強毒ウイルスを生み出すコウモリの免疫系

<第13回>

 第2回および第3回でも書いたように、SARS-CoV-2の起源動物はコウモリ(キクガシラコウモリ属)でほぼ間違いないと多くの研究者は考えている。エボラ出血熱、ニパウイルス感染症、ヘンドラウイルス感染症、SARS、MERS、そして今回のCOVID-19と、新興感染症には原因ウイルスがコウモリ類由来のものが少なくない。古くからある狂犬病もそうだ。幸い人間に感染することはなかったが、2017年に中国広東省で養豚場の子豚2万4000頭以上を死に至らしめた、ブタ急性下痢症候群(SADS)の原因ウイルスも、コウモリ起源のコロナウイルスだった[1]。

 リスクはコロナウイルスにとどまらない。ニパウイルスやヘンドラウイルスが属するパラミクソウイルス科には、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の原因であるヒトムンプスウイルスや、麻疹(はしか)ウイルス、乳幼児が感染すると重い肺炎を引き起こすことがあるRSウイルスなど、重要な流行性感染症が含まれる。コウモリはパラミクソウイルス科の幅広いウイルスの自然宿主でもあり、ヒトムンプスウイルスや麻疹ウイルスなどに近縁のウイルスも保有している。これらのウイルスは、過去にコウモリから種を超えて他の哺乳類や鳥類にホストを乗り換えた可能性があるという[2]。

 一方で、こうしたウイルスに感染していても、コウモリ自身に重い症状が出ることはほとんどない。しかもコウモリ類に感染するウイルスはきわめて種類が多く、かつ多様性に富んでいる。これはコウモリにウイルスの増殖を抑えるなんらかの機構が備わっていることを示唆する。そのヒントとなるのが、コウモリ類のもつ特異な免疫系である。

 コウモリ類は世界中に1400種以上が生息している。膜翼をもち、空を飛び、体のサイズの割に長寿命。通常は大型動物ほど寿命が長いが、体重10gに満たない小型のコウモリが、飼育下とはいえ数十年生きた記録がある。

 コウモリ類は、白亜紀末期の動物群の大絶滅(約6600万年前)後、一部が空白となった空中という生態的地位(ニッチ)に進出し、翼をもち飛翔する唯一の哺乳類として進化した。おそらく先祖は樹上性の小さなネズミのような生き物だったと思われる。飛翔していたとはっきりわかる化石記録は、およそ5000万年前にさかのぼる。

 現在生息するコウモリの仲間は、ココウモリ類とオオコウモリ類という、形態的にも生態的にも異なった2つのグループに分けることができる。前者はほとんどが夜行性でからだも小さく、飛びながら小さな昆虫を食べ(なかには哺乳類の血を吸うものや魚をたべるものもいる)、日中は洞穴や建物の隙間のようなところで集団で過ごす。ココウモリ類のもう一つの特徴は、エコーロケーション(反響定位)をおこなうことだ。超音波を発しその反射音を耳で捉えることで、暗闇のなかでも飛び、餌の昆虫をとらえることができる。

 これに対してオオコウモリ類は概してからだが大きく、昼行性で植生も果実や花の蜜であり、飛ぶとき以外は木の枝などにぶら下がっていることが多い。「フライイング・フォックス」と呼ばれるグループがあるように鼻先が尖った顔つきもココウモリ類とは異なっている。視覚が発達しているかわり、ほとんどの種はエコーロケーション能力をもたない(ただし最近の系統分類では、一般にココウモリ類とされるキクガシラコウモリ科やブタバナコウモリ科などはオオコウモリ類と同じ分類群=陰翼手類に入れられている)。

 ドイツ・マックスプランク研究所などの研究者が参加する国際研究コンソーシアム「Bat1Kプロジェクト」は、2017年からコウモリ類全種のゲノム解析と系統分析に取り組んでいる(1Kは1000の意)。まずはこのうち、分類群の異なるコウモリ類6種類のゲノムについて解析が完了し、2020年にNature誌に論文が掲載された[3]。

