シナリオ小話 09 口調
17歳でデザイナ・構成作家としてデビューして、フリーのプランナー兼プロデューサー、そして二流の脚本家としてちょうど20年の商業作家生活を無事に送らせて頂きました「おおやぎ」が、2007年頃からMixi等で公開していた講座連載を再構成して掲載いたします。今も脚本・シナリオを学ばれるあらゆる層のかたがご笑覧くださるなら望外の幸せです。
副題を「口調」としました。ここでは、人物の話し方の特徴・物の表し様といった人格面ではなく、より単純に「口調」にだけ着目しましょう。
夜のアパート、1階右端の部屋の窓に明かりが灯り、室内に2人の人影。
人物A「準備はいいかしら」
人物B「ええ、整っておりますわ」
もちろん実際の映像では声から男女の別が分かります。ここでそれ以上に分かることは、Aに比べBの立場が低いということです。Aに対してBが丁寧語で話しているために、おおよそこのことが分かります。
(もっとも、対等の立場の友人に対して丁寧語で話す人物かもしれません)
人物C「やぁ、佐々木君。この前の件はどうだった?」
人物D「散々ですよ」
人物C「一筋縄ではいかんね。頑張りたまえ」
人物E「おはよう」
人物C「おはようございます、部長」
と軽く会釈する。
こんなシーンでは、Cさんの口調が途中で変わっています。相手との関係によって言葉の変わる日本語の常識、特に考えるまでもない当たり前のシナリオです。おそらくCさんは課長か係長か、どちらにせよ部長よりも位の低い管理職なのでしょう。DさんはCさんよりさらに低位か平社員です。
要するに、口調で人間関係が分かるという日本語の便利を用いて、シナリオでは常に視聴者に知らせ続けていかねばなりません。
万が一にCさんのモノローグを用いるとしても、「おはようございます、部長」と会釈をしておきながら、「この人は織田部長、私の上司にあたるひとだ」なんてモノる必要はまったくないわけです。
より厳密に言えば、「部長」と言葉に出さなくてもいいかもしれませんね^
先に、映像では声から男女の別が分かると書きましたが、それなら、男の声で、
清彦「あらまあ。そんな顔しちゃあイヤだわ」
なんて言わせたら、いわゆるオカマですよね。映像ではいかにもパリッと男性もののビジネススーツを着ていても、この人物はオカマ、オネエです。
同じくビジネススーツを着込んだ若い男性サラリーマンが、丸の内のオフィスビル前で、
伸哉「いくぜ、野郎ども。目にもの見せてやるぜ」
こんな風に話すならば(軽口でそう言った場合を除いて)、穏当な新人社員ではなさそうです。彼はギャングか何かではないかと思ってしまうかもしれません。
左文字「拙者、酒はたしなまぬゆえ」
権兵衛「下戸かいなあ」
もちろん映像で刀を脇に置いている左文字は侍でしょうが、同じく映像では見るからに町人姿の権兵衛の、その軽い言葉遣いから、左文字はたいして位の高くない侍だということが分かります。浪人かもしれません。
こういった例は枚挙にいとまもありませんが、ドラマ等の映像を気を付けて見ていると、ごく当たり前のことですが、このような口調による説明が随所に存在します。逆に言えば、口調をコントロールすることによって説明できることがたくさんあります。それをセリフで説明しないことです。
映像を見て分かることをセリフで説明しないことは基本中の基本ですが、セリフの口調だけで分かることもまた、セリフに盛り込むこともしないこと。簡潔なシナリオ表現には大切なことです。
最後にもう一例。
映像による解説が期待できない電話のワンシーン。
昭吾「だからもう、そっちで何とかしろよ」
と、乱暴に受話器を置く。
女性社員「係長、3番に……」
昭吾「しつこいなあ」
と、素早く受話器を上げて3番を押す。
昭吾「何度言ったって同じなの!」
昭吾「はい、すみません!」※
昭吾「え、会議?」
昭吾「だからもう、そっちで何とかしろよ」
と、乱暴に受話器を置く。
女性社員「係長、3番に……」
昭吾「しつこいなあ」
と、素早く受話器を上げて3番を押す。
昭吾「何度言ったって同じなの!」
昭吾「はい、ごめんね!」※
昭吾「え、会議?」
(※の箇所以外は同じ内容です)
昭吾のセリフは同じ「謝罪」の言葉ですが、口調が違います。もちろん映像で昭吾の表情が映されているなら、その表情によっても説明されるでしょうが、カメラが電話を映していては、情報は口調だけになってしまいます。それでもここで何が起こったのか、おおよそのお人が一瞬で分かるのが、「口調」の面白いところですネ。
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