見出し画像

「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」6話

#創作大賞2023  

前話  ◁   マガジン   ▷  次話

6話


 「『ミッシング・ノイズ』の最新回観た? 
 ずっと女友達だと思っていた、シンシアは実はクラウディアのことが好きだったんだよ!」同僚の三輪菜摘ミワナツミが興奮気味に言った。彼女は海外ドラマ通らしく、旬なドラマをよく知っている。

 菜摘の隣で、サンドイッチをパクついていた吉野遥ヨシノハルカが、

 「あー。やっぱりそういう展開なんだ。
 最近、L G B T 系の作品増えてきたよねえ」

と、ドラマに対する分析的な意見をする。

 彼女たちが話しているのは、最近NETtubeで公開された海外ドラマの話だ。
 ロースクールに通う男女六人の恋愛模様を描いたドラマは既に2シーズン目に突入していた。
 シーズン最新の配信話で、主人公のクラウディアの親友である女友達のシンシアが、クラウディアへ想いを告白したのだ。
 女同士の恋愛、いわゆる百合展開にストーリーが、方向転換したらしい。

 ポイッターのT Lでバズってた内容からすると、そういうことらしい。
 お弁当箱の栗の炊き込みご飯に舌鼓みを打っていると、菜摘が探偵のようにこの次の展開を予想し始めた。

 「シンシアは親友だし、1番の味方だから、くっついてしまう展開もあるよね」

と、目を輝かせる。
 百合もの好きな菜摘らしい発言だ。
 「そしたら、彼氏のグレッグとの関係はどうなるの? てゆうか、告ったら親友じゃなくなる展開だよね」

 などと冷静に遥が菜摘の百合説を否定する。

 「親友どころか、友達辞める案件じゃないかな?」

 ついぼそっとこぼした。
 すると、話題に盛り上がっていた2人がこちらへと一斉に視線を向ける。

 「わあ! 燕が、意見した。めずらし」
と、遥がわざとらしく驚いたような声をあげる。

 「え、なんか変だった?」
 
 ハンバーグに手をつけようとしていた箸を止めて、尋ねた。
 すると、菜摘が肩で切り揃えられた髪を揺らして首を振る。

「ううん? いつもはドラマの話とか男女の関係とか興味なさそうにしてたから。
実は燕、女友達が実は……、って。経験あるの?」

「それは……」


——言えない。

 ゲームのアバターが女子だったからてっきり中の人も女子だと思ってたら、男だったなんて。


 そもそも、ゲームの話をここでするのは流石に難しい。
 彼女たちにはゲームの話をしたことのない、リアルの友達だ。
 これを機会に、カミングアウト、というのもハードルがある。
 
 先日彼氏にカミングアウトして別れたばかりなのに、友人も失うのは痛い。
 それに、彼女たちが言っているのは、女友達の心が男性だったというやつ。

 見た目が女性で、心の中身は男性という主人公の女ともだち。
 アバターが女性で、中の人が男性。

 「……ん? あれ? 一緒?」

 一周してみたらゲームもドラマの話も同じになってしまった。
 
「でもさ、私はずっと女の子だと思って接してきたのが、実は恋愛対象としてずっとみられてたと思うと、ちょっと抵抗あるかなぁ」

 三輪菜摘がプラスティックのカップに入ったアイスコーヒーを啜る。

「わかる。同性だから話せることってあるのに、それを聞かれてたのかと思うとね」

 「確かに」

と、深く同意する。


 身体の悩みや恋愛話、男性や彼氏に話せない失敗談をあけすけにムギちゃんに話していた。
 それは同性だと思っていたからだ。
 男とわかって、前と同じように話せるかといえば、答えはN O。
 むしろ今まで話した内容を、どうにかムギちゃんの脳内からデリート出来ないだろうかと考えてしまう。

 「でもさ、いきなりシンシアを無視とかはできなくない? 
 今まで親友だったわけだし、むしろ今の彼氏のグレッグよりよっぽどクラウディアのこと理解してるでしょ。
 ここはおおらかな気持ちで受け入れるってのもありだと思うんだ」
 
と、菜摘が強く主張した。

 「おおらかな気持ち」

 “おおらか”とは、の意味を辞書で引いて調べたくなる。
 果たして私にそのおおらかな感情で五百城麦を受け入れることができるのだろうか?



