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「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」3話

#創作大賞2023


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第3話



 今月も金欠だけども。ムギちゃんのためなら毎日もやしでも、全然平気!

ムギ:「はい。わかりました」

 と無味無臭な? 
 短い返事が来て彼女のアバターはベッドに寝転がるとオフラインへと変わった。


      

*    1    *




 六本木の地下道から這い出して、地上階にあるフラワーショップの前で立ち止まった。

 透明ガラスに映る私は黒のガウンコートを羽織っているが、頭には白菊と椿の髪飾りがついていて、裾からチラチラと衣装が見え隠れしている。
 
 見る人が見れば気づかれそうな特徴的な髪飾りを隠すように、手で押さえつけた。

 「おっと、いけないいけない。つけっぱで電車に乗ってもうた」

 頭から抜き取って、一旦カバンのなかに仕舞う。
 ハロウィンということもあり電車の中も、ちょっと変わった服装の人を見かけた。

 でもそれは二十歳そこそこの学生たちが友達同士で和気藹々としていれば、なんだか微笑ましい景色に見えるもの。
 しかし、社会人にもなってコスプレするのは、恥ずかしい痛い。
 なので、オフ会会場にたどり着くまでは、コートの紐はきっちりと縛っておこうと固く誓ったのだった。
 というのも先日M P O内で、キングはオフ会に参加する際のドレスコードを指定した。

キング:「六本木の店貸し切ったんで。当日、ハロウィンだから、コスで来るってことで」

 当然のことのように難問をペテルギウスの住民たちに投げかけたキングは、リアルはパリピに違いない。
 コス衣装を持ってるゲーマーがどれほどいるのか、全くマーケティングできてないなんて……。
 
 しかも渋谷ならまだしもコスして向かう会場が、六本木とか!
 会費が無料でも、コミュ障ゲーマーにはハードル高いんだよ!
 
 と、キングのキラキラした発言を冷ややかに眺めた。

キング:「ちゃんとコスで来た人には、チュンカ1万配るね」

 「な、なんですと!!」

 またもやさらっと、廃人ゲーマーが大好きなフレーズを発した。
 そのメッセージに、言質取ったり!と、思わず画面をスクショしてしまう。

 「魔法のカード(課金カード)を配るだと? 1万円もいただけるなんて……やはり、キング只者じゃない……」

 そういうわけでチュンカをいただくべくコス衣装を纏い、六本木の街にやってきたのだった。
 普段は普通のO Lに擬態化して歩く街並みを、コス衣装をコートの下に隠して進む。三つ編みにした髪を揺らし、ソールの高い真っ赤なハイヒールで闊歩する。
 濃いめのメイクもあるのか、通り過ぎる人がチラチラと顔を覗いていくのが気になってたまらない。
 
 「やっぱり、痛さが滲み出てるのかな?」

 身を隠すように背を丸めて道の端っこを歩いていると、
 
 「ねえねえ、あそこの人、モデルかな? めっちゃ綺麗」
 「足ほそっ!」

 と、女子大学生らしき集団の声が耳に入ってきた。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、

 「あれ、FIORIのサーヴァントの……じゃない?」
 
 誰かが正解のキャラ名を口にした。途端にコートの前見頃をガバッと抑え込む。白のコートが見えた? それともドレスの方? どれを見て気づいたの??
 
 「この辺でイベントでもあるのかな?」
 「ただのレイヤーじゃないの?」
 「でもなんか化粧濃くね? そーいうお店の人じゃね?」

 などと何やら答え合わせをし始めた。恥ずかしさと居た堪れなさで胃が壊れかけ、逃げるように彼女たちから離れた。
 

*    2    *


 やっと辿り着いた会場は地下にあるクラブで、店名が描かれた壁には7色に輝く滝が流れていた。
 点滅するライトには、ペテルギウスの文字が浮かんでいる。

 「これは……パリぴ確定……」

 大音量の音楽が扉の奥から響いている。
 なんとなく入りづらい空気に押されて、降りたばかりの螺旋階段へと視線を向けた。
 すると、黒いパーカーのフードを被った全身黒づくめの青年が、軽快なステップで階段を降りてきた。

 スマホを手にして場所を確認しているところから見て、ペテルギウスの住民だろう。開けるのを戸惑って立ち止まっていると、青年も開けてもらうのを待っているのか、扉の前で立ち尽くす。互いに足元を見つめたまま、同じタイミングで心が折れた音がした。

