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「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 12話

#創作大賞2023

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12話

 
 もし心配しているのだとしたら、全くの杞憂だ。ムギちゃんと遊ぶ時間がどれほど楽しいのか。こんなにも可愛い同居人を手放すわけがない。(可愛いのはゲームのムギちゃんだけども!)答えを言わない私へと、立て続けに彼は尋ねる。大きくかぶりを振って、五百城の言葉を否定する。
 
 「解消するわけないでしょ! これからもずっとムギちゃんの同居人だよ」
 「言質……とりました」

と彼は静かに言った。

 ……ん? どういうこと?

と首を捻ると、彼はエプロンからスマホを取り出して、ボイスの録音画面を見せた。画面は今も音声の録音中というマークがついている。オタオタしていると、勝ち誇った様子で五百城がスマホの録音ボタンを停止させる。

 「烈火さん。お酒入ってると言ったこと忘れるとこあるので。大事なことだから、証拠残しときました」

——って、人の言った言葉を録音するなど用意周到すぎやしません?
 
 なんなの、うちの同居人!!
 やること怖いんですけど!

 「今のレベル帯で烈火さんと同居解消されると、ステータス下がるんで困りますから、同居解消は無しでお願いします」
 
 ふっと左の口角だけを引き上げて意地悪く彼は笑う。なまじ綺麗な顔をした五百城が笑うと、なんとも言えない凄みがある。なんだかレベ帯間違えて、絶対倒せないモンスターと出会っちゃった感じがする……。アーマー溶けるから、お願いだから、消えてください。……って気分です。

 そんな麦の手の中には100%の確率で相手をキルできる究極のアイテムが握られている。これを取られたからには、降参するほかない。言質を取られた状態で、勝手に同居解消してフェイドアウトなんて不可能だ。
 もし勝手にフェイドアウトしたら、ポイッターなんかのS N Sに晒されて、私が廃課金ゲーマーだとバラされそうだ。そして今まで築いてきた、平穏が脆くも崩れ去ってしまう。

 「いや!! むり! 職場に知られるのだけは!!」

 平穏なゲーマー生活を送るためにも、それだけは、それだけは避けねばならない。

 「わ、わかった。同居は解消しません」
 「はい、靴」

と、彼は私のパンプスを持ち上げた。足先を靴へと向かいスッと伸ばすと、彼の指が伸びて、足先を掴む。

 「なっ!」

 突然、捕まれた足先に驚いていると、彼はまるで、王女の足先にキスをする従者のように、唇を近づけた。
 
 「な、な、な! なに⁈」

 ストッキング越しに麦の温かな息がふっとかかり、くすぐったさで、身を捩る。そのまま五百城は右足の親指をパクリと食べそうなほどに唇を近づけている。何をされるのか身構えていると、困ったように彼は眉を下げた。

 「……臭くないですね。足臭いって言ってたので、どんだけ臭いのかと気になったんですが」

と、なんとも無味無臭なトーンで告げる。

 「は、はあ? そ、に、臭わないでくれる?」

 何をされていたのかと思えば、そんなこと!? 流石に恥ずかしさで眩暈がする。この青年は一体、何なのだ? 匂いフェチとか?
 驚いてビクビクしていると、

 「あ、すみません、履かせます」

と、何事もなかったかのように靴をスポッと私の足先にはめた。両足にパンプスを履き終えて、彼の肩を借りて立ち上がる。

 「あ、ありがとう?」

と素直にお礼を言うものの、五百城につままれた足先が今も脈打ったようにジンジンとする。恥ずかしさでまともに五百城の顔が見られない。

 「烈火さんは、飾らなくても、割と、そのままでいいと思いますよ」

と、五百城は言う。ふっと顔を横に向けると、唇の端をほんの少しだけ引き上げて微笑んでいる。そんな控えめな笑顔がゲームの中の猫耳魔法少女のムギの笑顔と重なった。

 「む、ムギちゃーん!!」
 
 リアルとゲームが錯交してしまい、リアルのムギちゃんに両手を広げて抱きつこうとすると、彼はさっと離れて、

「では仕事があるので失礼します」

と、塩対応で厨房の方へと消えていった。

side:峯岸那央の場合——




「はあっ! はあっ! はあっ!」

 荒い息を吐いて大衆居酒屋の引き戸を開けた。途端に人々の楽しげな笑い声と炭焼きの匂いに包まれる。思えば、ビールを半分と突き出しを少し口にしたぐらいで、さほど腹を満たしてはいない。うまそうな匂いに食欲が刺激されたが、ここにやってきた理由は食事をするためじゃない。
 しばらくすると、背の高い店員がにこやかな笑顔をたたえて現れた。

 「いらっしゃいませ、お客さま!一名様でよろしいでしょうか?」

と、明るく元気のいい声で店員が告げる。それにかぶりを振った。

 「あ、いや、その、客じゃなくて。連れの下駄箱の鍵を持って帰っちゃったんですよ。で。その連れに渡したいんで、中……いいですか?」

と、店員に指先に摘んだ鍵を見せながら、座敷の方をさした。すると彼は一歩こちらへと歩み寄る。

 「ああ、そのお客さまでしたら、先ほど帰られましたよ?」
 「え? 帰った?」

 「鍵を無くされたと申しつかいましたので、スペアで開けさせていただきました。お連れ様より、その分のお支払い分はまだいただいていなかったので、解錠の作業代金として3000円頂戴してもよろしいでしょうか?」