 

*    1    *




「烈火、今日はイン遅くない?」

と、源さんにV Cで指摘された。
 トラック運転手の源さんは、今は高速を運転中らしく、V Cをつけてペテルギウスのメンバーとおしゃべりをしている。
 みんなが和気藹々とお喋りに熱中している間、私はインしたばかりなので、今日のクエストを終わらせるべく、モンスターエリアをせっせと徘徊していた。
 本来なら、同居人と一緒にこなした方が早いし、報酬も多くもらえるのだが。
 同居人のムギちゃんは、今日のイベントを終えて一度、離脱したみたいだ。


 それなら、しばらくは1人でいられる。と安堵する。


 今日の日程クエストを終え、ペテルギウスのチャンネルをオンにする。

 マイクをつけて源さんたちの会話に参加する。
 
 「最近、仕事が遅いんですよ」
 「売れっ子ちゃんなんだね。インするだけ偉いって」
 
と、みちょがすかさず返事をする。

 「イベントとか無理しなくていいからな。リアル優先な」

と、キングが労わりのセリフを告げる。
 だが、リアル優先と言いつつ、本当にリアルを優先させている人間がペテルギウスに何人いるのだろう?
 
 皆、このゲームにとんでもない時間と課金をしている人たちばかりだ。
 クエストがリセットされる2時にゲームにログインして、日程クエストをこなし、
 深夜のうちに交易で物の販売をはじめ、
 日中はレベル上げのためにモンスター狩り。


 そして夜は星ごとの討伐イベントに参加。
 おそらく、このゲームのトップランカーたちには、私なんかは一生かかっても彼らの足元に及ばない。

 それでもレベルだけは保とうと、日々発生する最低限のクエストだけは終わらせるようにしている。
 
 そうしなければ、いつか同居人のムギちゃんにレベルを追い越されてしまい、レベル差が出来すぎて、同居解消になる可能性もある。

 「同居解消。それはイヤ。ぼっちやだ。野良やだ」
 
 みんなが仲良しパーティーで戦う中、日々、孤高の戦士のごとくクエストをこなす姿を想像して首を振る。

 「1人が好き。なんて強がり言いたくない」
 
 と妄想だけで涙が溢れかけているところに、ピコンとメッセージのポップアップが上がった。
 
 【同居人のムギがログインしました】

と、表示された。表示を見るなり、ログアウトボタンを押した。

 「ふう。焦ったぁー」とゲームのオープニング画面に向かい、安堵の吐息を吐きだす。

 「ダメだ。ムギちゃんが男子とか、しかもあんなイケメンとか。心の整理が追いつかないんだけど!

 でも、ボッチも嫌だし。
 もういっそのこと、ゲーム自体を辞める? いやいや、それはできない!いくら課金したと思ってんのよ!!」


 頭を抱えて身悶えていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
 既に夜も更けている。

 「こんな時間に配達?」

 玄関モニターをつけると、液晶画面に映っているのは五百城だった。

 「ひい!」

 思わず悲鳴を上げてしまい口元を慌てて押さえ込んだ。

 “一体どうして五百城が家に来るわけ?”
 “まさか……、ログアウトしたから追いかけてきたってこと?“

 はっと脳裏をよぎった妄想の中での五百城は、ちょっとヤバイ奴認定だ。

 ゲームでログアウトしたからってリア凸するとか、怖すぎなんですが!! 

 「いやいや、あのタイミングでログアウトしても、避けられてるとは思わないよね」

と、自分の行動に言い聞かせるように呟いた。
 深夜にチャイムが鳴り続けるのは、近所迷惑だし、別の要件かもだし。
 自分を納得させながら廊下を進む。
 玄関を開けた途端、ガッと扉の隙間から五百城の手が伸びてきた。
 一瞬のうちに扉が放たれてしまい、怒った様子でマンションの共有廊下に立つ五百城と向き合うこととなった。
 鋭い視線をするその形相を見る限り、怒っている……みたい?

 「い、い、五百城……くん? こんな夜中になんの用かな?」

 「しましたよね。ログアウト」
 
 五百城の声は、まるで地獄の底から吐き出した灰色の煙のように、静かで恐ろしいものだった。

 「な、なんのことだろう?」

 「とぼけないでください。
 僕がログインしたタイミングで、ログアウトしましたよね。バレてないとでも思ってんですか?」

 “バレてないと思いたかったー!!”
 “でもそんなはずなかったー“

 さすがは同居システム。
 同居人の行動は全て相手に伝わる。
 ログインもログアウトした時間も秒単位で見えちゃうのだから、嘘は通用しないってこと。

 「その、悪気はなかったんだけどね。
 今までムギちゃんは女の子だと思って接してきてて……。
 そしたら突然リアル降臨して、男子だったーってなったらさ。びっくりしたっていうかね」

 ここは正直な気持ちを伝えて、理解していただくほかない。
 これで同居解消になったとしても、それはそれで仕方がないことなのだ。
 ちょっと勿体無いけど。
 私の言葉に五百城は大きくため息を吐いた。

 「性別ってゲームに関係ありますか? 
 烈火さんだって、アバター男子に変えたり、割とコロコロ性別変えてましたよね? 
 なにが、いけないんですか?」

 “それド正論!!”

