赤鼻のまっちゃん

子供の頃に住んでいた社宅に、「まっちゃん」と呼ばれるおじさんがいた。ほとんどの人が本名を知らない。

まっちゃんはいつも酒臭くて、鼻が赤い。父からは、焼酎の飲みすぎであんなになっちまったと聞かされた。あんなというのは、いつもふにゃふにゃして、ろれつが回らないのにおしゃべり好きで、楽し気な昼行燈。

何度も同じミスをするけど、のれんに腕押しぬかに釘蛙の面にお小水。今回ばかりは命に係わるヘマだからガツンと言おうと思っても、揺れるまっちゃんと対峙すると力が抜けてしまうらしい。

子供の頃は、まっちゃんが面白かった。知らない歌を唸ってにこにこ笑う。へろへろの状態で便所に向かうが間に合わずコケて、それでも笑う。

BBQの時は、ビール飲め酒飲めとしつこく絡んできた。興味もあり、結構飲んだと思う。当時8歳。当然倒れてしまった。なぜかまっちゃんはおとがめなし。

元はうどんの職人だったらしい。腕はよかったが酒で仕事をしくじって、社宅に転がり込んだようだ。


珍しく夜勤がある日に、うちのお祖母ちゃんにうどん打ちを披露して台所でガタガタやってたら、寝ていた父親が激怒した。まっちゃんをふすまに剛力で投げ飛ばしてふすまに人型の穴をあけた。それでも気が収まらない父は、居間の障子にまっちゃんを放り投げ、まっちゃんは台所を宙を舞って、玄関のガラス戸に叩きつけられて戸を粉々にしてしまった。

まっちゃんを見たのはそれが最後だった。面白くて仲が良かったけど、二度と会うことはなかった。

まっちゃんは今の世の中では通用しないかもしれない。昔はまっちゃんを受け入れる懐の広さがあった。

会いたいなぁ、まっちゃん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?