 誰にともなく「ははっ」と笑い、階段へと踵を返そうとする。
 すると突然、バッと音楽が地下に溢れ出た。

 「あれえ? お二人さーん。いらっしゃーい!」

 と、爆音の音楽と共に明るい女性の声が背後からかかる。

 「オフ会に来たんですよね? 入って入ってー!」

  腕を掴まれて扉の向こう側に押し込まれた。

*    3    *


 ライブ会場のように広い店内の手前にはバーカウンターがある。
 何人かがカウンターのスツールに腰掛けて、何やら熱く語り合っていた。
 
 店の正面にステージのような場所があり、D Jブースで皿を回す人を囲むように人が集まっている。彼らは身体を揺らし音楽と共にこの時間を楽しんでいるように見える。ズンズンと重低音が響く店内は床が見えないほどに人が溢れているところを見る限り、大盛況のようだ。

 「ここね。プレイヤー名の横に”まる”つけてください」

 と、黒い羽を生やした悪魔のコスプレをした受付の女の子に名簿を差し出された。自分の名前に丸をつける。

 「はいこれ。イベントの通行証なんで、つけといてくださいね」

 と、蛍光色のラバーバンドを差し出された。
 バンドには「Monster planet on-line ペテルギウス 10・31 5周年」のメッセージが刻まれている。


*    4    *



 手首にラバーバンドを押し込んでいると、血だらけのナースが走ってきた。

 「めちゃ美人おるー! めっちゃ美人おるー! 誰々? なになに?」

 一気に距離を縮められ、腕を組まれた。彼女の大きな胸が肘に当たる。
 とんでもなく距離感がバグっている女性の登場に、びびってしまう。
 
 
 「れ、烈火です」
と、声をうわずらせながら応える。

 「まじで? 烈火? あの猪突猛進な戦士の烈火がおとなしめの美人ちゃんとかウケるんだけどー! あ、ウチ、”みちょ”でーす」

 みちょは、自撮りするみたいにポーズをする。

 「あー。うん。だと思いました。喋り方がまんまですね」

 そう応えると、歯を剥き出しにして、みちょは笑った。

 「せやな。てか烈火ちゃんいつもよりおとなし? いつもそんなんなん?」


 みちょに指摘をされてしまい、こくりと頷いた。

 「あ……。ちょっと人見知りです?」

 やっと離れたと思ったみちょの瞳が再び私の顔を覗きこんできた。大きな瞳の上にはカールのきつめなつけまつ毛が乗っている。そのせいだからなのか、ゲームのキャラのアバターによく似ている。
 割とゲーマーのアバターは自分の理想の顔を創りがちだが、彼女はリアルな自分に寄せているらしい。よく見たら、唇の下にある黒子の位置も同じだ。

 「あーごめーんねー。びっくりさせた? 
 あ、あっちにキングとクイーンおるよ。まずはみんなキングにご挨拶♪」

と、腕を掴まれ、部屋の奥へ奥へと連れて行かれた。ガラス張りのブースの先に、一際高い位置に座る男性がいる。その男性を囲うようにして座る女子たち。その女子たちの中心にいるファントムの衣装を見に纏う男性は、私よりもずっと年上のようだった。

 「キングー♪  烈火、拉致ってきたで!」

と、腕を掴んだみちょが、声を張り上げる。そばに集まっていた女子がさっとこちらへと視線を向けた。なんだかここだけ見ると、キャバと客の席のように見える。
 これは一体、どんなふうに挨拶するのが正しいのだ? 
 困った挙句、職業スマイルを浮かべてみる。
 濡れたように輝くシャツに白いジャケットを着る、短髪の男が興味津々と言った瞳をこちらへと向けた。人懐こそうな笑顔を男は浮かべる。

 「えー。烈火って、マジでランカーの烈火だよね?」

 と、戸惑いを帯びた声で尋ねられた。先月、討伐ランキングでランクインできた。それは同居人のムギのポーションのバフ効果のおかげと言っても過言ではない。

 「いつも先陣切って誰より先に瀕死になる烈火です」

 と、付け加えると、ブハッとキングが噴き出した。

 「まじか! 本物じゃん! てか、なんだよ。もっと歳いってると思ってたわ」

 と、いうなり膝を叩いて笑い出した。周りもどっと笑う。

 「それ、どういう?」

 笑いの理由がわからずに、首を傾げる。一体幾つ設定だと思っていたのだろうか? 

