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「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 8話


#創作大賞2023

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第8話



side峯岸 那央ミネギシ ナオ



 早朝9時。甘栗商事の受付ロビーへと足早に向かった。まさか、彼女へのプロポーズの後、突然の長期出張になるとは。おかげで燕があんなことを言って、俺を振った理由がわからずじまいのまま悶々とした日々を送るハメになった。早足で本社玄関を越えて、奥のカウンターを目指す。

 ロビー奥、中央に位置するカウンターでは、3人の受付の女性が笑顔を振りまいていた。中でも中央にいる女性に一際、人だかりができている。いつものごとく燕だ。

 前の男が退くまで辛抱強く待った。前の受付を済ませた男がスッとずれる。カウンターに置かれた名刺には、受付を担当した女性に向けての手書きのメッセージと連絡先が記されている。

 【おいしいワインのお店を知ってます。いつでも連絡ください 090〜〜〜】

 自分も同じような手を使って彼女にメッセージを書いた。そんな日はまるで遠い日の出来事のように思える。

 スッと細く白い指先が名刺の上に乗る。と同時に、その名刺は魔法のように、目の前から一瞬にして消えていった。代わりに、髪をアップにまとめた美しい笑顔を浮かべる女の声が響いた。

 「甘栗商事にお越しいただきありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょう?」

 テンプレなセリフを白枝燕は口にする。その唇も、瞳にも驚きすら浮かんでいない。きっと俺の前に並んだ男にもその前の男にも、全く変わらない表情を浮かべ、同じセリフを放ったのだろう。
 そう思うと悔しさが胸の奥にじわりと広がった。彼女と別れてからまだ数日も経っていないというのに、どういうメンタルなら、ここまで完璧な他人のような笑顔を浮かべられるのだ。
 
 ——まさか俺との関係は燕の中で「過去の男一覧」なんていうフォルダに分けられたってわけか? 彼女の感情を揺さぶりたいあまり、意地の悪いセリフを吐いた。

 「白枝燕さん。あなたに会いに来ました」
 「ありがとうございます。それでは、本日の訪問先はどちらですか?」
 
と、彼女は外行きの微笑みを浮かべる。

 「ですから、あなたです。燕。この前の夜の件、ちゃんと話したいんだ」

 声のトーンを落として、彼女へと囁くように告げた。

 「峯岸様。申し訳ございませんが、アポがないとお繋ぎすることができません。
 大変恐れ入りますが。一度、アポを取られてからまたお越し願えますか?」

 冷淡な言葉が彼女の唇からこぼれる。そんな彼女ですら、美しいと呆けて見てしまうのだから、どうしたものか。

 「な、なら、アポを取りたい。いつなら会いてる?」
 「あいにく白枝の予定は、ひと月先まで埋まっております」
 「ならひと月先まで待つ。1時間、いや10分で構わない。予定をねじ込んでくれないか」
 
 一瞬、彼女の笑顔が崩れ、少し困ったように眉が下がる。
 
 「困らせたいわけじゃないんだ。ただ……話がしたいだけなんだ。頼む……」

 彼女が目を伏せた。心の中で何度も祈る。

 「承知しました。ではこの時間にお越しください」
 
と、甘栗商事とプリントされたメモ帳に「11月3日18時」と記載した紙を差し出された。

 

side峯岸 那央



 スーツのポケットの中から二つに折り畳んだメモ用紙を取り出す。11月3日18時と記載された紙にもう一度視線を落とした。合わせて、スマホを開いて日付を確認する。11月3日17時45分

 「予定時間、15分前。身だしなみも完璧、スーツも息も問題なし」

 一通りの身なりを確認する。恋人とヨリを戻すには、まずは安心感を与え、寛容な態度で接することが重要だと、モテる男が愛読する代表雑誌である『L I A N』に書いてあった。ここは大人の男らしく、彼女の発言に理解を示すのがいいだろう。
 何事もなかったかのように、少しムードのある場所で軽い食事でもして彼女の良き友人として復活をする。

