「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」4話
第4話
女性だらけのブースから出て、他のメンバーがいるだろうブースへと視線を巡らせる。改めて店内を眺めてみる。そこでようやくあることに気づいた。
「え……。まさか、そう言うこと??」
不思議なことに女性がいるのはキングのいるこのブースだけだった。 他のブースを埋めるのは男性ばかり。まあその状況も、このゲームならありえるだろう。
このゲームは、いわゆる廃課金ゲームだ。
時間とお金をかけた者がゲームを制する。だから時間とお金に余裕がある経営者や夜の職業、時間がたっぷりとある裕福な実家に寄生するニートがランカーに多い。レベル上げを効率良くしたいなら財産と時間を惜しみなく費やさなくちゃならない。
そのためか最初は可愛らしいアバターに釣られて初めてもあまりにも弱肉強食なゲームの世界に、無課金ゲーマーや大体の女子は引退してしまう。
なのに、女性アバター率がサーバー7割だというのは不思議なのだが。
あちらこちらに男性たちが顔を寄せ合い何やら楽しげに語り合っている。
ペテルギウス全体で戦うイベントごとでは集まるが、普段は自分の仲がいいメンバーでプレイすることが多い。リアルが先行して、同じような職業や環境といったリアルの状況から仲良くなるパターンもある。私の場合は、同居人のムギちゃんと師匠である源さんがいつメンだ。
レベ帯が近いこともあるし、大体同じ時間帯にインしているから自然と仲良くなった。それにお互いにリアルの話題はあまりしない。リアルな日常を詮索されない相手、それもまたこのゲームが居心地が良い理由でもあった。
意を決して、同年代らしき男性たちのブースに声をかけた。
「あの!」
と声をかけたその声に振り返った彼らの顔が硬い。
「あ、あの……ムギってプレイヤーの子を探してるんですけど、見かけませんでした?」
勇気を出してみたものの、彼らは顔を隠すように口を閉ざした。固く金属のゲートが閉ざされる音を感じる。 ああ、ここがダンジョンだったら、全員からキルされるやつだ。なんてことを想像してしまい、彼らから距離を取るように一歩下がった。
諦めて次のブースへと移動する。結果はどれも同じ。
どうしてかブリザードでもかけられたかのように、彼らはカチンコチンに固まってしまい心のシャッターをがしゃんと落とされてしまった。
視線すら合わせようとしない彼らを見て自分がメデューサにでもなった気分に陥る。せっかく同じゲームで出会っているだろう人々と交流を持てないことを悔やむ。
V C勢もいるから割とコミュニケーション力高めな人が多いかと思いきやリアルでもそうかというと違うらしい。店内を一周する間に、どうしてキングの周りに女子が集まっているのかの理由を知ってしまった。彼女たちもまた私と同じように彼らのゲートを開けることなく、キングのいるブースへ戻っていったのだろう。
店の中を一周したあと、カウンターで飲み物を注文する。
ロングアイスティーを手にして、D Jがかけるゲーム音楽のリミックスに身体を揺らしてみる。MP Oでモンスターが湧くときに流れる、サウンドが挟み込まれている。
「すごいよねえ。D J imari てさ、めっちゃT V出まくってるD Jでしょ?
