人獣共通感染症としてのコロナウイルス

<第7回>

 21世紀の初頭、ヒトに感染するコロナウイルス(ヒトコロナウイルスHCoV)として知られていたのは、HCoV-229E(229E)とHCoV-OC43(OC43)の2種類だけだった。両者は1960年代に相次いで確認された。229E、OC43とも、研究者のサンプル番号に由来する。OCは組織培養(Organ Culture)のイニシャルである。

 後述するHCoV-NL63(NL63)、HCoV-HKU1(HKU1)と合わせ、かぜの症状をもたらすウイルスとして秋から早春にかけて流行し、年によって異なるが、かぜの原因の15〜30%を占めるとされる[1]。日本で2015〜2019年に報告されたかぜコロナウイルスの検出情報によれば、OC43が45.8%、NL63が29.2%、HKU1が12.7%、229Eが5.4%という比率だった[2]。いずれのウイルスに感染しても、喉の痛みやせき、鼻水、頭痛、発熱といった、いわゆるかぜの症状が出るが、健康な人が深刻な症状に至ることはまれである。しかし、毎シーズン変異するため感染で得られた免疫が効かなくなり、何度でも罹ることになる。また同じ理由からワクチンの開発も難しい。

 少なくとも21世紀の初頭までは、コロナウイルスが新興感染症の候補としてマークされることはなかった。ところが、新世紀に入ってすぐにその認識を大きく改めなければならない事態が発生した。

 2002年11月、中国広東省で原因不明の新型肺炎が続発、旅行者を通じて周辺国にも広がりを見せた。2003年2月下旬、ベトナム・ハノイの病院に1人の肺炎患者が入院。この患者を診察したWHOの感染症専門家カルロ・ウルバーニ医師は、これが新しい感染性の疾患であるとしてベトナム保険当局に対応を要請するとともに、WHO本部に報告した。

 報告を受けたWHOは、3月12日、新型肺炎の流行にかんする警報「グローバル・アラート」を発し、3月15日にはこの新型肺炎を「重症急性呼吸器症候群(SARSサーズ)」と名づけ、世界に向けて渡航の延期を勧告した。

 WHOは、国際的な共同研究ネットワークを立ち上げ、世界中の感染症専門機関・研究者らが、病原の解明に取り組んだ結果、4月15日には、新種のコロナウイルスがSARSの原因ウイルスであると突き止められ、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)と名づけられた。感染封じ込め対策もあって、市中における感染拡大は防がれ、7月5日にWHOは終息宣言を出している。

 WHOによれば、2003年7月31日までに、感染者は中国を中心に29か国で、8096人、死亡者は774人であった[3]。感染経路は感染者からの飛沫や接触で、感染力はさほど強くないものの、1人が17人にも感染させた「スーパースプレッダー」が存在したこともわかっている。また香港では下水を通じて(尿や便に含まれるウイルスに)感染したと思われる事例もあった。

 中国本土以外で感染者が多かったのは、広東省と接する香港のほか、台湾、シンガポール、カナダで、中国からの渡航者がウイルスをもち込んだものと考えられる。感染者の多くは、治療にあたった医療関係者など、院内感染によるものであった。死亡者のなかにはSARSの最初の報告者であったウルバーニ医師も含まれている。彼は、対応した患者から感染して発症、3月29日に死亡したという[4]

 幸いなことに、2003年8月以降のSARS-CoV感染者は、実験室内での感染事故を含む9例だけで、2004年4月を最後に発生は報告されていない。

 ところでSARS-CoVは、いったいどこから来たのか? 広東省における初期のSARS患者は、野生動物を扱う料理店の従業員であったことから、野生動物やその肉からのウイルス感染が疑われた。香港大学などの研究グループは、広東省深セン市の生鮮市場で売られていたハクビシン(ジャコウネコ)の鼻腔ぬぐい液と肛門ぬぐい液から、SARS-CoVに近縁のコロナウイルスが検出されたと、2003年10月に科学誌『Science』に発表した[5]。また同じ市場で売られていたタヌキの肛門ぬぐい液からも同様のウイルスが見つかったという。販売されていたほかの動物(アナグマ、キョン、ノウサギ、イタチアナグマ、ブタバナアナグマ、ネコ)からは検出されなかった。

 中国では、牛や豚などの畜肉以外に、「珍味」としてさまざまな野生動物が市場で生きたまま売られてきた。野生動物は市場の一角で金網で組まれた小さなケージに入れられ、ケージごと積み重ねて陳列される。ウイルスに感染した個体が1頭でもいればその周辺の個体にも容易に感染してしまう環境で販売されている。

 この調査では、SARS-CoVそのものは検出されなかったし、ハクビシンやタヌキが自然宿主なのか、それとも単に媒介しただけで別の自然宿主が存在したのかまではわからなかったが、感染源の可能性があるとされたハクビシンは大量に殺処分された。