 甘栗商事のビルの前で、時間を見計らっていると、「お疲れ様でした」という声が開いた自動扉の中から聞こえた。カツカツというヒールの音がいくつも重なり、俺の前を、コートを着た女性の集団が通過した。ふっと、知った香りが鼻をついて、その集団へと視線を向ける。すると、アポを取ったはずの白枝燕がその集団の中にいた。

 「燕??」

 約束していたというのに、彼女は素知らぬ顔をしてすっぽかすつもりだったのか。四人組の女性たちが一斉にこちらへと視線を向ける。その四人は燕と同じ同僚の女性たちだ。彼女たちは、呼び止めた俺へと驚いたような、どこか困惑したような表情を向ける。彼女たちは俺が燕と別れたことを知っているんだろうか。その中のショートカットの女性が、目を大きく見開いた。

 「なんだ。そういうことだったんだ。白枝さん、彼氏さんのお迎えですよ」
 「彼氏さんが来たなら、任せちゃいましょ」
 「ですね。燕ちゃん。今度、ご飯行きましょ」

と、燕の同僚たちは、俺に向かって白枝椿を押し出した。
 
 ”ナイスアシスト!!” と心の中で彼女の同僚に告げる。
  燕は渋々な様子だったが、こちらへとおずおずと近づいてきた。困った様子ではあるが、拒否はしてない。それに……、彼女の同僚の“彼氏”という共通認識に、ほっと胸を撫で下ろす。

——よかった。燕の中ではまだ俺との関係は終わってないんだ。

 「待ってください。先輩。私、彼とは別れてます」

と、安堵した矢先に燕がピシャリと告げた。すると年配らしき女性が、燕の肩をバシンと叩いた。その反動で、俺の胸に燕が顔を埋める。

 「もー。いいから。さっさとデートなりして仲直りしちゃいなさい」

 よく通る声で言うなり、友人の女性は高笑いをする。

「だ、大丈夫か?」

と、彼女の肩を掴んだ。久々に触れた彼女の身体は記憶よりもずっと細く感じた。こんなにも小さく弱々しかっただろうか。もしかして、あの日に言った言葉を気にして食欲がなかったとか?
 そうか、やはり君も同じ気持ちだったんだ……。
 彼女の今日までの日々を妄想したら、目頭が熱くなった。


 

*    1    *



「では、失礼しまーす」

 燕の同僚たちは、セーノで合わせたかのように声を揃えて挨拶すると、駅へと向かって歩いていった。燕は顔を上げずに、しばらく俺の胸に顔を埋めるようにしていた。この前は冷淡な態度で俺をあしらったけれど、実は仕事中だったから冷たい態度だっただけで、実はこうして甘えたかったんだな。 
 
 そうか、そういうことか、燕。
 この前のプロポーズの返事も、実は照れ隠しだろう。
 あんな意味のわからないことを言い出すなんて、恥ずかしがりの君らしくて、逆に良い! いいぞ!!
 
 「う、んんっ!」

  感情を押し殺し一つ咳払いをする。安心感と寛容な態度を心がけ、一つ咳払いをしてからゆったりとした口調で燕へと話しかけた。

 「燕。この前の件なんだけど」
 「那央……、ちょっと付き合ってくれない?」

*    2    *


 燕に誘われてやってきたのは、ゲームセンターだった。

 「は?」

 理解が追いつかないままでいる俺を無視して、繁華街の中にあるゲームセンターの中に、慣れた様子で燕は入っていく。
 よくわからないままだったものの、彼女の背中を追った。

