「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 5話
第5話
「……は? いや、私、ここの住人ですが」
青年の言葉に思わず、冷たい言葉は口から飛び出した。
だが私以上に彼の言葉は冷たいものだった。
「白々しいですね。ゲートでオートロック解除されるの待ってませんでした?」
「だ、だって先に人がいたら、待ちますよね?」
確かに待っていたけれども、鍵を出すのが面倒だったけども!
男に指摘をされてしまい、慌てて反論をする。
そんな回答など0点だと言わんばかりにブリザード男子は軽蔑の視線を止めようとしない。
さらに仁王立ちになり、私を見下ろすようにふんぞり返った。
「電車の中からつけてましたよね」
「つけてません。なんで、あなたをつけなくちゃならないんですか?」
「でも、電車の中ですっごく見てきましたよね」
と、青年に言われた途端。側と自分の格好を思い出した。
赤のピンヒール。
黒のコート。(中身コス衣装)
化粧濃い。
キャバ嬢と間違えられる。
同じ手すりを掴んだ&不自然な目配せ。
というワードがざっと頭の中を流れる。
パズルが完成したときのように、最後のピースがパチンとはまる音がした。
イコール=痴女!!!
「ち、違うんです。六本木で見かけて」
あわわっ。勘違いを否定しようとすると、余計に青年はこちらから逃げる体勢に入る。
「え……、電車に乗る前から、つけて来たんですか?」
「じゃなくて、あ、ああ、会いましたよね? お店で!」
興奮気味に出会いを説明する。だが彼はどこまでも冷静だ。
「あなたに会った覚えありませんが……」
と、訝しげな顔をする青年に向かって駆け寄った。すると、青年はさっとスマホを取り出す。赤いマークの表示がチラリと見えた。そのマークはよく見るやつ。でも決して押してはならない緊急時のボタンだ。
”う、嘘でしょ?……警察を呼ぶ気?”
彼が指先をSOSと表示されたマークをスライドする前に、手首に巻かれたラババンのついた手首を掴んだ。彼の目の前に掲げる。
「こ、これ見て!見てください!」
「は、離れてください!」
「ペテルギウス。10・31、5周年!」
と。刻まれた文字を読み上げる。
「M P Oのペテルギウスの住民たち! オフ会! あなたもいましたよね?」
と、キーワードを並べたて勢いよく言い切り、ふんっと、鼻を鳴らした。
* 1 *
「改めまして、ペテルギウスの烈火です」
と、木製のローテーブルを挟んで、青年に向かいぎこちない自己紹介をする。
「……五百城(いおき)です」
ボソッと青年が挨拶をした。うん。知らないプレイヤーだ。
だからといって、もういいですと、部屋から追い出すのはできない。 五百城を納得させるまで、かなりの時間と労力がかかったのだ。せっかくなので、とことんゲームについて語り合わなくちゃ、割に合わない。温めたココアを入れたマグカップを五百城の前に置いた。そこに毒が入っているのを確認するように、ココアの水面を覗き込んでいる。
「ただのココアだよ。甘いの苦手だったら、コーヒー淹れようか?」
そんな私の言葉に五百城は口をつぐむ。コーヒーが欲しいとも言わないので、自分用のマグカップを掴み、こくりと一口飲んだ。熱いココアが冷え切った体の中を通っていくのがわかる。腹の底が温かくなる。部屋の中もだいぶ冷えていた。暖房を強めて、心の中もほぐれさせる。
まだ外の空気と同じぐらいに冷たい風が、エアコンから噴き出していた。その風はすぐ近くに立っていた青年の後ろ髪を揺らしている。サラサラの黒髪に、形のいいおでこと、スッと綺麗に引かれた二重に、大きな黒目がちの瞳。肌はきめ細かく、マスクで隠れてはいるが、顎先も細い。この容姿なら、背後についてくる女性を痴女だと警戒するのも無理はないのだろう。
”なんだか悪いことしちゃったな”
もっと早く話しかけていれば、印象はまだいいものだったはず。五百城はというと、オフ会で貰ったラババンを見せたらようやく納得してくれた。散々電車の中で、アピールしていたのに、彼は全く気づかなかったという。そのフレームのでかい黒縁眼鏡は一体なんのためにかけているのだろう? もしや何かのアニメのキャラに扮しておるのか?