 「そ、そうだよね。うん。
 私もアバター男子に変えたりしてたもんね。
 でもさそれはゲームの中でのお話で、リアルではほら、性別変えられないわけで。
 その男女の関係って時にややこしくなるじゃない? 
リアルの恋愛がゲームに影響を与えるのとか、そういうの嫌だし」

 「……もしかして、僕がリアルの烈火さんのこと好きになるとか思ってるんですか?」
 
と、五百城に指摘されて、はたと彼の顔へとパッと視線を重ねてしまった。

 「好きになる?」
 「烈火さんが心配してるのは、リアルがゲームに影響することですよね。
 リアルで恋人同士になったら、
 別れた後、ゲームで同居解消になったり、
リアルが原因でゲームを続けることに支障が出たりするのが嫌なんですよね?」
 
 五百城の指摘通りだった。
 ゲームの世界が何より大事な私には、リアルがゲームに侵食することが怖いのだ。
 五百城がムギであることを知って、女の子じゃないことにショックだったけれど。
 それ以上に、異性として意識してしまったのだ。
 この同居人と今後ゲームの中で、今まで通りでいられるかどうか、秤にかけてしまった。

 私の気持ちが伝わったかのように、五百城はめんどくさそうなため息を再びついた。
 
 「申し訳ないですが、僕はあなたに興味ありません。
 それに僕もこのゲームの世界が大事なんで、リアルがゲームに影響出すことしたくないんで。でももし僕のことを意識するからゲームに支障があるのなら、……同居解消するほかないですね」

 「それはやだ!!」
 
 つい飛び出したセリフが静かな夜の共有廊下に響き渡った。私の必死のセリフに五百城が赤面する。

 「声、……でか」

 「も、申し訳ありません」

 「そ……れなら、僕を見てログアウトとかしないでください」

 なんだか五百城の赤面が移ってしまい「うん」というのが精一杯になってしまった。

 「じゃあ、早速今日のクエスト終わらせません?」

 「うん、そうだね。じゃあ、ログインを……」
 
と、いうが早いか、扉がスッと開いて五百城が玄関先で靴を脱ぎ出した。
 五百城の白いスニーカーが玄関のタタキに置かれる。

 「ん? 五百城くん? な、何してんのかなあ?」

 「烈火さんの家でしようと思って……ゲーム」

 「いや、だからってなんでウチ? というか、うちパソコンだし、ゲーム機一つしかないし」

 当然の如く、廊下を進む五百城を追いかける。
 すると五百城が、黒いショルダーバックを叩いてみせた。

 「デバイス持参したんで」

 ”用意よすぎ!!”

 「いやでもねえ」

 こんな深夜に男子と2人でゲームなんて、意識されていないとしてもこちらが緊張するんですけど。
と身構えていると、五百城がこちらへとくるりと踵を返した。

 「もしかして、ログインするって嘘ですか? 
 適当なこと言って追い返した後、同居解消して、ペテルギウス抜けるとか、他の星に移住するとか? ゲーム辞めるとか? 考えてるんですか?」

 五百城の視線が氷のように冷たい。
 その瞳に見つめられるだけで心の奥まで凍りつかされそうだった。

 「ん、んなわけないでしょ! 私にとってここはすごく大事な場所だから!」

 ここしかない。
 ここだけなのだ、私が私らしくいられる場所は。
 だから、こんなことぐらいで、……失いたくない。

 「よかった」

 私の言葉に、彼は目を細めて笑った。
 笑ったその顔は、まだあどけなさが残る10代といった様子で、学生時代に家庭教師をしていた高校生の男の子を思い起こさせる。
 未成熟な少年に、一体どうして恋愛感情など抱くというのだろう? 
 五百城と恋愛? 
 
 ——ありえない。
 彼はゲームの同居人でムギちゃんという可愛い女の子のアバターを使っている青年なのだから。

 ”……私、ムギちゃんと一緒にゲームしたい”

 ようやく心の靄が晴れた気がした。
 なんで悩んでいたのかが嘘のようだ。

 「24時までしか出ないアイテムがあって。
 それ取りに行きたいんですけど、烈火さんがいたら、秒で終わるんで」

 「キャリー目的ってことね?」

 「あ、バレました?」

と、五百城は悪びれる様子もなく笑う。

 そう、ゲームの同居人が男だろうと、女だろうと関係ない。
 きっとムギちゃんはムギちゃんなのだ。

 「仕方ないなあ。可愛い同居人のために働いてやりますか」



*    2    *




 「ん……」

と目が覚めると、手の中にあったはずのゲームコントローラーが消えていた。
 代わりに指先が触れているのは。ドクンドクンと鳴る心臓の音。

 ん?……心臓の音???

 パッと顔を持ち上げると、五百城がすぐ隣で眠っていた。

(7話へ続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?