、市場で売られていた可能性のあるさまざまな動物がとりざたされてきたのである。

 2020年の初頭には、北京大学の研究者らが、生鮮市場に並ぶこともある「ヘビ媒介説」を発表、メディアをにぎわしたが、すぐに激しい反論にさらされた。つぎに媒介動物としてクローズアップされたのは、角質の「うろこ」をもつほ乳類、センザンコウだった。なぜセンザンコウが注目されたのか。その背景には、中国南部から東南アジアにかけての、野生動物の闇(非合法)取引の実態がある。

 センザンコウは中国やベトナムでは、生薬の原料として需要がある。生薬に用いられるのはセンザンコウの「うろこ」だが、肉もまた滋養あふれる珍味として食用にされてきた。

写真 マレーセンザンコウ Manis javanica
出典:Wikimedia Commons(Piekfrosch)

 センザンコウの仲間はアジアに4種類、アフリカに4種類が生息するが、乱獲、さらに開発によって生息域を奪われたことで、すべての種が絶滅を危惧されるほど減少しており、ワシントン条約により生体のみならずウロコなど体の一部まで商取引が規制されている。なかでも中国南部やインドシナ半島北部に生息するミミセンザンコウ、インドシナ半島・スマトラ島・ジャワ島・ボルネオ島にかけて生息するマレーセンザンコウは、いずれも絶滅寸前(critically endangered)に指定されるほど数が減っている。それにもかかわらず、密猟が後を絶たない。アフリカからの密輸はウロコや皮が中心だが、アジアに生息するマレーセンザンコウやミミセンザンコウは、生きたまま、あるいは死体や肉が、闇ルートを通じて流通している。密猟されたセンザンコウはミャンマーの野生動物市場などを通じて売買され、ひそかに中国国内にもち込まれている。

 摘発・押収された密猟センザンコウから、SARS-CoV-2に近縁のコロナウイルスが検出されたという報告が、パンデミック初期に相次いだ。香港大学などの研究グループが、2017〜18年にかけて中国南部において密輸で摘発されたマレーセンザンコウ18頭のうち、5頭からコロナウイルスを検出し、それとは別の密猟マレーセンザンコウからも、コロナウイルスが見つかったと2020年3月に報告した[4]

 研究者らがこれらのコロナウイルスのゲノムを、SARS-CoV-2と比較したところ、88.5〜92.4%が一致したという。検出したセンザンコウコロナウイルスには2系統あり、1系統ではSタンパク質の受容体結合領域(RBD)がSARS-CoV-2のものと類似していたとも報告している。

 ベトナムで野生生物保護にかかわるグループも、2018年にベトナム北部フンイェン州で押収されたマレーセンザンコウ7頭から採取した検体が、サルベコウイルスの検査に対して陽性であったと同じ時期に報告した[5]。遺伝子解析すると、このサルベコウイルスは、中国雲南省および広西省で押収されたセンザンコウから検出されたウイルスと近縁だった。SARS-CoVやSARS-CoV-2もサルベコウイルスに属することは既述のとおりだ。

 これまでセンザンコウから検出されたコロナウイルスは、SARS-CoV-2と近縁ではあるものの、系統的にはかなり離れているので、「センザンコウ媒介動物説」はその後下火になった。ただしミミセンザンコウやマレーセンザンコウは夜行性で昼はほら穴や木のうろなどのような場所で眠り、生息域もSARS-CoV-2の起源と考えられるキクガシラコウモリ属と重なっているため、日常的にコウモリコロナウイルスにさらされていると見ていい。先述のように、センザンコウから検出されたコロナウイルスのRBDがSARS-CoV-2のものと類似していたことから、コウモリコロナウルスとセンザンコウに固有のコロナウイルスが、センザンコウ体内で組み換えを起こした可能性を指摘する論文もある[6]。押収された密猟センザンコウは、「氷山の一角」というべきであり、摘発を逃れもちこまれてしまったセンザンコウのなかに、SARS-CoV-2を保有していたものがあった可能性は否定できない。しかし、ハクビシンがヒトへの感染を媒介したという証拠は見つかっておらず、2002〜2003のSARS同様、ハクビシン(ジャコウネコ)やタヌキのような生鮮市場でも販売されていた動物が仲介したとする見方が強い。

