「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」 13話
13話
「あ、いや、最近散財しちゃったし……、欲しいガチャも無いし……」
「それなのに買うって、クセになってません?」
「うっ!!!」
五百城にいたいところを突かれてしまい、よろけた。確かに、本当に欲しいわけじゃないのに、新しいガチャが来ればついつい回してしまう。そしてコンビニに来てまず先に手に取るのは課金カード。完全に習慣化、いや課金中毒になっている……。
「ああ、でも! 買わないのも、なんかモヤモヤするぅうう!!」
と、頭を抱えていると、
「そういえば彼氏さんが後から鍵返してくれたんで……」
と五百城が肩に引っ掛けていたリュックの中をゴソゴソと漁り出した。
「それじゃあ、3000円返してくれるの?」
「そもそも3000円もらってないですが」
「……あ、そうだった」
1週間以内に鍵が見つからなかったら、請求すると言われていたのを思い出した。ということは、お財布の中は増えないってことか。仕方がない。課金カードを買うのは諦めようと踵を返す。すると、五百城が、「あ」と何やら思い出したような声をあげた。
「そういえば、解錠代金で彼氏さんから3000円受け取ったんだった」
「ちょっと、もしかしてダブ取りするつもりだったの?」
すると五百城は視線を逸らして、近くにあった冷凍ケースの中を開け出した。
「なんかアイス食べたいですね」
「ちょっと! なんとか言いなさいって。というかお店の従業員がそれやっていいの?」
「てかそもそも、鍵無くしたからって、お金とるシステムあの店、ないんで」
「はあ? 何それ!」
「やっぱバニラかなあ。あ、ソフトクリームという選択肢も捨てがたい」
などとアイスを漁り出した。真面目な青年かと思いきや、悪どい。
「ちょっと? ねえ?」
五百城の顔を覗き込むように見ると、不貞腐れた様子で、こちらを見つめ返してくる。
「僕、悪いことしたと思ってないですよ? 烈火さんにあんなことしといて3000円で済んだんですから、不幸中の幸いだと思った方がいいんですって。
それともまだ未練あったりするんですか?」
ウイーンと電子音がより一層に大きくなった気がした。アイスケースの中から冷気が上がってくる。寒気がするのは、きっと冷たい空気にあたっているせいだ。そう思いたい……けれど。
「未練……は、無いけど」
那央と一緒にいる時間、幸せだった。大切にされる自分がとても特別な女性になった気持ちで、彼のまっすぐな愛情が嬉しかった。自分の大切なことを共有しないことも隠していることにも心が苦しくなることもあった。でも、それでも私はゲームの世界をとった。どっちも欲しい。そんなわがままは無理なのだから。
「食べる! こうなったら、とことんアイス食べよう! もちろん麦くんが出すんでしょ?」
「まあ、軍資金の流れ的には烈火さんの元彼からですが」
「だったら、めちゃくちゃ高いやつも食べちゃお!!」
そんな感じで、高級アイスをコンビニで詰め放題的に買ってきて、向かった先は我が家。アイスを食べつつ、ゲームのイベントに参加し、今に至る。なんだか、ずっとこうしてたかのような感覚。このまったりした空気感は彼氏とは味わったことのないゆるっと感。たまらん。
「はあ、くつろぐううーーー」
やっぱりそれは、ゲームの同居人だからなのかな?
「ほら、烈火さん急いで!」
と五百城に言われ、そういえば今敵陣の真っ只中だったことを思い出す。急いで棒立ちしていたアバターを家の中に入れた途端、画面が真っ白になった。
「な? なに?」
何があったのかわからなかったので、五百城の画面を見る。するとムギちゃんは、コックピッドのような場所にいる。そして、照射機モニターの画面には私のアバターがいる廃墟の建物が映っていた。可愛い猫耳娘は、逃げ惑う敵たち目掛けて容赦無く砲弾を放っていく。
「戦車!! どこからゲットしたの! そんなの!!」
「敵サイドから拝借しました」
などと当然のように、言ってのける。
「い、いつの間に?」
「エリア占拠されている隙に敵陣地に侵入してきたんです」
戦車は課金の中でもジェット機につぐ高級アイテムで、リアル換算で何百万単位で取引されている。しかもガチャでしか手に入らない代物。そんな超レアものを、たった1人で奪ってくるとは。一体、どれほどの怖いもの知らずだと言うのだ?
「さすが、私のムギちゃん!!!」
「ムギくんです」
と、ムギちゃんの奇襲のおかげで(戦車のおかげ?)敵は完全に沈黙した。
「ちなみにCエリアも奪還しました」
私だったらドヤ顔で報告しまくってしまうことを、五百城はまたも顔色ひとつ変えずに報告する。なんとも頼もしい同居人に惚れ惚れしているところで、ヘッドフォン越しに源さんの声が聞こえてきた。
「ん? 烈火ちゃん? そこに誰かいるのか?」
と、源さんがV Cの先に聞こえてくる五百城の声に気づいたのか尋ねてきた。
「あ、ムギちゃんと?」
「ムギちゃんのV Cマークついとらんけど? というかムギちゃんチャット勢やったよな?」
などと不思議そうな声を出す。
「そうだよー。みちょもムギちゃんの声聞いたことないし〜」
“そうだったー!!”
