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【短編小説】次の駅で①

「今日はお話を聞いてくれてありがとうございます。良ければ、来週の金曜日にディナーをご一緒させていただけませんか。いつも仕事の相談に乗って下さるお礼もしたいので。鈴木弓子」

 陽太は着信の短いメロディーに慌てて消音モードに切り替えた。品川駅発の快速電車は、あっという間に混み始める。

 人に流されて連結部分まで追いやられるとやっと落ち着いた。一度は落としそうになったスマートフォンをスーツのポケットから取り出す。

「こういうことは……」とても苦手なんだけどなぁ、と彼は溜息をついた。別に軽々しいお誘いではないことは、既読がやっかいなLINEではなく、メールで伝えてくれたことからもよく分かる。

 壊してしまいたくない。とても綺麗な関係のままで、できるだけ長く。それなのに……。

「いいえ。弓子さんの熱心さにはいつもパワーを頂いてます。こちらこそありがとうございます。申し訳ありません、その日は都合が悪いので別の日でもよろしいでしょうか。良ければこちらから改めてお伝えしますね。ではまた会社で。平戸陽太」

 いつも自分から壁を作ってしまう。物心着いた時からのこの習慣に、陽太は押しつぶされそうになっていた。

 自分から人と距離を置くのにたまらなく寂しくなるのは何故なんだろう。物凄い速さで疾走する快速電車が、車窓からの景色を激しく横へ横へと押しやっていく。

 「嬉しいです。平戸さんのご都合に合わせます。ではまた、会社で。今日もお疲れ様です。 鈴木弓子」

 ポケットにスマートフォンをしまうと、電車がゆるゆると減速していくのに気が付いた。

 「緊急停止信号です。確認の取れ次第運転を再開致します」

 慣れている乗客たちは、落ち着いて次のアナウンスを待っている。5分程の静寂の後、再び車掌の声が車内に響いた。

 「神奈川新町で人身事故が発生した模様です。現在運転再開の目途は立っておりません」

 連結部分にいたことが幸運だった。仕事終わりの疲れと、ピタリと肩が着く乗客同士の距離に、車内が次第にうっすらとした苛立ちの空気を帯びていくのが感じた。

 そんな車両に背を向けろように、連結扉の方を向いた。向こうの車両も対して変わりないな。そう思ってみていると、扉を挟んで前の女性も扉の方を正面に振り返った。

「あ……。」

目の前には口を「あ」の字に軽く開いた、鈴木弓子の姿があった。


2020年6月16日      『次の駅で』    taiti

                                                                                                  (続く)


 

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