 俺の頭の中には、“安心感” “寛容な態度”のワードがずっと回っている。燕の前ではそういう男でありたい。いや、そうでなければ燕はきっと俺を拒否する。

 「あ、ぬいぐるみとか取る? ゆるキャラとか可愛いよねえ」

と、指差していると、燕はゆるキャラが詰まったガラスの箱の前を通過して、ゲームセンターの奥へと向かっていった。

 そして、取り出したのはアサルトライフルだった。

 3Dメガネを取り付けて、コインを3枚スロットの中に押し込んだ。途端に、目の前の画面から電子音が流れる。スタンバイを終えた燕は、唖然とする俺へと振り返り、「那央もする?」とライフルを差し出された。
 
 ……これは、もしや、この前のプロポーズを断った理由の回収ってやつだな?
 廃人ゲーマーというワードの伏線回収のための演出。ゲーマーだから別れる!
というのは嘘だったのだと、自らこの俺に見せようとしているのか!

 いや、待て!! ゲームごとき、軽やかにこなせる男じゃないと、結婚相手として失格ってことか?
 
 ぐぬぬ……。さすが高嶺の花。結婚相手選びに油断がない。だったらこの勝負受けるしかない。そして、完全勝利を決めて、「俺と、もう一度やり直そう」と告げるしかない!!

 「こういうシューティング系は、高校時代はまってさ。実は得意なんだ」
 
 「そっか、じゃあいい勝負ができそうだね」

と、彼女は口角を引き上げて笑う。今まで見たこともないような挑戦的な笑みに、ぞくっと背筋が震える。

 「燕。俺が勝ったら、やり直そう」
 「じゃあ、負けたらゲーム代、那央持ちね?」
 「お、おう!」

 よし!! ただ勝つだけでなく、燕にかっこいいところを見せて、さらに惚れさせてやる!

 「よっし!やるぞおお!」

 ゲームスタートの文字が大型の画面に広がる。襲ってくるモンスターたちを薙ぎ倒すゲームは、3Dメガネのせいもあってかなかなかリアルだ。だからといって、所詮はゲーム。ゲームと無縁な彼女如きに破れるはずが……。はずが……。

 【Y O U  L O S E】の文字が表示された。

——俺が、負けたのか? 燕に??

 「も、もう一回しよう! 今のはデモンストレーションみたいなもんだからな!」

 コインを機械に入れて、再び銃を構えた。気づくと、ゲームセンターの両替機の前を3往復していた。だが何度やっても燕との差は縮まらず。

 位置の問題なのかと思って場所を交換してもらったが、全く意味がなかった。気づくと、ゲームの周りに人だかりができていた。学生服を着た少年たちが、何度も挑戦しては負ける俺へと、「情けねえな」と、憐れみの目で見つめている。

 「わかった。認めるよ。君がゲーマーだってことを」

 悔しいが、ゲームのセンスで燕に勝てない。そんなことを思う日が来るとは。

 「俺の燕が……」

 いつも大人しくて俺の隣で静かに微笑んでいるような彼女が、モンスターの頭をバンバン撃ち抜いている。画面が血みどろになっていくのをとても楽しそうに恍惚の表情を浮かべて。舌なめずりをする燕の横顔を見つめていると、ぞくぞくっと腹の底から怪しい欲情が浮かび上がった。

 「や、やめろ、そんなの俺の知っている燕じゃない……違う、違う!!」

 と、頭を振って、湧き上がる感情を打ち消した。俺の燕は、いつも恥ずかしそうに俺の後ろで隠れるような女性で、ホラー映画が苦手で、こんな悪鬼のような形相で死を楽しむ彼女じゃない。
 