 グループは他のほ乳類のゲノムとの比較から、コウモリ類はローラシア獣上目(ローラシアテリア)に属し、センザンコウ目やネコ目、ウマ目と比較的近い系統に位置づけられるとしている。しかしコウモリ類は、長い進化の過程でヒトを含む他の現生ほ乳類がもつ、炎症反応にかかわる少なくとも10の免疫関連遺伝子を失っていることがわかった。そのなかには、炎症を促進する作用のあるNF-κカッパBも含まれる。NF-κBは、活性化すると細胞質から核内に移動して炎症性サイトカイン*などさまざまな炎症にかかわる因子の遺伝子発現を促進する。一方で、ウイルス感染からの防御作用をもつAPOBECアポベク3という酵素を発現する遺伝子に変異と増強がみられた。論文は、コウモリ類がこうした遺伝的特異性を獲得したことで高いウイルス耐性をもつに至った可能性があると指摘している。

 また興味深いことに、コウモリのゲノムには過去に感染した多様なウイルス由来の遺伝子が組み込まれているという。これは繰り返しウイルスの感染を受けそれを乗り越えてきた記録だと、研究者らは述べている。

 カナダ・サスカチュワン大学のソヌ・スブディ博士らは、コウモリ類が飛翔生活をする唯一のほ乳類であることに、特異な免疫系発達の秘密があるという[4]。

 外敵からの逃避、長距離移動、餌を得やすいなど、飛翔のメリットは計り知れないが、その代わりコウモリは、地上にすむ動物に比べ体重あたりでずっと多くのエネルギーを必要とする。そのためコウモリのエネルギー代謝率は非常に高い。エネルギー代謝は細胞内小器官であるミトコンドリアで好気的におこなわれるが、その際には活性酸素・フリーラジカルを発生させる。活性酸素やフリーラジカルは、細胞を傷つけ、傷ついた細胞は免疫系に対してシグナルを出し、炎症性サイトカインが放出され、免疫細胞を呼び寄せて炎症を引き起こす。

 これに対し、コウモリは炎症性サイトカインの分泌を減らし炎症を抑える方向に免疫系を進化させた。しかし、それではウイルスなどの病原体に対し脆弱になってしまう。それを補うために細胞レベルで、素早く病原体の侵入に対応できるよう、新たなしくみを獲得したと考えられる。それが「インターフェロン経路」だ。

 インターフェロン(IFN)は、白血球のマクロファージや樹状細胞のほか、ウイルスに感染した細胞からも産生されるサイトカインの仲間で多くの種類がある。おもに感染細胞内でのウイルスの複製を妨げる作用をもち、病原体の侵入初期に対応する自然免疫系の一部をなしている。素早い「インターフェロン経路」によって、コウモリはウイルスに感染してもその増殖を抑えることができるというのだ。

 アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校のカラ・E・ブルック博士らは、エジプトルーセットオオコウモリRousettus aegyptiacusとクロオオコウモリPteropus alectoの培養細胞に3種類のウイルスを感染させる実験をおこなった。対照としたアフリカミドリザルの培養細胞は、短時間にウイルスに冒されてしまったが、2種のコウモリの培養細胞では、感染した細胞が直ちにインターフェロンαを分泌して、他の細胞に防衛(免疫反応)を促した、と報告した[5]。

 先のスブディ博士らの研究によれば、北アメリカに生息するトビイロホオヒゲコウモリMyotis lucifugusは、冬眠中に腸や肺にコロナウイルスが感染したまま、4か月もの間症状が出ず、組織に病理的変化も出ないという。このようにマイルドな感染にとどまることが、コウモリをしてさまざまなウイルスの「自然宿主」たらしめているという。コウモリ類はねぐらをつくり集団で生活するため、個体間でのウイルス伝播も起きやすいと考えられる。