キングがオフ会の為に呼んだらしいよ。で、このクラブの貸切、とかさっすが社長だよね」
と、私の隣のスツールにスパイダーマンのスキンを着た男が腰掛けた。逆三角形型の筋肉質な体つきのせいか、ピタリと身体に沿った衣装は、似合っている。
* 1 *
「キングって社長さんなんですか?」
「そう。クイーンは医者の嫁で、お山の野ザルさんはホスト。
まりっぺとみちょは新宿のキャバ嬢。あ、池袋だったかな? 水商売率高いよね。やっぱM P Oって廃課金ゲームだからかな?」
「なるほど、リアルの話もしてるんですね」
と相槌を打ちつつスパイダーマンのマスクをした男の隣で、グラスを傾けた。
「話題になればだけど。で、烈火は? 六本木かな? 銀座って感じもする。
指名するからさ、店教えてよ」
と、だらしなくテーブルに上半身をへばりつける。
甘えたような表情は、なんとも街を守るヒーローらしからぬ態度だ。
「スパイダーマンがお店に来たら、みんな驚きますね」
と笑って誤魔化す。
「この格好でもいいけどさ、普段はスーツ着てるんで。
でも烈火ちゃんの要望とあれば、スパイダーマンで駆けつけますよ」
二の腕の筋肉を見せつけるようにポーズをとる。
「おいおいー。オクラ大臣、何、若い子、口説いてんんだよ」
と、顎に髭を蓄えたふくよかな男性が近づいてきた。
船長の衣装を着た大男はぷっくりと突き出したお腹が張り出している。
そんな大男が、オクラ大臣こと、スパイダーマンの頭を叩いている。
「源さん。違うって、烈火ちゃん」
私を睨んだ源さんの顔がたちどころに緩む。
「烈火……?」
その瞳が潤むのを見て、ちょっと嬉しくなった。源さんはゲームを始めた当初からお世話になっていた人で師匠のようなものだ。チュートリアル中、周りとのレベル差に心折れかけたときに、ペテルギウスに来ないか?と誘ってくれたのも彼だった。
「わー!源さんだ!」
と、抱きつこうとしたら、源さんは驚いた猫のようにぴょんっと、後ろに下がった。
「え?あれ?」
両手を伸ばしたまま、フリーズする。すると源さんは後頭部を掻きながら、
「すまん〜。 烈火がこんなに大人な女性だとは思わなくってな……」
「まあ、レベ1の時は学生だったんで、まあまあ大人になりましたかね?」
「うん、そうだなあ……」
と照れたように源さんは頬を赤く染める。
どうやら源さんは、こういう接触は苦手のようだ。
「あの。私の同居人、見ました?」
ここまで知っているメンバーに会えている。ということはムギちゃんも? と期待を膨らませる。
「ムギちゃん? 来てたら名簿にチェック入ってるはずだけど」
「俺は女子に全員声をかけてるから見てないな!」
とスパイダーマンが自信たっぷりに告げた。
「じゃあ、来てないのかな?」
せっかく、ムギちゃんに会えるのを楽しみにしてきたのに、会えないままなのは悲しい。
「会えたら、リアルでもお友達になりたかったのに」
* 2 *
結局、オフ会にムギちゃんは現れないまま解散の流れになった。
「二次会行く人―、かっもーーーんんん!」と陽気なキングの声が通りに響く。
スパイダーマンが我先にとキングの背後を追う。他の女子のメンバーも、吸い寄せられるように集まっていく。そんな彼らの姿を眺めつつ、宴の余韻を噛み締める。源さんが気を遣ってくれて、「二次会どうする?」と尋ねてくれた。
源さんの誘いに、参加することを戸惑ってしまう。
私は彼らのノリに最後まで馴染めないまま、あの店を後にしてしまった。
ゲームの中では、キングたちとの時間は居心地がいいものだった。
あの感覚をリアルに当てはめてはいけないけれど、やっぱりリアルとゲームの世界は違う。それはきっと、私が烈火ではなく、”白枝燕”のままだからだ。
「私は、終電無くなっちゃうので、帰ります」
お互いのリアルな連絡先も手に入れたことだし、今は少しでも早くゲームにインしてムギちゃんに会いたい。
「またゲームで!」
源さんやキングたちに、さよならの挨拶をして、ゲームの中のリアルな住民たちと別れる。彼らは楽しげな空気を周囲に振り撒きながら、六本木の高速下の通りを歩いて行った。
* 3 *
地下鉄に乗り込んで、ふーと息を吐いた。
なんだか一仕事を終えたかのような疲労感に襲われている。
知らない人と話しすぎたせいだろうか。
いや正確に言えば、リアルでは知らない人だけれど、ゲームの世界ではずっと一緒にいた人たちだった。
そんな不思議な世界でのおしゃべりは、どこかリアルなのにリアルじゃないようなふわふわとした世界の中のようだった。
もっとお喋りすればよかった。という少しの後悔と、会えて嬉しかった人たちもいたのだ。
今は、いろんな感情が混ぜこぜになって、マーブル状に弧を描いている。
「源さんのあの反応……ふふっ」
つい思い出し笑いで口元を緩ませていたら手すりをつかむ男性のカバンに、肘がぶつかってしまった。
「すみません」
反射的に謝ると、ほんの少しだけ頭が動いて会釈を返された。
ふと見ると、男性の手首に私がつけているものと同じラババンがついている。
「あっ」
と声を漏らすと、男は、黒縁のメガネ越しに、ぐるりっと大きな黒い瞳を動かした。目にかかるほど長い黒髪の隙間から覗く瞳は、こちらを一瞥するとすぐに手元のスマホへと視線が落とされた。
なんだかあまりのもじっと見ているのも失礼な気がして、地下鉄の扉へと視線を向ける。地下鉄の扉のガラスに映る手すりを掴んだ男は、イヤフォンを耳に押し込んだまま、スマホをいじっている。
……大学生だろうか?