 中国、イギリス、カナダの野生生物保護を専門とする研究者らが、2017年5月からCOVID-19感染流行直前の2019年11月にかけて、華南生鮮卸売市場を含む武漢市の4生鮮市場で調査をおこなったところ、市場に出店する17店舗で生きたまま販売されていた38種の哺乳類・鳥類・爬虫類に、出自や検疫の証明がなかった(つまり違法であった)ことを報告している[7]。なかには野生動物の販売許可すら得ていない店舗もあった。SARS流行のあと、中国では多くの野生生物の市場での販売は禁止されたはずだったのだが、規制は有名無実化していたようである。哺乳類はタヌキ、ハクビシン、アメリカミンク、アカギツネ、アナグマなど18種類。この調査は、もともとマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の感染源をつきとめるためにおこなったものだったが、COVID-19流行前の生鮮市場の実態を図らずも浮かび上がらせてくれた。

 ただし、センザンコウやSARS-CoV-2の自然宿主であると推定されているコウモリの販売は確認されなかったという。たまたま調査時点で売り切れていたか入荷がなかったのかもしれないが、ワシントン条約で商取引が禁止されているセンザンコウを、多くの人の目に触れる市場で堂々と売ることはさすがにはばかられるだろう。

 一方、中国・南京農業大学を中心とする研究グループは、2017年から2021年にかけて中国国内の毛皮工場、動物園、野外であつめた動物──中国で食用とされるハクビシン、タヌキ、アナグマ、センザンコウ、タケネズミ、ヤマアラシなど──18種1941個体を調べたところ、新発見65種を含む13科102種のウイルスを検出したと報告している[8]。そのうちの21種はヒトや家畜・ペットに感染するリスクが高いと考えられた。なかでもハクビシンが、最も多く高リスクウイルスを保有していたという。さらに、ハリネズミは致死性の高い中東呼吸器症候群(MERS)ウイルスに似たウイルスを保有しており、タヌキから見つかったコロナウイルスは、近年マレーシアやハイチでヒトに感染例のあるコロナウイルスと94%の類似性があった。またハクビシンとアナグマは、A型インフルエンザウイルスH9N2亜型を保有していた。過去のA/H9N2のヒトへの感染報告は50例以下だが、野生動物の体内でヒトに感染しやすい形質を獲得する懸念もある。ほかにもヒトに感染する可能性のあるさまざまなウイルスが見つかったという。

 コロナウイルスに限らず、動物由来感染症のリスクは予想以上に高いのである。

 コウモリコロナウイルスRaTG13が発見された経緯がそうだったように、SARS-CoV-2がコウモリから直接感染した可能性も排除されてはいない。アメリカのエコヘルスアライアンスと武漢ウイルス研究所などのグループは、中国南部雲南省、広西省、広東省の農山村地域で数多くのSARS近縁コロナウイルスコウモリ由来ウイルスのヒトへの感染が考えられている以上に頻繁に発生していると、2019年の段階で警告していた[9]。同グループが2015〜2017年にかけて住人1596人の血清を入手し検査したところ、0.6%にあたる9人の血清からコウモリコロナウイルスの抗体が検出された。また265人(17%)が過去1年間に重症急性呼吸器感染症やインフルエンザ様疾患に罹ったことがあり、家禽、肉食動物、ネズミやコウモリとの接触があったとされる。コウモリコロナウイルスの抗体をもつ比率は小さいものの、動物との接触と動物由来感染症との関連には、注意すべきだとしている。