 ほかにイタリアの研究グループは、コウモリの体温変動に注目した論文を発表している[6]。コウモリの体温は飛翔中に上昇する一方、休眠中には大きく低下する。飛翔中は37℃以上にもなるが、休眠中には急速に低下して25℃程度に保たれる。コウモリはこうしたサイクルを日々くりかえしており、休眠中には炎症反応も低下するが、低体温下でウイルスの増殖も抑えられるという。

 一見ウイルスはコウモリ類と穏やかに共生しているかのようにみえるが、実際にはコウモリの堅固な免疫系に打ち勝とうと変異を繰り返し、増殖率、感染率を高めるよう進化をくりかえしている。まるでコウモリの体内は、ウイルスを鍛え上げるトレーニングジムのようなものである。

 コウモリにとっては大したことはないが、ヒトを含むそれ以外の動物にとっては毒性・感染力の強いウイルスが、唾液などの飛沫やふん、尿とともにコウモリの体外に排出される。そのなかのあるものは、他の動物に感染し、さらにヒトにも感染して、運悪く重い症状をもたらす結果にもなる。コウモリと生息地を共有する野生動物には、コウモリ由来ウイルスに感染する機会がつねにある。何らかの原因で死んだコウモリを食べることもあるだろうし、コウモリがねぐらとする洞窟は野生動物にとってもねぐらや巣として好適だ。洞窟の床にはコウモリの糞が堆積し、バットグアノと呼ばれてよい肥料になる。SARS-CoV-2近縁のRaTG13で起こったケースのように、バットグアノを集めるためにコウモリの生息する洞窟に入った人間がコウモリウイルスに感染するリスクはけっして小さくない。

写真 ルーキクガシラコウモリRhinolophus rouxii
キクガシラコウモリの仲間は、SARS-CoVやSARS-CoV-2を含むサルベコウイルスの自然宿主であると考えられている。
出典:Wikimedia Commons(Author:Aditya Joshi)

 近年になって、このような野生動物由来のウイルス感染症が増えているのはけっして偶然ではない。開発によって野生動物の生息域が破壊されたり、野生動物の生息域の近くで人間が暮らしたり、家畜が集団飼育されたりするようになった。コウモリ由来の強毒性ウイルスと人間が出会うチャンスは格段にふえている。野生動物の密猟も横行している。野生動物を「珍味」とする食文化がつづくかぎり、人間社会に新たな未知のウイルスがもち込まれるリスクはつづくだろう。そして、かつては風土病(エンデミック)でおさまったであろう新感染症流行が、運輸・交通網の発達した現在は一気に世界中に広がってしまう。私たちはそんなあやうい世界に生きているのだ。

*サイトカイン─免疫系における情報伝達をになうタンパク質で、ウイルスや細菌、がん細胞などを認識した免疫細胞(白血球)からおもに放出される。サイトカインのうち免疫細胞を呼び寄せたり活性化させたりして炎症反応を促進させるものを炎症性(または炎症誘発性)サイトカインと呼ぶ。


[1] Peng Zhou et al.:Fatal swine acute diarrhoea syndrome caused by an HKU2-related coronavirus of bat origin, Nature, 556(7700), 2018

[2] Thomas J. O’Shea et al.:Bat Flight and Zoonotic Viruses, Emerging Infectious Diseases, 20(5), 2014

[3] David Jebb et al.:“Six Reference-quality Genomes Reveal Evolution of Bat Adaptations”, Nature, 583, published online 22 July, 2020

[4] Sonu Subudhi et al.:“Immune System Modulation and Viral Persistence in Bats: Understanding Viral Spillover”, Viruses, 11(2), 2019

[5] Cara E Brook et al.:“Accelerated Viral Dynamics in Bat Cell Lines, with Implications for Zoonotic Emergence ”, eLIFE, Feb.3, 2020

[6] Maria Rita Fumagalli et al.:Role of body temperature variations in bat immune response to viral infections, Journal of the Royal Society Interface, 18(180), 2021

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