 幸いなことにSARSの流行は比較的短期間で収まった。2004年以降感染者は発生しておらず、おそらくSARS-CoVは人間社会から消え去ったものと思われる。しかし、SARS-CoVを保有する動物は地球のどこかに(おそらく東アジアから東南アジアにかけて)生息しつづけているだろう。そこから再び人間社会へウイルスがジャンプしないとも限らない。いや、人間に感染して重篤な症状を引き起こすウイルスが、ほかにもあるかもしれない。鳥インフルエンザ以外にも、衛生上の驚異となりうる野生生物由来のウイルスが存在することに、私たちはあらためて気づかされたのである。

 SARSの流行からコロナウイルスに対する注目が高まり、研究が進んでヒトコロナウイルス(HCoV)のリストに新たに2種類が加わった。2004年に確認されたHCoV-NL63と、2005年に確認されたHCoV-HKU1である。NLは発見地のオランダ(Netherland)の、HKUは同じく香港大学の頭字だ。

 さらに新たなヒトコロナウイルスが登場する。2012年6月、中東サウジアラビア第2の都市ジッダの病院に、60歳の男性が入院した。男性は、発熱、せき、血痰、息切れが1週間つづいており重い肺炎が認められたためただちに集中治療室に入れられたが、腎臓障害も併発しており、入院11日目に死亡した。

 同病院の医師でウイルス学者のアリ・モハメド・ザキ博士は、採取した患者のサンプルをオランダのロッテルダムにあるエラスムス大学医療センターに送った。同センターのウイルス学者ロン・フォウチャー博士らがウイルスを分離し、ゲノムを解析したところ、これまで知られていなかったコロナウイルスだとわかった。ウイルスは研究機関名からHCoV-EMCと暫定的に名づけられた。この論文は11月に医学誌『The New England Journal of Medicine』に掲載された[6]。このウイルスは、既知のコウモリコロナウイルスBatCoV-HKU4、BatCoV-HKU5に近縁で、SARS-CoVと同じβコロナウイルス属に属するものの、系統的にはやや離れているとされた。

 その2か月前の9月に、ロンドンの病院に同様の症状で入院した49歳のカタール人男性がいた。この男性から検出されたウイルスのゲノムが、HCoV-EMCとほぼ一致した。男性は同国内で感染したあとに渡英し、そこで発症したと見られる。幸いこの男性は無事回復したという。

 これら2例は、偶発的な感染と思われたが、その後カタールやサウジアラビアなど中東諸国で患者の発生がつづいたことから、新たなウイルスによる呼吸系感染症として「中東呼吸器症候群(MERSマーズ)」、原因ウイルスはMERS-CoVと命名された。2015年には、ジッダを訪れた韓国人男性が帰国後に発症、6月16日までに同国内で150人が感染して発症し18人が死亡した。韓国では最終的にサウジアラビアに次ぐ186人の感染者と38人の死亡者を出したが、これはたった1人の感染者から広がったものである。

 中東以外ではイギリス、ドイツ、チュニジア、フィリピンなどで、渡航者による輸入症例が発生している。WHOの統計では、2021年1月現在28か国で2566人が感染し、うち882人が亡くなっている。

 SARSとちがって、MERSの患者は散発的に発生がつづいている。しかも、サウジアラビアでは、発症に至らない(不顕性)か軽症ですんだ潜在的な感染者が多数いることが抗体検査からわかっている。

 MERS-CoVはどこから来たのか? どのように人間に感染するのか?

 2013年11月にMERSを発症してジッダの病院に入院した43歳の男性は、9頭のヒトコブラクダを飼っており、その前月に病気になったヒトコブラクダの鼻に薬草からつくった薬を塗っていた。また、日常的にヒトコブラクダのミルクを生のまま飲んでいたという。中東ではヒトコブラクダが、物を運んだり、人が騎乗したり、あるいは肉やミルクを利用したりと有益な家畜として広く飼育されている。人気のあるラクダレースのために飼育されるラクダも多い。

 PCR検査の結果、患者の飼育していたヒトコブラクダ1頭がMERS-CoVに感染していたことが確認され、さらに9頭の血清を調べるとすべてが抗MERS-CoV抗体をもっていることがわかった[7]。つまり、これらのラクダは過去にMERS-CoVに感染したことがあるということだ。MERS患者が発症前にヒトコブラクダと接していたという報告はほかにもあり、サウジアラビア国内だけでなく、オマーンやカタール、アラブ首長国連邦、さらにエジプトなどでも、ヒトコブラクダの血清中に高い比率でMERS-CoVに対する抗体が見つかっている。