店内にも背後にいる男の子と同年代の男子が、ちらほらいた。
どこかで見た気がする。と記憶を辿る。
あ、そうだ。店に入ろうとした時に階段から降りてきた男の人だ!
この時間に出会うということは、先ほどまでオフ会の会場にいたのだろう。
プレイヤー名なんだろう?
どっかでパーティー組んだことあるかな?
でも絡んでないかもだし、ここ最近入ったばかりの住人の名前言われてもわかんないかもだし。悩みまくっていると、人が乗り込んできて、入り口から奥へと押し込まれた。肩がぶつかる位置に青年が立っている。
満員の電車の中でおしゃべりするのは、流石にマナー違反だ……。しかも突然話しかけられたら驚かれる。先ほどムギちゃんを探していた時に向けられた男たちの視線を思い出し、声をかけることをためらった。
——でも、この人は話しかけたら応じてくれるかも?
ゲームの話したい。おしゃべりしたい。
「あ、そうだ」
と思い起こし、青年が掴む手すりの上をガッと掴んだ。手首についているラバーバンドが、銀色のステンレスの棒に二つ並んでいる。青年の視線は柱に向いている。
”気づいた?
ねえ、気づいたよね? ほら一緒。さっき、君、オフ会にいたよね?”
と、心の中で青年に話しかける。だが、青年は手すりから手を離すと降ろしていたパーカーのフードにパッと手をかけて被って両手でスマホをいじり出した。
”うーわ。完全無視ですか! そういう態度ですか!
あれだ、ブリザード系魔法男子ってこと。
人がせっかく話しかけるタイミングを作ってやったというのに、そういうふうにシャッター落としちゃいますか”
なんて完全無視をし続ける青年を攻め立てる。
* 4 *
結局、青年に声をかけることはできないまま、最寄りの駅に着いた。
自分のコミュ力の無さを悔やみつつ、人の流れに乗りホームへと出る。地上へと出ると、冷たい風が肌を撫でた。コートの下は薄っぺらい服だけだから、余計に寒空が身に沁みる。
温かいお風呂にたっぷり浸かって、可愛い同居人を愛でよう。
今日のできごとをシェアしたら、どんな言葉がもらえるんだろう?
「早く、会いたいな。ムギちゃーん」
つい鼻歌を歌ってしまう。上機嫌で帰路に向かっていると、信号待ちに先ほどのブリザード男子がいた。鼻歌が耳に入ったのか、私から半歩離れた位置へ、すっと移動した。
「てまさか聞こえてないよね。イヤフォンしてるし」
もうムギちゃんのこと考え出したら、幸せなのでどんな冷たい視線だろうと平気だ。スキップし出しそうな気持ちを押し殺して、マンションのゲートをくぐる。エレベーターに乗り込み、3階で降りた。すると3階のエレベーターの踊り場で、「あの」と声がかかった。
「ん?」と前を向くと、同じくエレベーターを降りた青年が、こちらへと向いている。近くにいた時も気づいていたが、ヒールを履いた私よりもずっと背が高い。
そういえば、電車の中でもいたブリザードの人だ。
「さっきから……、家まで着いてくるとか、なんなんですか?」
と、男の口から侮蔑のこもった声が返ってきた。
(第5話へ続く)
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