![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/105625770/rectangle_large_type_2_38746ec363d0d87d008f1cceb9323935.jpeg?width=800)
「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 11話
第11話
「お客さま、お会計ですか?」
いつの間に現れたのか、店員が私の顎を掴む男へと静かに尋ねた。男を見下ろすように店員がすぐそばに立っている。いつのまに私のそばに近づいたのだろう?
音もなく現れた店員に、男も驚いている。
「あ? なんだよ。邪魔すんな」
「申し訳ございません。お客さま同士のトラブルには、警察を呼ぶようにと
店長から言付かっております。今すぐ、お呼びしましょうか?」
と、スマホに浮かぶ緊急ボタンの前に指先をスライドさせる。
「っち。ちょっとふざけてただけだろうが」
舌打ちをして、男たちはお会計を終えると、店を仲間と共に出ていった。 再び店員と2人きりになった店の玄関先で、胸を撫で下ろす。
「はあ。助かった。ありがとうございました」
「ありがとう。じゃないですよ、烈火さん、何してんです」
距離感を無視した不満げな声が店員の口からこぼれる。“烈火”というゲームのアカウント名を告げられて、ビクッと肩を揺らした。
まさかのゲームの知り合い?
まじまじと店員の顔を見ていると、店員がさっと黒マスクを外した。すると、剥き卵のようにつるんとした日焼けを知らない肌が現れた。
「ムギちゃん!」
「”麦くん” です」
すかさず五百城に否定された。まさか、こんなところでゲームの同居人に会うとは思わなかった。しかもこんな修羅場に。五百城に濡れた髪に気づかれたくなくて、少し距離を置く。さりげなく何気ない会話でもしようかと、口を開いた。
「へ、へえー。ここでバイトしてるんだ」
「大学がこの近くで、イベント無い日はここでバイトを」
「そっか、だからイベント無い日はインするの深夜なんだね」
居酒屋のバイトを終えてからゲームにログインするのなら、深夜遅くになるのも否めないだろう。イベントの無い日は、あまりレベ上げとかやる気がないのかなと思っていたが、同居人のリアルな実情を知って納得した。
これからは、イベント無い日は五百城に合わせて、インする時間を遅らせよう。
無難な会話を終えても尚、なかなか帰らない私に、彼ははたと気づいたかのように顔色を変える。
「もしかして、靴箱の鍵、無くしたんですか?」
彼の指摘に、肩をすくめるしかない。
「やってしまいました……」
「スペアで開けられますけど、その代わり3千円もらいます」
「え、お金取るの?」
「鍵交換するアンド迷惑料です」
と、淡々と金を請求された。
「そこはよしみで、どうにか」
3千円は痛い。そろそろ新イベントの衣装が出るし、ガチャだって回したい。
「なりません。僕はただのバイトなんで、ルールを曲げる権限ないです」
温情のない言葉たちに肩を落としていると、痺れを切らしたのか五百城のため息が私の髪を揺らした。
「1週間待ちます。だから、それまでに見つからなかったら、請求します」
「あ、ありがとう。恩に切るよ!」
「これ以上烈火さんが店にいると、余計なトラブルが増えそうなんで、さっさと家に帰ってください」
同居人への優しさなのかと思いきや、邪魔だという理由なことに、愕然とする。まあ、わかっていた。リアルなムギちゃんも塩対応だってことぐらいは。五百城はレジに戻ると、救急箱のような木の小箱を開けてスペアキーを持って戻ってきた。
靴箱を教えると、ロックを解除して、さっと靴を取り出して三和土に置いてくれる。
ああようやく帰れるー!と、コートを羽織っていると
「あと、ビールってシミになるんで、早く着替えた方がいいですよ」
とボソッと耳元に麦が指摘をする。
「あはっ。見られてたか。まさかビールとはねえ」
「わざと嫌われるような言い方するからですよ」
