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シナリオ小話 04 切り取り

17歳でデザイナ・構成作家としてデビューして、フリーのプランナー兼プロデューサー、そして二流の脚本家としてちょうど20年の商業作家生活を無事に送らせて頂きました「おおやぎ」が、2007年頃からMixi等で公開していた講座連載を再構成して掲載いたします。今も脚本・シナリオを学ばれるあらゆる層のかたがご笑覧くださるなら望外の幸せです。

4回目の今日は、「切り取る」ということについて考えてみたいと思います。
しばしば映像の世界は『四角く切り取られた世界観』と表現されます。
しかしこれは画面が四角であることだけを指している言葉ではありません。
小説にしたって、報道にしたって、シナリオあるところに「切り取り」あり。

簡単に「切り取る」とはどういうことかを説明しておきましょう。これは逆に考えると分かりやすい。
「切り取られていない」世界観とは、背景があって、前景があって、匂いがあって、風まで吹いて来る渾然一体の現実。
比して、「切り取った」とは、その現実の一部を描写したり強調したりすることであり、一部を意識的に欠落させたり、全部を表現することを諦めたりすることです。

シナリオにおいては、「切り取る目」というものが大事になって来ると思います。
――何のどこをどう切り取って視聴者に提示すれば、何がどのように伝わるか

シーンAでは、主人公の侍が酒を飲んで店内で暴れる。
シーンBでは、主人公は肩がぶつかったとケンカを始める。
シーンCでは、主人公は遂に刀を抜いて八丁堀に斬り掛かる。

こうなって来ると、これは時代劇の武侠物か無法物でしょう。
主人公は荒くれでケンカ早く、官憲なんてクソくらえ。

しかし、同じ主人公に、次のようなシーンを用意しますと……

シーンDでは、主人公は旗下同心だが同僚から裏切られお家断絶。
シーンEでは、主人公は自分には勇気も度胸もないとメソメソ泣く。

こうなって来ると、今度は主人公の侍という人物の見方がもう少し複雑になる。
たとえば本当は正直者で臆病者なのだけれど、裏切られてお家を断絶させてしまったことから自己嫌悪に陥り、ヤケを起こした男だ、といったような見方も出てまいります。

当然 “現実としてあったこと" の中には、この侍が小便をすることもあれば、風呂に入ることもある。着物に泥がハネて「まいったナ」と言うこともあれば、座敷に刀を忘れて立ち上がりかけたこともあるかもしれない。
こんな主人公の侍の、どの部分をどのように切り取って示すか――それがまさにシナリオだ、物語作りだ、と言えるでしょう。

先日、まったくこの業界とは関係のない世界で仕事をするボクの親族の一人が、こんなことを言っていたそうです。
「ニュースで流される情報って、切り取り方次第でまったく別物なんじゃないのか」と。
そうです、正解。まさにその通りなんです。
この「切り取り」については、シナリオライターであるから知っておかねばならないのではなく、常識人として必ず知っておいて欲しい内容です。

まだ記憶に新しい厚生大臣の「女性は産む機械」発言。※初出2007年
この発言自体に対する賛否はともかく、ボクはこれを報道するマスコミの「切り取り」の悪意には憤懣を禁じ得ません。これはシナリオ技術の濫用だ、悪用だ、と。煽情的に切り出して、真の議論のほうを封じてしまった。

そもそも、この問題は、

「女性は15歳から50歳までが、まあ出産をしてくださる年齢なんですが、15歳から50歳の人の数を勘定すると、もう大体分かるわけですね。それ以外産まれようがない。急激に男が産むことはできないわけですから」
「産む機械っちゃあなんだけど」
「ま、装置って言ってごめんなさいね」
「この産む役目の人が一人頭で頑張ってもらうしかないんですよね、みなさん」

との発言を受けて、まさに「切り取り」の効果を感じさせる一件でした。
(女性を産む機械だと喩えたこと自体の無神経はあるでしょう。いっぽう、妊娠可能な年齢の女性の数が決まっているので、あとはカップルあたりたくさん産んでもらうしか少子化の解決策はないのだ、とのあまりに当然な人口論への言及の中に、女性への蔑視やモノ扱いはなかったようにも捉えられます)

あるモノを別のあるモノにたとえて話をしようとした際、きちんとそれを断った上でたとえ話をしていることは、事実、相当の悪意があると思える場合を除いて、私たちは毎日のように普通に使う日本語です。
この発言自体はもっと長いものでしょうが、その中で何を「切り取る」かによって、彼の発言の内容をどのように視聴者に伝えるか、何とでもコントロールできるわけです。

「産む機械、装置の数」

これだけを切り出せば、本当に「女性は産む機械なんだ」と言ったように思えます。

「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「頑張ってもらうしかない」

ここを切り出せば、割と普通に「世の中のお母さんも大変だろうけど頑張って」というエールに聞こえないでもないかもしれない。

ある人物の発言の、ある人物の所作の、ある人物の一生涯の、ある事件のある部分を、どのように「切り取って」提示するかが、シナリオの根幹技術なのです。

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