 さらにエコヘルス・アライアンスのメンバーらは、コウモリからヒトへのコロナウイルス直接感染は従来考えられていたよりも頻繁に起こっているとする論文を、2021年に発表している[10]。過去20年間に、コウモリコロナウイルスがヒトに感染して流行を引き起こした事例は、SARS-CoV(2003)、MERS-CoV(2012)とSARS-CoV-2の3例であるが、数億人がコロナウイルスのホストであるコウモリと同一地域に生活しており、幸いにも流行に至らず知られていないだけで、コウモリコロナウイルスへの感染例は考えられているよりずっと多いのではないかという。

 研究者らは、SARS近縁コロナウイルス(SARSr-CoV)*のホストである23種のコウモリ(おもにキクガシラコウモリ属Rhinolophusおよびカグラコウモリ属Hipposideros)について、ホスト分布モデル、生態学的・疫学的データを用い、中国、南アジア、東南アジアにおけるSARS近縁コロナウイルスのヒトへの暴露リスクの地理的分布と、把握されていないコウモリからヒトへの感染実態を推計した。その結果、およそ5億人がこれらのコウモリの生息域に暮らしており、南アジア〜東南アジアでは毎年40万人もがコウモリから直接、あるいは媒介動物を通じてSARS近縁コロナウイルスに感染していると推測する。とくに南中国、ミャンマー東北部、ラオス、ベトナム北部がSARS近縁コロナウイルスのホストとなるコウモリの多様性が高いホットスポットであり、ウイルスの多様性も高いという。

*:ベータコロナウイルス属サルベコウイルス亜属のなかでもSARS-CoVと遺伝的に近縁なウイルスのグループ。SARS-CoV、SARS-CoV-2、Bat-CoV-RaTG13がここに含まれる。ほとんどはコウモリコロナウイルス(Bat-CoV)で、数百の系統があるとされる。SARS関連コロナウイルスともいう。

 イギリスと中国の研究者らは、コウモリの生息地では野生動物の捕獲や洞窟でのコウモリの糞(バット・グアノとして肥料になる)の採取などの際に、ヒトとコウモリ(およびSARS近縁コロナウイルス)との接触は頻繁に生じており、武漢市での感染流行以前にヒトへの感染が起こっていてもおかしくないと指摘する[11]。だとすれば、武漢市の生鮮市場にSARS-CoV-2を運んだのは、動物ではなくヒトだったかもしれない。

 一方、先に紹介したようにSARS近縁コロナウイルスに感染可能なハクビシン、アカギツネ、アメリカミンク、タヌキ、アナグマなどが、武漢市内の複数の生鮮市場で生きたまま売られていた。もしこうした動物が媒介動物であるなら、もっと頻繁に動物−ヒト感染が起こってもいいはずだが、実際にはSARS近縁コロナウイルスが動物からヒトに感染して流行がはじまったと考えられるケースは、21世紀に入ってSARSとCOVID-19の2度しか起こっていない(それ以前ははっきりわからない)。しかも、SARSで生きたままの野生動物販売のリスクが知られ、規制が強められていたにもかかわらず、COVID-19の流行が起こってしまったのだ。

 その理由の一端として研究者らが注目するのは、2019年に中国がアフリカ豚熱(ASF)の流行に見舞われたことだ。中国国内では多くの養豚場が閉鎖され、1億5000万頭にもおよぶブタが殺処分された。国内外からのブタの移動も制限されたため、豚肉卸価格が急騰、2019年11月には記録的な高価格となった。とくに中国東南部で価格上昇が激しかったという。その結果、代替として牛肉や鶏肉ばかりか、野生動物を含む他の動物肉の需要が高まった。多くの野生動物が生きたまま──つまりウイルスを保有したまま──人口の多い大都市の市場に運ばれた。こうしてウイルスに感染した野生動物とヒトとの接触機会がふえたことが、今回のパンデミックの引き金となったのではないかと研究グループは述べている。

