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いけ好かない奴③

※この話はフィクションです。所々ガチっぽい箇所もありますが、大部分はフィクションです。多分。

プーっとその女の子は吹き出した。無理もない、30過ぎた俺が腕相撲で誰かを倒す宣言をする。アメリカ独立宣言の7865兆倍以上くだらない宣言だ。大体腕相撲であの分厚いマッチョに勝てるとかwって言う顔をしているその子に俺はこう言った。

「俺が勝ったらお前モンスターエナジー奢れよ!」


流石にこの一言には返す言葉もなかった。小さくいいよと返事した。なぜ腕相撲?ちゃんと理由がある。男ってのは意外に幾つになっても力比べが好きなんだ。飲み屋なんかで誰が強いか?負けたらテキーラショットで!みたいなノリはそれなりにあったりなかったり。結局あまり知らない同士では腕相撲によって無意識に順位がついたりする。さらに奴は前述のように明らかに筋トレをしている身体をしている。いや、奴らはワークアウトなんて言いやがるのかな?w自分よりショボい身体の俺に負けるのはこの上ない屈辱のはずだ。あとなんと言っても、俺は腕相撲が得意なんだ。明らかに自分より筋肉量、体重、骨格が大きい相手にもかなり良い勝率を記録してきたし、左はもう年単位で負けてない。これで腕相撲で決闘を挑まない理由がどこにある?

俺はチャンスをひたすら待った。奴が店の前を通る時をひたすら待った。しかし、そう言う時に限り奴は現れない。業を煮やした俺は、とうとう喫煙所で待ち伏せすることにした。バイトの休憩時間が始まったら、すぐにダッシュで喫煙所に向かう。すると、、

奴がいた!!!


待ち伏せして挑むつもりだったが、すでに喫煙所でiQOSをスパスパ吸ってやがる。こうなりゃ気分は宮本武蔵、小次郎を破れたり!!的なww全くこれから俺に倒されると知らずに優雅なもんだぜ。俺は奴の右側に立ち一言こう言った。

「お疲れ様です。」

奴は普段挨拶もしない俺が話しかけてきたことに少し驚きながら、

「お疲れ様です。」

と返した。俺はすかさず、言葉を続けた。

「良い筋肉してますねー、筋トレしてますか?」

「ええ、ワークアウトは趣味なので」

思った通り、こいつは鍛えることをワークアウトって言うタイプの人間だ。想像より言葉遣いが丁寧なのが意外だったが、筋トレをワークアウトって呼ぶ時点で倒すべき対象として判断される。俺の中ではな。俺は満を持してこう言い放った。

「腕ずぼうしません!!?」

「???腕相撲ですか?」

何てこった。この小説のハイライトとも言える決闘を叩きつけるセリフを噛んじまった。小学校の時、女の先生に間違ってお母さんて呼んじまった時以来の羞恥を感じた。さらに少しの沈黙の後、奴は噛んだことに全く触れず言葉を返す余裕、、

やっぱいけ好かない奴!!

興奮しては勝機を失う。深呼吸して俺は、、

「そうです、私も筋トレを嗜むものとして貴方に腕相撲を手合わせ願いたい。」

自分のボキャブラリーの中で極力上品な言葉を遣い、自分をクールダウンさせる。

「…別に良いっスけど。」

よし!!!俺の脳内に住む15人の俺が同時にガッツポーズした。この瞬間勝利を確信した。俺はタバコ吸い終わったら、店に寄ってもらうように頼み、共に店に戻った。すると奴をカッコ良いとぬかし、この決闘の火蓋を切って落としたあの子が居た。と言うより居ること解ってて奴を連れて戻ったんだがな。

「お疲れ様で〜す」

生温い声を出しながら、完全に女の顔になってやがる。数十秒後、どんな表情になってるか楽しみだな。クククッ。

「レディーゴー」言うて。

そう言うと俺は強い方の手である左手を差し出した。するとあることに気づいた。奴は右手に腕時計をしている。つまり奴は左利きってことになる。これは願ってもない展開だ。俺は最初から左手で闘うつもりだったが、奴にとっての利き腕を倒すことになるんだからな。ギュッと握る奴に対して、俺はゆる〜く握り返した。俺は指は長いが手そのものはそんなに大きくない。案の定、奴の手は俺より大きくて分厚かった。さあ弱そうだろ?油断しろよww

「レディーーゴー!!!」

と同時に真下に握った手を最速のスピードで叩きつける!これは経験則だ。肘から先が長い自分は上から覆い被せれば有利だが、横に押し倒すように力比べをすると不利になる。ゆえに瞬発力で最速で自分の手の位置が相手の手より上に到達させることが勝利の方程式になるのだ。上をポジションを取った自分は何の盛り上がりも見せることなく1秒くらいで秒殺で勝利を手にした。さて、ワークアウトで鍛えた筋肉を俺ごときに秒殺された気分はどうかな?奴の顔を確認すると、、、

「強いんスね、お疲れ様です!」

と、普通の爽やかさを見せ去って行った。俺は勝った。間違いなく勝った。これ以上ない完全勝利を腕相撲で収めた。しかし、心は毛ほども満たされない。この一瞬この競技において勝っただけであり、社会的地位、収入、学歴、すべて奴に負けている。奴はそれをすべて理解しているから負けてもあんな爽やかで居られる。戦利品のモンスターエナジーを飲みながら、勝負を挑んだ時点ですでに負けていたのだと気づいた。それでも自分の愚行から何かを学ぶきっかけになった。エレベーターのマナーはちゃんと守ろうってな。

おわり




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