と店員の男が告げる。なるほどそうか、スペアか。その手があったのなら、良かった。店員の言葉を聞いて強張っていた肩を下げる。

 「鍵開けで、3000円とは高いね」
 「迷惑料も含まれておりますので」

と店員は有無を言わさぬ様子で、さっと手を差し出した。仕方なしに金を握らせる。

 「ちょうど頂戴いたします」

 まあ、店から迷惑料を取られても仕方がないのか。それにスペアがあって良かったわけだし。流石に、燕にビールをかけた挙句、裸足で家に帰らせるなんて、そんなひどい別れかたをしたら一生嫌われ続けることになっただろう。
 今後も甘栗商事に顔を出すわけだし。またどこかで関係が……って、いや無い。妄想の世界に入りそうになっていたのを、冷静な店員の声で現実へと引き戻された。

 「領収書はご入用でしょうか」
 「いらない、今夜のことは忘れたいぐらいだ」

というと、店員から「クスッ」と小さく笑い声が上がった。ようやく店員の顔へと視線を向ける。やけに綺麗な顔をした青年だった。まだ二十歳そこそこの青二歳といった感じだが、目元だけはどこか艶を放っている。
 そんな男が微笑むと、妙に妖艶な笑みに見えてしまい、背中が凍りついたようにざわっとする。

 「そうですか。それを聞いて安心しました。では鍵を」

 手のひらを差し出す店員へと、鉄製の鍵を差し出した。彼は鍵をぎゅっと握ると、上体をこちらへと傾けた。耳打ちをするように耳元へと近づいてくる。

 「趣味を隠すことって、詐欺ですか?」

と、店員は低めた声色で囁いた。

 「は? な、なん?」

 男から、さっと身体をのけぞらせる。すると彼は、にっこりと微笑んだ。

 「お客さま……。酒を女にぶっかけて放置とか、男として無いですね」

 「はっ? はあああ??」

 「お客さまのおかえりですー! 
 ご利用ありがとうございました! またお越しください!」

と、ぱんぱんと柏手を打ち、笑顔をぶら下げて深々と頭を下げた。

——い、今のは、空耳か? 空耳、だよな?
 男としてないですね、……ないですね。って、……は?

 そして気づくと、俺は冷たい風が吹く店の外へと追い出されていた。

 *    1    *


 
 風吹き荒れる荒野の中、1人佇むのは私のアバター、烈火。今日も今日とてゲームにインしています。

 「烈火ちゃん! 俺らあっちのキル数稼いでくるから、Cエリアの奪還、任せた!」

 ヘッドフォンから聞こえるのはペテルギウスのキングの声。

 「了解! 向かうね!」

 エリアを移動するために、イベント中に無料で提供されているジープへと乗り込む。すぐさまエンジンをかけ、指定されているCエリアへと向かう。

 すでにCエリアは他の星に奪われており、あと5分ほど占拠されれば完全に他の星の土地となってしまう。残り時間30分の間に奪ったエリアの多いプラネットが勝利する。こちらは敵サイドより、一つ多いが、このまま奪還が続けば負ける。

———— プラネット対抗エリア争奪戦。
 いわゆる陣地取り合戦は、何百人というチームメンバーが入り乱れるバトロワで、ゲームの中でも最も白熱するバトルイベントだ。

 ここで勝ち抜いて優勝カップを手に入れたプラネットの住人には、金塊やバフやレアアイテムがてんこ盛りにいただける。なので住人たちが手に手を取り合いバトルする実に美味しいイベントだ。

 しかし、ガチ勢の彼らは貰えるアイテムなんてどうでもよくて、勝者だけに与えられる称号欲しさにイベントに参加する。アバターの上に表示される金色の称号がこのサーバーで一番強い星だという証になる。
 
 そんな名誉と誇りをかけてしのぎを削るガチ勢のキングたちは、中央のバトルエリアで敵をバッタバッタと切り倒して、キル数(最終的なバトルポイントに加算される)を順調に増やしているようだ。


 ドッッフウウウーーーーー!!

と、爆音がしたかと思った途端、運転していたジープからアバターが弾き出された。床に転がる自分のアバターに目掛けて四方八方から銃撃の嵐にみまわれた。やってきたのはCエリアよりもずっと手前にある廃墟エリア。だがすでにそこは敵陣営の中だった。

 完全に狙い撃ちされてしまっている。どんどんHPのゲージが減っている。死角を探し回復するのが精一杯だ。こんな状況では、反撃をしようとするものの多勢にはどうにもならない。

 「キル数を稼がれる前に、自爆した方がいいかな?」

 なんて、ゲームの裏ルールを使って自爆するタイミングを探していると、隣で、

 「左にある赤い屋根の家に入ってください。僕が行きます」

 と、ボソボソッとした声が耳に届いた。それはヘッドフォン越しではなく、リアルな気配。五百城の温かな囁き声が今まさに私の耳に送られているのだ。そうなのだ。今夜も何故か五百城が家にいる。そしてさも当然のように、私の隣でゲームに熱中している。
 

——数時間前

 仕事終わりのコンビニにて、いつもの如く課金用のカードと睨めっこしていたところ、

 「課金するんですか?」

と、いつのまにか背後に立っていた五百城と遭遇したのだった。

 

(13話へ続く)

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