 「失礼ですよ。じゃあ、成人した子供が2人もいる、私はなんなんですか?」

 とキングの隣に座っていた、ツノのように長い魔女の帽子を被った女性が頬を膨らませた。

 「ごめんごめん」と笑い続ける。

 スッと、魔女の帽子を被った女性がこちらへと優雅に振り向いた。

 「烈火さんでしたね。私はクイーンです。初めまして」

 と柔らかい口調で挨拶をされた。聞き慣れた声だったが、V Cのヘッドフォン越しではなく、生声を聞くのは初めてだ。上品な喋り方をする女性だとは思っていたが、本物のクイーンはそれ以上に品のある大人の女性だった。しかも成人した子供が2人いるとは思えないほどに、若々しい。

 「クイーン。本当にクイーンですね」

 と、素直な気持ちを告げると、

 「何をおっしゃってるの? ふふっ。烈火さんって面白い女性ね」と、優雅に微笑む。

 「なんだか、本当に存在していたんだ。って、そう思って。キングもクイーンもみんな」
 
 そう告げると、彼らは顔を見合わせて、一斉に笑い声を上げた。

 「その気持ちわかるわー。俺もリアル烈火がいるの、かなり驚いてるし」

 と、キングが同調してくれた。そう今までヘッドフォン越しに彼らの声だけを聴いていた。その先に人がいるのはわかっていつつも、どこか偽物感を感じていた。
なんなら全員、”ゲームの中の人”だと想像したこともある。
 ……キングって、こんな顔して笑うんだ。なんていう発見は、なんだか新鮮だ。

 立て続けにブースに座る女性たちの自己紹介を受ける。
 初期の時からいるメンバーがおおく、パーティーで絡んだことのある人たちだからか、なんだか初めてあった気がしない。

 「烈火の衣装ってさ、なんのキャラだっけ?」
 「それ、FIORIでしょ。 ああ、ムギちゃん推しゲーだったね」
 「俺、垢あるよ。そっちでもフレになる?」

と、距離を縮められ、両手でキングたちとのスペースをとる。

 「私は、やってなくて。ムギちゃんだけで」
 「そっか、じゃあ、今度、ムギ誘ってみるわ」と言うなり、キングはテーブルに置かれていたフルートグラスをクイッと、煽った。

 なんだろう、……居心地が悪い。

 ゲームの中だからリア充とかそういうの関係ないと思っていたけれど、ここにいるのは、明らかなヒエラルキー上位の男性とその周りを囲む女子たちだ。
 テンションの高いノリも、仕事なら割り切って乗り切れるけれど、なんだか今日は、うまく笑えない。

 「こら、他のゲームの話しない! せっかくだしPVPエリア行こうよ。ここにいるメンバーで対戦とかしてみたい」
 「いいねー!やろやろー」

 ゲームで3年も一緒にやってきたせいか、気づくとみんな長い時間友達だったかのような空気になってきた。
 彼らはスマホを取り出して早速ゲームにログインしている。

 「あれ、烈火さんも一緒にしません? タブレットないなら、貸しましょうか?」
 
 と、クイーンに誘われたものの、どう答えていいものか悩んだ。
 ゲームの中でプレイしている状況であれば、今の居心地の悪さが少しは緩和するかもしれない。けれど……。

 「いえいえ。私はマイコンじゃないとエイムガバになるので、応援側に回りますね」

 とやんわり断ると、クイーンは理解したように微笑んだ。
 
 「そっかわかったわ」と、席を立つ。

 ——ソシャゲの多くはゲーム機やPCだけでなくタブレットやスマホでもプレイできるようになっている。
 
 だがプレイ環境が違うのを嫌うプレイヤーも少なくない。
 私の場合はパソコンでのコントロール機に慣れすぎていて、スマホやタブレットではうまく動けない。そんな理由もあるが、外ではプレイしないと決めている。そう絶対に。

 彼らのプレイしている様子を横目で見つつ、ブースの外にいる人の動きへと視線を動かした。先ほどから何度もチラチラと気にしてはいるが、ムギらしき人の姿はない。おそらく、ここに来たらまず最初にキングのいるブースに案内されるはずなのだけど……。

 「まだかな。それとも、もう来てたりする?」

 だとしたら、ムギちゃんはこの会場のどこかにいる。

(第4話へ続く)

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