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バグラブホテル

 高校時代は自転車で通学していたんですが、その通学路にホテルの看板があったんです。何もない空き地に置かれていて、特定の方角を指し示した矢印と共に「あと〇〇メートル」なんて書かれている。

 そのホテルもまた通学路沿いにあったんですが、外見からして明らかにラブなほうのホテルなんです。まあ、看板自体は誰が出してもいいですし、そのラブなホテルの看板もあからさまにラブラブしていなかったので、近所の方々も「まあいいか」と思っていたのでしょう。私が高校生活を終えるまで、その看板は特に撤去されることなくあり続けました。

 利用する予定のないラブなホテルの看板をなぜそんなに注目していたかと申しますと、ちょっとした特徴があったからなんです。電光掲示板で「空室」と「使用中」の状況が、数字で示されていたんです。電光掲示板とは言っても、デジタルサイネージみたいなものではなくて、数字の部分だけが電光掲示板になっているという単純なものでしたが、それでも目立っていました。ひょっとしたら当時の最先端看板だったのかもしれません。

 私は通学するたびに、使いもしないラブなホテルの空室状況を確認するようになりました。どういう仕組みになっているのかは知りませんが、見るたびに数字が違っていましたので、何らかの形で律儀に数字を変えていたのだと思います。

 そのお陰でおかしな点が浮かび上がってきました。ホテルの部屋数は30くらいだったと記憶していますけれども、月曜の朝とか土曜の昼とかでも、5部屋は確実に埋まっているんです。私は同じ通学路を利用する友人と「さすがにおかしい」と言い合っていましたけれども、何しろラブなホテルを利用する身分にありませんでしたから、確認のしようがありません。

 そんなある日、いつもの通学路は激しい雷雨に見舞われました。幸い、登校時間と下校時間の間に雷雨は通り過ぎたため、自転車通学の大敵である雨からは免れたわけなんですが、濡れた通学路を下校しておりますと、例の看板に大きな変化が起きていました。ラブなホテルの「空室」も「使用中」も88室になっていたんです。

 「派手に増床したのか」なんて思うわけがありません。ホテルの使用状況を表す数字は、いわゆる「デジタル数字」になっていたんです。

 つまり7箇所を光らせたり光らせなかったりすることで全ての数字を表現するシステムでございまして、7箇所全てが光ると「8」になるわけです。雷雨直後の例の看板は全ての箇所が光っていたため「88」がふたつあったわけで、要はバグっていたんですね。きっと近場に雷が落ちたんでしょう。早速、私は同じ通学路を使う友人とその情報を提供しまして、ふたりで教室の隅で笑ってみました。

 これを書くために、記憶を甦らせながらGoogleのストリートビューで例の看板がどうなっているのか確認してみたんですが、看板は撤去されていましたし、本体のラブなホテルも解体されて代わりに全然違う健全な施設が建っていました。時の流れは大事な記憶もどうでもいい思い出も平等に押し流してゆきます。

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