ムギちゃんは今までVCをつけていないし、私のV Cからムギちゃんの声が聞こえたとしたら大問題だ。まさか、リアルでも一緒にいるなんて。せめてVC切っておけばよかった!! などと気づいても後の祭りだ。
「ええっと。違くてですね!」
「しゃがんで!!」
「へ? あ、うん!」
と鋭い言葉の通りにアバターをしゃがませると、背後にいたショットガンを構えた男が現れた。咄嗟に持っていたククリナイフで喉元を突き刺す。
「おー。ナイスー」
などと、危機感ゼロの五百城が口笛を吹く。
「あれあれ〜? 烈火ちゃんもしかして彼氏と一緒だったり?」
「まじまじ? ゲーム一緒にしとるん? まさかペテルギウスの男子?」
「うわー。リアルで出会って付き合っちゃった系? おめでとー烈火ちゃーん」
などとVC勢がざわめき出したせいで、チャットまで飛び火がくる。
「なんか、騒がれてますよ?」
と、チャットに流れる文字を追いつつも、ムギちゃんは他人行儀な態度でドカンドカンと敵襲に砲撃を喰らわせている。
VCをオフにして、五百城を睨んだ。
「いや、君のせいだから!こっちはVCつけてるんだから、少しは口を閉じるとかしようね?」
「でもこっちの方が面倒じゃないですし。チャット打ちたくてもこのデバイスじゃ面倒なんで」
”なら家に帰ればいいじゃないか!”
と言いかけて、グッと堪える。
確かに、チャットで指示されるよりずっとお互いの動きはスムーズだ。
本来ならキルされているだろうポイントでも、五百城の的確な声かけのおかげで免れている。
「めちゃくちゃ楽、楽ちんだけども!!」
「この前のイベで出会っちゃったのかよー! ったく誰だ!烈火落としたやつ!!」
まるで娘をどこぞの馬の骨に奪われた父親のような剣幕でキングまでもが、この話題に乗りかかってきた。
「も…。違うんですうううう」
「ほら、キルしないと、またポイント奪われますよ」
と、五百城の状況を全く把握していない言動に、コントローラーを握りしめる。悔しい。なぜ私だけがみんなのフォローをしなくてはならないのだろうか。そもそも、五百城のせいで、私のせいじゃないのに……。ぐぬぬっ。と怒りが湧き上がる。だがそれをグッと堪え、深呼吸をする。
ここはゲームの世界。ゲームの世界の問題をリアルに持ち込むのは、マナー違反。ここはソシャゲ廃人らしく、対応しよう。
「怒りは敵にぶつけるべし!!
とことんキルして、ペテルギウスを勝利に導いてやるんだから!!」
* 1 *
「お疲れ様でしたー」
と、五百城と発泡酒でお祝いをする。
「最終キル数、113で烈火さん、トップ10入ってますよ」
五百城がデバイスを眺めつつランキングを告げる。星対抗戦の中で、やはりトップランカーはキングやクイーンたちだ。後半は、烈火の隣にいる誰かの存在にペテルギウスの住民たちがわちゃわちゃしてしまい、指示らしい指示もないままタイムアップしたわけだけれど。どうにか結果を残せたようで安堵する。
「私は9位でムギちゃんは5位だけどね。レベたい違うのにすごすぎ」
ほとんどのイベント参加メンバーが装備もフルバフで挑んでいるというのに、それでもランキングに食い込んでくるあたり。やはり、本当にスキルが高い人は、簡単にレベ差を 埋められるってことらしい。
「まあ運よく、戦車ゲットできたのが大きいですかね」
などと言いながら、パプリカのピクルスを頬張った。そんな五百城を眺めつつ、ふと嫉妬の混じった視線を向けてしまう。そんな私に気づいたのか、五百城は顔の半分を隠して「見過ぎです」と指摘する。なんだか悔しくなって、五百城が齧るパプリカの皿をこちら側に引き寄せた。すると五百城は、餌を奪われた猫のようにこちらを睨みつける。
「いいよね。ムギくんはさ、そのエイム力があれば他のゲームでもトップランカーになれるじゃない? こっちはさ、課金しても、これよ」
甘酢を滴らせるパプリカの端っこをつまんで口の中に放り込む。咀嚼するたびに、爽やかな酸味が口いっぱいに広がっていった。
「烈火さんは、もう少し冷静に周りを見ることができればもっと強くなると思いますけどね。あと、課金する場所をアバターのスキンとか衣装とかじゃなくて、装備品やバフアイテムに変えるだけでもだいぶ違ってくると思いますけど」
などと、的確な指摘をしてくる。
「そ、そんなのわかってるよ! 衣装が可愛いすぎるんだもん! 限定家具もおしゃだし、買いたい欲を抑えるなんてできないでしょ?」
「あとムギへの貢ぎも」
と五百城がツッコミを入れる。
「そ、それは、貢ぎたい……。だったけどもうしない!」
言い切ると、五百城の表情がさっと曇った。
(14話へ続く)
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