「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 7話
第7話
すやすやと幸せそうな寝息を立てている彼は、一応Tシャツを着ている。
そして私も昨夜と同じパジャマ姿のままだ。
「一応セーフってこと? というより、これはどういう状況なの?」
と昨夜を振り返ってみることにする。
昨夜、あの後五百城と2人で五百城が欲しがっているアイテムを手に入れるためにダンジョンに潜った。
ボスを倒したのちに同居人クエストをこなして遊んで……と、2人で夜通しゲームしていたはず。
それなのになんで五百城が私のベッドの中にいるわけ??
ずりっと頭を枕元へと引き上げる。
目の前には、同じマクラをシェアする五百城の透き通る程に綺麗な顔があった。
「本当にこの子、綺麗な顔してる」
朝の気配の中で眺める五百城は、キラキラとした朝の光を浴びて眩いばかりに神々しい。惚れ惚れするほどの顔を持っている彼は、きっと女の子にモテモテな人生を送っていることだろう。
「でも、私と同じでリアルより、ゲームが優先。なんだよね」
五百城との共通点のせいか、どこか警戒心が薄れている気がする。ゲームの中ではずっと一緒にいたけれど、リアルで出会ってからの時間は恐ろしいほどに短い。
「きっと、ムギちゃんの中の人だから……安心できる……んだよね?」
このまま綺麗な寝顔を眺めていたかったが、今日は平日、課金民としては稼がなくてはならない。べッドから降りようと、そうっと身体を回転させた。上体を起こそうと、枕から頭を持ち上げた途端、にゅっと五百城の腕が伸びてきた。力強い力で身を引っ張られ、再びベッドに戻された。
「ちょ、五百城……くん?」
私を背後から抱きしめる腕の力が強くて、逃れられずにジタバタと両手をさせる。
「ねえ、起きたの??」
そう尋ねても、背後から聞こえるのは、静かな寝息だけだ。
「だめ、寒い……」
五百城が溢した吐息が耳元に吹きかかる。
「ひゃんっ!」
その熱に声を出してしまったが、それでも五百城は起きる様子がない。
さらにキツく抱きすくめられてしまったせいで身動きが取れなくなっている。
「さ、寒いとかじゃなくて、その……」
続きを言おうとした途端、スマホのアラームが鳴り出した。瞬間、緩んだ腕の隙間から抜け出す。ベッドから無事抜け出すと、
「あ、おはようございます。烈火さん」
と背後から眠たげな様子の五百城の声がかかった。耳までジンジンと熱くなっているのを感じながら、振り向きもせずに「おはよう」と返す。年下の五百城にときめくなんて、我ながら恥ずかしい。
「そういえば、昨日の烈火さんすごかったですね」
と、思い出し笑いで顔をくしゃくしゃに歪ませながら五百城が言う。
「はい⁈」
”すごかったって何が?”
「あ、その顔は覚えてないって顔ですね。あーあ。すごく残念」
耳を下げた猫のようにしゅんとしている。
そんな言葉を言われて、一体私は何をしでかしたのかと、青ざめた。も、もしかして。と思い、もう一度姿見で自分の姿を確認した。鏡の中の私の爆発した頭を見て、髪を手櫛でどうにか整える。私の背後でベッドの上でニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべる五百城が映っていた。
あの反応……。
服、着てるけど、い……いたして……しまったの?
「あ、あの残念ってどういう」
ベッドに向かって振り返るなり彼に腕を引っ張られた。
「キャ!!」
驚いて悲鳴をあげる。掴まれた手首からスッと手が離れると指先を私の手に絡めた。
”って、恋人繋ぎ!!!”
彼の行動に背をのけ反らせる。逃げ腰な私のことなどお構いなしに、彼は目を細めて笑う。
「そっか……、忘れちゃったんだったら、もう一回……します?」
なんて起き抜けのハスキーボイスで誘ってきた。
* 1 *
「ここです! マジすごかったです!