と指摘をされた。本当におっしゃる通り。というより、わざと嫌われようとしていた。そのほうが別れた後も後々面倒が起きないから。
女の園にいたおかげで手にした要らぬ知恵というやつ。そんなものが、私の心に染み付いている。ああ……こんな私、嫌いだ。
「コーヒーをかけて欲しかったのに」
感情を吐露するように呟くと、「コーヒーなんて注文してましたか?」と彼は首をかしげる。この店でコーヒーは注文していない。コーヒーがテーブルにあったのは、もっと前のことだ。
「プロポを受けた店でも意地悪なこと言ったんだ。コーヒーでも水でも被る覚悟してたのに。……でも、那央は優しいから我慢しちゃって。だから今日になって、爆発しちゃったんだと思う。あー。このブラウスおろしたてなのにな」
ブラウスの胸元を摘み上げる。べたっと張り付いているせいで肌着を透けさせている。黄色くシミを作ったブラウスは、麦芽の発酵した匂いを放っていた。
「彼氏の気持ちもわかります。ずっと一緒にいたのに、どうして話してくれなかったのかってなると思います」
「ひどいよね」
「僕もです」
「え? なんで? ムギちゃんがひどいの?」
勢い込んで尋ねると五百城は、怒った様子で目を細めた。
「ムギくんです」
「あ、はい。麦……くん」
渋々訂正をする。かといって納得いかない。彼氏を振ったのは私なのに、どうしてそこに五百城が入ってくるのだろうか?
今度は私が首を傾げる番だった。
「僕はムギ“ちゃん”ではなかったんで」
そう言われて、彼の感情に気づいた。彼もまた私と同じで傷つける側だった。同居人はムギちゃん。女の子だと思っていた。彼は私を裏切った、傷つけた。そう思っていたらしい。
「気にすることないよ。まあ確かにムギちゃんが、麦くんだったことはショックだったよ? でもゲームの中じゃよくある話だし、ムギちゃんはムギちゃんだもの。それに、ゲームの世界にリアルは持ち込まないって言ったしね」
「……そうですが、でも本当に、烈火さんは中の人が女じゃなくてもいいんですか?」
「へーきヘーき。だから気にしないってことで」
「口ばっか……。じゃあ、この前、烈火さんの家に行ってから、同じ時間にインしなくなったのは、なんでですか?」
五百城に指摘されて、言葉に詰まった。あの日、五百城と朝を迎えて以来、なんとなく避けている。でも、またあの日のように家まで来られるのは嫌だから、ログアウトの履歴が怪しまれないように、五百城がインして無さそうな時間帯を狙ってインしたりと小狡いことをしてきた。
いつまでも逃げ続けることはかなわないだろうけれど、今はまだ心臓のざわめきが治っていない。もしかしたら、きっと薄々勘付いているのかも。彼のことを意識している……って。
「そ、それはー。たまたま時間が合わなくて」
「ペテルギウスのイベントの時には必ず参加してたのに、突然、時間が合わなくなったんですか」
——うむむ、鋭い。
五百城の指摘に、返す言葉もない。
「ゲーム、やめる気ですか?」
「それはない!!」
勢いよく否定をした。辞めるなんて選択肢は、絶対にない!
「でも、このままイン率下がると、結局辞めるきっかけになりますよ」
と、五百城がこぼした。このままじゃいけないってわかってる。
「あのね。正直に話すとね。やっぱり意識してしまうの。五百城くんが男子だって。でもムギちゃんはムギちゃんだよね。だから、ゲームの世界とリアルは違うっていうのもわかってるつもり。つもりなんだけど……。
ゲームの中は、今までと変わらずムギちゃんは同居人で、キングだってクイーンだって、みんなゲームの世界の中の人のリアルを知っても、今までと関係は変わらない。それがゲームの世界のルールで、マナーだと思うんだ」
「じゃあもらった衣装も装備も返さなくてもいいですか?」
「もちろん! ムギちゃんにあげたものだから」
「同居……、解消しますか?」
五百城の心配げな瞳がこちらへと向いた。
(12話へ続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?