“まさかの桐山零? と見せかけて、ブルー○ックの絵心とか?”
と五百城の服を様々な角度から眺めた。どこにもそれらしき駒が見当たらず、下手に尋ねるのもあれなので質問するのは諦めた。まだ五百城の警戒心が強い。このマンションの住人だと証明するために、部屋へと案内する。
長い共有廊下を歩き、角部屋の一つ手前の扉に鍵を突っ込んだ。金属製の重い扉を開けて玄関の電気をつけた。玄関用のバニラムスクのフレグランスが鼻を掠める。この香りを那央は好きだったが、五百城はどうだろうか。
「どぞ、遠慮せず」
まだ共有廊下に突っ立ったままの五百城を手招く。まるで野良猫のように、警戒心を解かないまま視線をこちらへと留めたまま、玄関で靴を脱ぎ始めた。
物があまりないのもあって、そこそこ綺麗に見える部屋は、見知らぬ青年が眉を顰めて、嫌悪感を露わにすることはないはずだ。きっと警戒している理由は、私が痴女だといまだに思っているのかもしれない。
青年は玄関で脱いだ靴をそっと揃えて脇に寄せると、明かりに吸い寄せられるようにリビング兼ベッドルームへと向かっていった。そしてテーブルの脇に安住先を見つけたのか腰を下ろして、天井に浮かぶ照明を見上げたまま動かなくなった。
「……うちと間取り一緒ですね」
と、ポツリ。
「あ、そうなんだー。ワンルームだけど、割と広めだよね」
と返事すると、
「はい」
と、またポツリ。
「あ、チュンカもらうの忘れた。五百城さんはもらいました?」
キングがコスをしてきたメンバーには配ると言っていた。五百城は首を振る。
「コスして行かなかったんで」
と、口の中に飴玉でも入っているかのようにモゴモゴと言う。そうか。じゃあ、桐山零ではなく、そのスタイルは彼のデフォルトということ。
——と、いうより。なんなの?
先ほどまでの痴女に対する威勢の良さは、一体、どこへ消えたの?部屋に上がるなり、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。なんだか少女漫画の大人しめキャラな美少女のようにモジモジする青年を見ていたら、序盤で美少女の態度にイラついて意地悪してしまう女子が憑依しかけた。危うく精神を乗っ取られそうだったので、頭を振って、お外に追い出す。
「そ、そっかー。じゃチュンカのことは、わかんないよねえ」
確かに黒のパーカーに黒のジーンズ姿という出立ちにはコスプレ要素は全くない。割と五百城のようにコスプレしてない勢は会場にいたので、みんなと同化していたんだろう。店の外で出会ってから帰るまで、五百城の存在感は皆無だった。部屋の空気がだいぶ暖かくなってきたので、コートを脱いで膝にかけた。三つ編みにした髪の先を後ろに流す。
「虞美人ですよね。ゲームのFIRIOのプレイヤー」
と、独り言のような声が聞こえる。
「そう、そうなの! ムギちゃ……えっと、同居人がめっちゃ好きでね。
ネットで服の型探してさ、作っちゃったんだ」
「まさか、手作りですか?」
「買ったら高いから。一回しか着ないし。コスパを考えたら、手作りしか勝たんでしょ」
衣装を見せびらかすように、くるっとその場で舞って見せた。チャイナドレスの裾がフワッと浮き上がり、柔らかく広がる。
「あ、見せないでいいです」
と、塩な返事が返ってきた。ちょっと上がったテンションを無理やり落として、コートを膝に戻して床に座る。
「この年でコスとか痛いよね……。うん。わかってるんだ」
「ですね」
”そこは、少しは”似合ってますよ。とか、コスいたくないですよ!とかいうべきでは??? ココアいっぱいぐらいのリップサービスはないんだ?!!”
