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「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 9話


#創作大賞2023

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第9話


 目の前にいる女は、燕の顔を被った別人のようだ。話し方、笑い方、どれもが雑で、視線から指先までもが優雅で清楚な燕とはまるで異なる。付き合っていた間は、ビールを一気飲みするようなキャラではなかったし、イカゲソを齧るタイプでもなかった。両肘をテーブルについて、寝そべるようにしながら物を食べるなど、今まで一度だってそんな彼女を見たことがあっただろうか。

 「あ、そいえば、さっきのゲームの2Rのボス、あれやばかった。専務の徳永さんに似てたよね?」

と、枝豆の皿へと手を伸ばしながら彼女は顔を上げてケラケラと笑う。もう酔っているのか頬が赤く染まっている。

 「あ、ああ。確かにそうだね」

 言葉遣いもどうした! 琴の音色のように上品で丁寧で美しい日本語はどこに行った!!

 「あ、最後の枝豆ゲーッと!」

 付き合って2年の間あった、あの恥じらいはどこの川に捨てたんだ?

 「わー。ニンニクのホイル焼き! 食べたい!」
 「いやそれは!」
 「あれ、那央はニンニク好きでしょ?」
 「燕は、今まで食べなかったじゃないか」

 「うん。キスする時、臭いかなーって思ってたから。
 今日はそういうの気にしなくていいから食べていいかな?って」
 「そんなこと気にしてたんだ」
 「まあ、那央の彼女だった間は……ね」

 言うなり湯気を上げる、イカゲソを燕は口の中に放り込んだ。

 「げそ。からのービール! んー。最高!」

 満面の笑みを浮かべる燕に、血がさあっと足元に流れていくのを感じる。
 
 「や、やめてくれ!!」

 思わずビールをごくごくと喉を鳴らす燕を止めていた。
 彼女は驚いたように手を止め、俺を見つめている。 

 「……そんな酒の飲み方は危ないだろ」
 「そうだね。味わって呑むね」

 今まで知っている白枝燕は、大口を開けてゲソは食わないし、ビールを―一気飲みなどしない! それに俺よりゲームがうまいなど! 絶対にあり得ない! そんなの俺の燕じゃない。理想で高嶺の花の彼女じゃない!

 「そうか、実は双子なんだな?」

 と、突然答えに辿り着いた。が、ぽんじりの刺さった竹串をこちらに向けながら、燕が睨んだ。

 「那央。諦めて現実を見てくれる? これが本当の私なの。ゲーム大好き、ビールも大好き。おしゃれなお店よりこういう居酒屋で枝豆食べる方が好きなの。
 ニンニクだって食べるし、仕事で疲れた足は臭くなる。そういう姿を今まで那央には見せてなかっただけ」

 「どうして……見せてくれなかった? なんで隠したんだ?」

 「どうしてって、そういう私を那央は認めてくれないって思ったから」

 「認めないだと? 君をこんなにも愛してるのに、認めないなんてそんなはずないだろ」

 「じゃあ、今、私のことどう思ってる? こんな女のはずがない。って、失望したんじゃない? 理想の彼女と違いすぎて、ショック受けたんじゃないの?それともこんな私でも愛せるって言える?」

 「それは……」

 机の下で拳を握った。言い返せない。燕の言う通りだ。

 「その通りかもしれない。ずっと見てきた燕は、清楚で可憐でいた。
 俺の隣で、いつも優しく微笑んでいたじゃないか!」

 「それはね、ゲームのこと以外、話すことがなかったからだよ」

 「ホラー映画は苦手だって!」

 「グロイの見るとつい興奮して涎出るから恥ずかしくて、1人で見る派なの」

 「け、倹約家で、昼には弁当を持参するような家庭的な子だろ?」

 「自炊をした方が節約できるから。ゲームの課金に使いたくって、そうしてただけ」

 「ま、まさか、21時に帰るのも? ゲームのためとかいうのか?」

 「そうなの! 大体22時からイベントが始まるから、最低でも21解散じゃないと間に合わなくって」

と、燕は大切なことを思い出したよう両手を合わせた。画面を伏せていたスマホをひっくり返すと画面ばぱっと光った。

 「あ、そろそろ帰らなくちゃ」

 「お、俺よりも、ゲームが大事なのか?」

と、放った言葉に、燕の目が大きく見開かれた。

 「……そのワード。やっぱり那央からも言われるんだ。みんなそう。高嶺の花だとか、理想の彼女だとか、嫁にしたいとか? 勝手に自分の理想の女を押し付ける。リアルの世界より、ゲームの世界が大事な私のことを知ったら、みんな「ゲームの方が大事なのか?」って……。 終いには、ゲームを辞めろ。俺との時間を優先してほしいって言い出す。

 だから那央と付き合うって決めた時、ゲームの話は一切しないって決めたの。だってそうすれば、都合のいい解釈で私を見るでしょう?」

 勝ち誇ったように燕は言う。

——全て見抜かれていたのだ。

 付き合う前から、俺がどんな女性を望んでいて、燕にどんな理想を重ねていたのかを。わかっていた上で、理想の彼女を演じ続けた。だから気づかなかった。

——自分の物差しで彼女を見ていたから。

 21時に帰っていく彼女をしっかりしたお嬢さんだと勝手に思い込んだ。彼女が家に着いた後、どんな世界で生きていたのかなど想像すらしなかった。俺が見ている全てが彼女のリアルで彼女の世界なのだと、ずっと信じていた。

 「那央とは、いろんなところに連れて行ってもらったし、美味しいものもたくさん食べさせてもらった。楽しかったよ。リアルの暇つぶしにはちょうどいいゲームだった」

 気がつくと、手がグラスを掴んでいた。
 バシャっとグラスの中身が跳ねる音が響いた。
 目の前にいる彼女の細い顎先からポタポタと雫が落ちる。

 「リアルの暇つぶし?……ふざけんなよ。燕のこと、本気で愛してたんだ。
 親に紹介したいって、結婚したいって、本気で思ったんだよ。それを、……暇つぶし? ゲーム? 馬鹿にするのもいい加減にしろよ!! この前のプロポの断りの台詞だってさ、なんなんだよ?
 廃人ゲーマーです? は? だからなんだよ? 

 猫かぶって、性格偽って、俺と付き合ってたとか、それ詐欺だろ?」

 「今、詐欺って言った?」

 俺が言った言葉に燕は鋭い視線を向けた。
 流石に詐欺は言いすぎた。でもそうとしか言えないだろう?  こんなのって!

 「一体、何がしたかったわけ? 
 ああ、そっか、暇つぶしか……。

 リアルの世界の俺はただの暇つぶしで、ゲームの世界がお前のリアルってか? 
 んだよそれ……。はあ。お前が、そんな女だって、わかって良かったよ。もう2度と、会うこともねえから。じゃあ」

 財布の中から一万円札を抜き出して、テーブルの上へと叩きつけるように置いた。
 

 

*    1    *



 駅の改札を抜けて、電車に飛び込んだ。
 スマホを乱暴にコートに突っ込むと、カチンと何か金属片のようなものに触れた。取り出すと、それは先ほどの居酒屋の下駄箱の鍵だった。燕の分も一緒に預かったのだった。

 「あっ」と、思った瞬間に電車の扉が閉じられた。

(10話へ続く)

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