もうこのエリアのボスの攻略法知ってるんだったら、教えてくださいよ。
こんなに簡単に倒せる方法があるって知ってたら、烈火さんのキャリーなしでもクリアできたのに」
と五百城は怒ったように頬を膨らませながら、コントローラーを叩いている。朝っぱらからゲームとは、さすが学生。元気が有り余ってる。昨夜、私はゲームの中で見事なダンジョン攻略方法を披露したようだ。それなのに、私ったら、エッチな方だと勘違いするなんて。
「穴があったら埋まりたい」
トースターで温めた食パンの隣にハムエッグとサラダを盛り付けたものを、ゲームに夢中な五百城のすぐそばにあるテーブルに置く。五百城はちらっと朝食のプレートへと視線を走らせる。
「朝食までいただいちゃっていいんですか? うわ!めちゃめちゃうまそう!」
もはや出会った時の借りて来た猫みたいな彼は、どこへいったのだろう? だいぶラフになった喋りに、彼との距離が縮んだのを感じる。
「まあ、ゲームの中のムギちゃんとは、毎日ハグする仲だったわけだけど」
なんて独り言をごちりながら、トーストをちぎり、小さなガラスカップに入れたハチミツをつけて口の中に放り込んだ。ネットリした甘さのハチミツと塩気のある香ばしいトーストはやはり合う。パンの耳のカリカリ具合を堪能しながら、淹れたてのコーヒーをマグカップに注ぎ入れた。湯気がたちのぼり、黒い液体が白いカップの中を埋めていく様子に心を浸からせる。
熱々のコーヒーに息を吹きかけて、一口ずっと飲んだ。途端に口の中いっぱいに広がっていたはちみつとバターの風味を纏ったトーストに、コーヒーの苦味とコクが加わりなんともいえない幸せが訪れる。
「うーんん。やっぱり朝はコーヒーだよねえ」
熱いコーヒーにしみじみしていると、五百城がまたもやカップの中を覗き込んでいる。毎度毎度、彼のマグカップの中には何が見えていると言うのだろう?
「だから、毒とか入れてないってば」
と、その真剣な眼差しで湯気を上げるコーヒーを見つめる青年に向かってツッコミを入れる。すると、眉を下げて泣きそうな子犬みたいな表情を浮かべた。
「まだ、熱い……ですよね?」
彼は今にも消えそうなほどに悲痛な声を出す。その様子を見て、もしやという考えがよぎった。
「もしかして、猫舌……なの?」
などと尋ねるとさらに眉がへの字に下がる。そんな五百城の様子がおかしくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「お子様だなあ」
「猫舌と年齢は関係ないかと思いますけど?」
と、唇を尖らせている。そんな表情をする五百城はやはり子供だ。
そんな感じの反応は、なんだか、ムギちゃんみたいに思える。リアルのムギちゃんは、男の子だけれど、男臭くない。不思議とパーソナリティの内側に入られているというのに警戒心を薄れさせるこの感じ。
「五百城くんってさ、女子会に紛れてそうな男子って言われない?」
「いや、無いです。とゆうかあまり女子と関わらないんで」
ボソぼそっと喋った後、恐る恐るマグカップを抱きしめた。彼の赤く染まった唇に黒い液体が触れる。
「うわっっち!!」
と、大袈裟なほどにのけぞった。涙目の五百城を見て流石に笑うのも忍びなくなった。
「ミルク、入れる? そしたら少しは冷めると思う」
立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。
「あ、自分でやります!」
彼は立ち上がり、私よりほんのちょっと先に冷蔵庫の扉をタッチした。ふわっと五百城の香りが、かすかに鼻先をくすぐる。すぐ背後に立つ五百城とは、頭ひとつ分の高さ違っていて、見上げたらきっとキスできそうなほど近い位置にいることに、勝手に心臓が乱れ始めた。
冷蔵庫を開けようとしていた五百城が、
「あ、勝手に冷蔵庫って開けちゃダメな女子ですか?」
と、扉に手を置いたまま尋ねた。
「いや、全然全然、どんどん開けてください」
「じゃあ遠慮なく」
と背後から声がかかり目の前の扉が開く。ドアポケットに差し込んであった牛乳パックを抜き出すと、再びリビングへと戻っていった。彼の足音が消えた後、力無く床にへたり込んだ。心臓の音がもう耳の奥までこだましている。
「ちょ……。もう……、なんなの心臓の音……」
リアルよりも大事なゲームの世界。絶対に失いたくない場所。けれど、私、ゲームの同居人にときめいてる?
(第8話へ続く)
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