 ハクビシンやタヌキ、アカギツネ、アメリカミンクなどは、絶滅危惧種ではなくワシントン条約の規制もない。毛皮や肉目的で大規模な飼育もおこなわれている。野生動物起源であっても、飼育証明があればSARS後も生鮮市場で販売できたらしい。野外でコウモリウイルスに感染した個体が捕獲されて飼育農場にもちこまれることもあるだろうし、農場の近くに、夜間餌を求めてコウモリが飛来し、その糞や尿、唾液などを通じて飼われている動物にウイルスが感染、さらに農場内で感染がひろがり、感染した個体が生鮮市場に出荷されたというシナリオも、決して荒唐無稽なものではない。コウモリから飼育動物への感染は、コウモリからヒトへの直接感染よりも頻繁に起こっていると考えられる。ニパウイルスやヘンドラウイルス、MERS-CoVもこうしたルートでヒトへの感染がはじまった。SARS-CoVやSARS-CoV-2も、そうだったかもしれない。

 中国当局が主張する、野生動物を含む(輸入された)冷凍肉にウイルスが付着していたという説も完全に否定されたわけではないが、これまでのところ有力な証拠に結びつくような発見はない。いずれにしても、野生動物(養殖されたものを含む)の販売を厳しく規制しない限り、これからも動物由来新興感染症の発生はつづくだろう。COVID-19発生以来中国政府は野生動物の市場での販売を禁止しているというが、SARS後の野生生物取引規制が骨抜きになっていたように、いずれまた……という懸念は消えない。雑多な野生動物が狭いケージに入れられ積み重ねて置かれている環境では、同一種内だけでなく種間感染のリスクも高い。表立った販売はなくなってもニーズがある限り闇取引はつづきそうだ。闇に紛れることで、動物がいっそう劣悪な環境に置かれるかもしれない。これは中国だけの問題ではなく、同様に野生動物が食用に取引されている国々でも、野生動物からヒトへの新興感染症ウイルスの「ジャンプ」は起こりうる。感染が偶発的なものに収まっていればいいが、そのウイルスがヒトからヒトへと感染すれば、またたく間に拡散し、パンデミックへと結びついてしまう、そんな危うい世界に私たちは生きている。<つづく


[1] Jie Cui et al.:Origin and evolution of pathogenic coronaviruses, Nature Reviews Microbiology, 17(3), 2019

[2] Victor Max Corman et al.:Evidence for an Ancestral Association of Human Coronavirus 229E with Bats, Journal of Virology, 89(23)2015

[3] Jeremy Huynh et al.:Evidence Supporting a Zoonotic Origin of Human Coronavirus Strain NL63, Journal of Virology, 86(23), 2012

[4] Tommy Tsan-Yuk Lam et al.:Identifying SARS-CoV-2 Related Coronaviruses in Malayan Pangolins, Nature, published online 26 Mar, 2020

[5] Nguyen Thi Thanh Nga et al.:Evidence of SARS-CoV-2 Related Coronaviruses Circulating in Sunda pangolins (Manis javanica) Confiscated From the Illegal Wildlife Trade in Viet Nam, frontiers in Public Health, 09 March 2022

[6] Xiao Jun Li et al.:Emergence of SARS-CoV-2 through recombination and strong purifying selection, Science Advances, 6(27), 2020

[7] Xiao Xiao et al.:“Animal Sales from Wuhan Wet Markets Immediately Prior to the COVID‐19 Pandemic”, Scientific Reports, published 07 June, 2021

[8] Wan-Ting He et al.:Virome characterization of game animals in China reveals a spectrum of emerging pathogens, Cell, 85(7), 31 March, 2022

[9] Hongying Li et al.:Human-animal interactions and bat coronavirus spillover potential among rural residents in Southern China, Biosafety and Health, 1(2), 2019

[10] Cecilia A. Sánchez et al.:A Strategy to Assess Spillover Risk of Bat SARS-related Coronaviruses in Southeast Asia, medRxiv, posted September 14, 2021

[11] Spyros Lytras et al.:“The Animal Origin of SARS-CoV-2”, Science, 373(6558), published online August 17, 2021

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