 なんで? どうして? 燕は、くるっと銃身を回転させると、元の場所へとストンと戻した。3Dメガネを外しながら、俺の肩をぽんと叩いて、
 
 「はあー。めちゃくちゃ楽しかったー。付き合ってくれてありがとう!」

 そう溌剌とした笑顔を浮かべた。
 ——そんな笑顔をする彼女を、俺は知らない。


*    3    *



 燕が「喜んでー」と叫んでくれる居酒屋に行きたい。と言い出した。

 「大衆居酒屋だよ? タバコ臭いし、男臭いし、ほとんどおじさんと金のない若者の戦略会議室みたいな場所だよ?」

と、否定的な意見を告げる。

 だが燕は「戦略会議室! すごく気になる」と逆に目をキラキラと輝かせ始めた。できれば燕を連れて行きたくはない。付き合っている間、外食は洒落たバルや地元に根付く小料理屋のようなところを選んできた。少し割高だが、そういう場所こそが燕と一緒に行くのにふさわしい場所だと思っていた。

 何年経った後でも、その場所へと彼女とまた訪れて過去を愛でるそんな場所を増やして行きたかったのだ。それはチェーン展開の大衆居酒屋では務まらない。それに、安い居酒屋はもう一つ嫌な懸念があるのだ。特にこういった繁華街の中にある居酒屋は気が休まるどころかストレスが溜まるのだ。

 靴箱に燕が靴を入れている間も、居酒屋の廊下を歩いていく間も、何人もの男たちが燕へと視線を向けていた。みな酒が入っているせいか、明け透けなほどにいやらしい目で燕を見てくる奴もいる。無遠慮すぎる視線に燕が晒されるのが、何より耐えられなかった。できることなら、コートに包んで誰にも見せずに部屋の隅にでも押し込みたい。

 「この店は、個室は無いんですか?」
 「申し訳ございません。ただいまの時間は、予約がいっぱいでして」
 「……そうですか」

 明らかに燕のようなお嬢様を連れてくる場所じゃなかった。と、彼女の手を掴んで「やっぱり、いつもの店にしよう」と、ざわついた店内へ目を輝かせている彼女の足を止める。

 「ここがいい……」

と駄々っ子ぶりを出した。


*    *    *


 店員の案内に従って、掘り炬燵の席に小ぶりなバッグを置いた。ざっと周囲をリサーチする。隣の席! 斜向かいのサラリーマンの集団! 奥の座敷の席の怖そうな男組! 男たちは食い入るように燕を見ている。
 その奥にはチャラそうな飲みサーの学生連中が屯して、大袈裟にビールの音頭をとっていた。ガラスを箸で打ち付ける音楽が鳴り響く。
 今までなら、こんな場所であろうと自慢の彼女として優越感を味わいながら、彼女の肩を抱いていちゃつけたが、今は、彼女とは恋人同士ではない。
 ちょっと下手をすれば、脆くも崩れる関係だ。
 
 とは思いつつ、さりげなく彼女のコートを「預かるよ」と言って、彼女の肩に触れて、“俺の女”アピールをするのは忘れない。コートを脱いだ彼女は、白いブラウスにベージュのタイトスカートというシンプルな服だった。彼女の服は、母親が手作りだからか、彼女の体のラインにピタリと合っていて、より彼女の美しさを引き立てていた。
 
 娘のために服を仕立てる母親。そして母親の作った服を身につける娘。そんな母娘の関係も俺が彼女に惹かれた部分だった。いつも通りに清楚な彼女の格好に安堵する。ネックレスも俺と付き合っていた時と同じ、トップに細長いプラチナの棒がついているものだ。

 「まだ、新しい彼氏はいなそうだな」なんていう憶測を立てる。

 互いの飲み物がテーブルに届き、あいさつ程度に乾杯をしてドリンクに口をつけた。ごくごくごくと喉を鳴らす音が聞こえ、「ん?」と前を向くと、ビールのジョッキを傾ける彼女がいた。

 「プハー! さいっこうー! もういっぱい頼もうっと」

 いうなり、電子パネルを手に取って、ビールを注文する。

 「あ、梅じそささみとか美味しそう。焼きゲソ。これも頼んじゃおう」

と、まるでテーマパークにでも来たかのように、キャッキャと楽しげにパネルを手にしている。そんな彼女に違和感を感じる。

—— 一体、この女は、誰だ?

(第9話へ続く)

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