江州弁

私が母方から受け継ぎ(父は県外出身)、日々話している滋賀県(の湖東地方)の方言。実は固有の名前がかっちりしていません。

私自身、自分が話す言葉について「関西弁」という感覚をずっと持ってきました。
もちろん、自分の話し言葉がテレビなどで聞く「京都弁」「大阪弁」と少し違うことは小学生の頃からなんとなく認識していましたし、福井県の親戚の存在から独特の「福井弁」があることも知っていました。中学時代には、湖北地方出身の先生が耳慣れない表現ヤンスを使うのを聞いて、米原以北にはうちとは違う「湖北弁」があるんだという認識も持ちました。
しかし、自分自身や母方の親戚が話す方言についてはあくまで「田舎の関西弁」ぐらいの感覚で、固有の名前を意識するような機会はありませんでした。恐らく、同世代の滋賀県民の多くが同じような感覚なのではないかと思います。

高校卒業後、阪神間の大学に進学しました。関西各地から学生が集まる環境で、必然的に「互いの関西弁の違い」がたびたび話の種になります。その段になって初めて「自分の方言を人に紹介したりする時に、何弁て言うたらええんやろ?」と意識するようになりました。
考えられる呼び方は、県名から採った「滋賀弁」と、旧国名から採った「近江弁」。ウィキペディアでは「近江弁」という名前で記事が作成されていました。しかし、滋賀弁にしても近江弁にしても、言い慣れず聞き慣れず、とってつけた感じがして、しっくり来ませんでした。

自分の話す言葉にしっくり来る固有名がないというのは、アイデンティティ的にモヤモヤするものです。
何かないもんかなと思っていた時に目に入ったのが「江州弁」という名前でした。
「江州」とは近江の別称(信濃を信州と呼ぶような)ですが、私にとって「江州」は「江州音頭」ぐらいでしか馴染みがない言葉でした。しかし、昭和やそれ以前に書かれた文章を読むと、「江州〇〇(地名)」「江州人」「江州米」「江州商人」など様々な場面で「江州」が使われ、その中に「江州弁」「江州訛り」といった言葉もあったのです(以下の例は滋賀県出身の作家の随筆)。
(もっとも、私は中学の頃から昭和の郷土資料を読むのが好きだったので「江州弁」も目にしていたはずですが、当時は全然気に留めていませんでした)

私の郷里は江州なので、彼は直ぐ江州弁も覚えてしまつた。勝気な私の母なども、余程彼は可愛いらしく、聊か持てあまし気味である。母などが何かしくじり話などしてゐると、「たゆ」はちらつと顔を見せて、「ほれみない。あかへんほん」などと、言ひ捨てて、走り去るのである。
   ーー外村繁「打出の小槌」(青空文庫

「江州弁」、ええ呼び方やな。滋賀弁とか近江弁よりもしっくり来る。けど、すっかり死語になった呼び方を今更使うのもなぁ……。
そう思っていましたが、ネット上を調べてみると、例えば滋賀県人会のホームページで使われている(下画像。リンク)など、必ずしも死語になっていないことに気付きました。

画像1

まだ死語ちゃうやん! このまま廃れさせるのはもったいない!
そう思って、まず自分から少しずつ「江州弁」という呼び方を使うようにしたり、Twitterで滋賀県の方言を紹介するサブアカウントに「江州弁たん」と名前を付けたりと、じわじわ「江州弁」を広めようとしてきました。

しかし、ここ最近、方言に関するネットのまとめ記事やYouTubeの方言紹介動画で「近江弁」という呼び方がばんばん使われていて、このままでは、一見歴史ありそうで実際には21世紀に入ってからしかほとんど使用例が見当たらない「近江弁」に圧倒されてしまう!
そんな危機感から、ネット上に「近江弁」を広めた一番の要因と思われるウィキペディアの記事名を変えようと思い立ちました。
実はウィキペディアの記事名って、改名を提案したあと1週間反対意見が出なかったら、改名できるんですよね。案の定、滋賀県の方言の名前に一家言あるような人は私以外におらず、先日(2022年2月5日)あっさり「近江弁」は「江州弁」に改名となりました。

ウィキペディアの記事名になることで、年配世代しか使わなくなっていた「江州弁」という呼び方が少しでも生き永らえてくれたら嬉しいですね。

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