 どうやらMERS-CoVは、中東や北アフリカのヒトコブラクダの間で感染を繰り返しているらしい。サウジアラビア国内で1992〜2010年に採取されたヒトコブラクダの血清サンプルを調べた結果、高い比率で抗MERS-CoV抗体が検出されたことから、遅くとも1992年にはヒトコブラクダの間にMERS-CoVが広がっていたことがわかった[8]

 感染したヒトコブラクダは鼻かぜのような症状を呈し、鼻水を流すが、この鼻水にはウイルスが含まれており、それを触ったり、飛沫とともにウイルスを吸い込んだりすると感染する。このように、ヒトコブラクダは感染すると軽いながらも発症することから自然宿主ではないと考えられた。

 サウジアラビア・アルファイサル大学医学部のジアド・メミシュ博士らは、2012年10月と2013年4月に、ジッダ南東のビーシャ地区と首都リヤド北西のウナイザ地区でコウモリを捕獲し、のどぬぐい液、糞、血液などに含まれるウイルスを調べたところ、エジプトタフォゾウスコウモリ(Taphozous perforatus)1頭からMERS-CoVが見つかったと発表した[9]。捕獲・採取したサンプルからは、既知の家畜感染性コロナウイルスなど、ほかにも多くのコロナウイルスが検出された。見つかったMERS-CoVのゲノムは、ビーシャで発生した患者から分離されたMERS-CoVと100%一致した。コウモリの糞や尿に含まれるウイルスがヒトコブラクダに感染し、ヒトコブラクダを通じてヒトに感染したことがほぼ確実となった。MERS-CoVを保有していたエジプトタフォゾウスコウモリ(タフォゾウスは墓あるいは墓穴を意味するギリシア語)は、食虫性で日中は暗いねぐらで過ごし、夕方から夜にかけて活動し、街灯に集まる虫を狙って市街地でも飛翔する。SARSと異なりMERSの発生が中東を中心に散発的につづいている理由は、ヒトコブラクダという中東で身近な動物が感染源となっているためだ。しかし、このようにウイルスの自然宿主と感染経路(媒介動物)がほぼ解明されることは珍しい。

 これまでみたように、ヒトに感染して症状を引き起こすコロナウイルスには、SARS-CoV-2を含めて7種類が知られている。コロナウイルス(厳密にはオルトコロナウイルス亜科)はα(アルファ)コロナウイルス属、β(ベータ)コロナウイルス属、γ(ガンマ)コロナウイルス属、δ(デルタ)コロナウイルス属に分かれ、SARS-CoV-2とSARS-CoV、MERS-CoV、OC43、HKU1がβコロナウイルス属、NL63と229Eがαコロナウイルス属である(表および図)。γコロナウイルス属とδコロナウイルス属には、これまでのところヒトに感染するものは確認されていない。さらにSARS-CoV-2とSARS-CoVはサルベコウイルス亜属、MERS-CoVはメルベコウイルス亜属に分類されている(それぞれの亜属名はSARS、MERSに由来する)。次回は、かぜの症状をもたらすコロナウイルスOC43をめぐる、ある説を紹介する。<つづく

表 ヒトコロナウイルス
APN:アミノペプチダーゼN、O-ac Sia:O-アセチル化シアル酸
参考:Nianshuang Wang et al., 2013 、M. Alejandra Tortorici et al., 2019 、Katarzyna Owczarek et al., 2018 、ほか
図 コロナウイルスの系統
顔マークはヒトCoV、●はコウモリCoV
原典:Jon Cohen, 2021 (一部改変)

[1] Ding X Liu et al.:Human Coronavirus-229E, -OC43, -NL63, and -HKU1 (Coronaviridae) , Encyclopedia of Virology, 4th Edition, Volume 2, 2021

[2] 国立感染症研究所:ヒトコロナウイルス(HCoV)感染症の季節性について―病原微生物検出情報(2015~2019年)報告例から―, IASR, 41, 2020年7月号

[3] 国立感染症研究所:SARS(重症急性呼吸器症候群)とは、https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/414-sars-intro.html

[4] 山内一也:『ウイルスの世紀』、みすず書房、2020

[5] Y. Guan et al.:Isolation and Characterization of Viruses Related to the SARS Coronavirus from Animals in Southern China, Science, 302, 10 October, 2003

[6] Ali Moh Zaki et al.:Isolation of a Novel Coronavirus from a Man with Pneumonia in Saudi Arabia, New England Journal of Medicine, November 8, 2012

[7] Ziad A. Memish et al.:Human Infection with MERS Coronavirus after Exposure to Infected Camels, Saudi Arabia, 2013, Emerging Infectious Diseases, 20(6), 2014

[8] Abdulaziz N. Alagaili et al.:Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Infection in Dromedary Camels in Saudi Arabia, mBio, 5(2), 2014

[9] Ziad A. Memish et al.:Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus in Bats, Saudi Arabia, Emerging Infectious Diseases, 19(11), 2013

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