「で、でもね。同居人が喜ぶかなーって思って張り切っちゃったんだよね! わかる? この愛の深さを」
「いや、わかんないです」
「ごめんね。つい……私の同居人。めちゃくちゃ可愛くて。
今日会えるのめっちゃ楽しみにしてたんだけどね」
なんだか五百城と話していると、どんどん自分の一方通行が痛すぎて泣けてきた。ムギちゃんの負担になりたくなくて、ちゃんとした約束はしてなかった。勝手に1人で盛り上がっていただけだ。
だから、会えなかったと言って、ショックを受けて落ち込むのも烏滸がましい。もし会えたとしても目の前の青年のように、冷たい反応が返ってきたのだと思い、この衣装は封印をしよう。
「コスは正直、痛いですけど。気持ちは嬉しい。と思います」
「そかな? だと、嬉しい」
「……はあ」
と、五百城は、ようやくマスクを外してポケットにそれをしまった。ぼんやりとした返事をしながらようやくココアをずずっと啜る。黒いマスクを外した肌は陶器のようにつるんとしていて日焼けをしたことのない肌のように真っ白だ。ぽってりとした赤い唇はまるで女の子のようにふっくらとしている。
“うーわ。ものすごい綺麗な顔してる……”
と、五百城の顔の造形の美しさをまじまじと眺めていると、
「椿と白菊の髪飾りはどこですか?」
と、五百城は伏せていた瞳を持ち上げ、マグカップから顔を上げた。ついつい見惚れていた視線を遠くへと流し、そしてすぐにカバンへと視線を向ける。そういえば、キャラバレを避けて会場に着く前に外したんだった。
そのまま付けずにオフ会に参加したのでカバンの中に入ったままだ。鞄の中を漁って、赤と白の髪飾りを五百城に向かって差し出した。それを受け取ると五百城が私の髪に触れた。白菊のついたピンで耳の上の髪を挟み込んで留める。
「ちなみに虞美人のこの衣装は4周年記念のやつで、デフォルトのアサシンの衣装とは異なります」
「ええ?違うの?」
「ゲームを知らずに、よく選びましたね」
「それは——」
なんだか言い訳に彼女の名を出すことすらずるい気がしてきた。口篭っていると、そんな私の気持ちを察してか、五百城が口を開いた。
「同居人が好きだから。ですよね」
「そう……、です……」
と、肩をすくめる。
「……できました」
五百城は髪飾りを私の頭につけ終えると、スマホを掴んだ。
「え?」と驚きスマホへと顔を向けると、ぱしゃっとカメラのライトが光る。
「撮れました。そっちに送ります」
「え? あ、ありがと」
早速、五百城からスマホに送られた写真を眺めた。私の部屋を背景にして、チャイナドレスの衣装を身につけて、口を半開きにする私が写っていた。
「めっちゃ綺麗に撮れてる。ムギちゃんに会えたら、みせてあげよ。
あ、そうだ。デフォルトの衣装も着たら撮影してくれる?」
と、いうと、五百城はゲホゲホとココアをむせ出した。
顔を真っ赤にさせて苦しげなので、背中をさすってやる。
淡々とした態度ではあるが、彼は悪い子ではなさそうだ。
* 2 *
「そろそろ帰ります。今日のログボもらってないんで」
「あ、私もだ」
玄関へと向かう五百城の背後を追いかけた。
「なんか、ご近所さんみたいだし。これからもよろしくね」
同じゲーム仲間ができると思うと、正直嬉しい。
ゲームの中で遊んだり、たまにこうしてお茶するのもありだ。
「隣です」
五百城は、とんっと、靴の先を玄関のたたきの上に落とした。
「ん? 隣?」
と、彼の言葉を反芻する。
「303です。ココア。ご馳走様でした」
五百城は、ペコリと頭を下げて丁寧なお辞儀をする。303なら、本当に壁一つ隔てたお隣さんだ。まさかこんなにも近い位置にゲームの住民がいたとは。なんだか嬉しい。
「なんだ。隣だったんだ。またおいで。あとゲームでも遊ぼ」
「あの……、変な人だって勘違いして失礼なこと言ってすみませんでした」
「いいって、いいってー」
と、手のひらをひらひらと揺らす。
もうそんなことは過去のことだ。気にすることなど何もないのだ。友よ。
「それから……、僕は、五百城 麦です。でプレイヤー名はムギです。では失礼します」
と、彼は扉を閉じた。パタンと閉じられた扉の前で、いいって〜と言った時のひらひら揺らした手をぎゅっと握った。
「……ん?今なんて言った?」
彼のセリフをもう一度、思い起こす。
「本名は、五百城、麦。で、プレイヤー名は……ムギ。……ムギ??」
あのブリザード男子こと五百城麦。私の家の隣に住んでいるのは、ダンジョンの同居人である”ムギちゃん”だった。
(6話へ続く)
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