見出し画像

右の本格派の罠

 意図しないことが起きる。よくある話です。親切でやったつもりなのに怒られたり、適当にやったつもりなのにこっちが恐縮するくらい感謝されたり、なかなか世の中、一筋縄ではいきません。

 バナナの皮で滑って転ぶというギャグを始めてやったのはチャップリンだとされています。作品は1915年に公開された「アルコール先生 海水浴の巻」で、いわゆる無声映画です。

 上の動画ではチャップリンの他にバスター・キートンとハロルド・ロイドのバージョンもあります。真っすぐに踏むチャップリン、敢えて踏まないキートン、特殊環境下で踏むロイドと3つのパターンが約100年も昔に出来上がっている。一瞬、「すごいな喜劇王たち」と驚きそうになりましたが、チャップリンバナナが1915年、キートンバナナが1921年、ロイドバナナが1926年と、それぞれ5~6年の開きがあるんです。それだけの期間があればチャップリンバナナをフリにするよな、と思いました。

 人類で最初にバナナの皮で滑って転んだのが誰かは分からないでしょうが、誰かの意図ではなく偶然に起きてしまった事故だろうなという推測はできます。誰かが何の気なしにバナナの皮を捨て、それを誰かがたまたま踏んで転ぶ。

 罠をしかけるつもりなど毛頭なかったのに、結果的に誰かを罠にハメてしまう。バナナの皮に限らず、これもまたありそうな話です。

 「右の本格派」という言葉があります。もちろん「左の本格派」もありますけれども、いずれも野球の投手を形容する時に使われています。いろんな人が当たり前のように言ってきたせいか、私もまた当たり前のように言っていましたけれども、最近になって友人からこんな疑問を聞きました。「『右(左)の本格派』って何で投手だけなんだろうね」。

 確かによくよく考えてみれば不思議な話です。世界は様々なスポーツであふれており、中には野球に限らず利き手が重要な競技もあります。友人は更に言います。「実は自分たちが知らないだけで他の競技でも『右の本格派』という表現が使われているのではないか」。

 考えた末に友人は「ボクシングはどうか」と提案してきました。確かに、ボクシングは右フックとか左アッパーとか、利き腕を冠した単語がよく出てきます。我々がボクシングに詳しくないから知らなかっただけで、ボクサーにも右の本格派とかいるのではないだろうか。早速検索してみたんですが、なかなか出てこないんです。右も左も出てこない。左右に本格派がつくのは本当に投手だけなんでしょうか。

 いやいや、そんなはずはない。私は友人の前でなぜか躍起になってスマホをいじくりまわし、検索に検索を重ねた結果、とうとう検索結果にそれっぽいものを発見しました。ボクサー紹介記事に「右の本格派」という単語が載っているっぽいページだったので早速、見てみたのでございますが。

 プロボクサーがプロ野球の始球式をするという、まさかの野球とボクシングのミックス記事でございました。「右の本格派」はプロボクサーが投手をする様子を評した言葉だったんです。いや、もちろんプロボクサーが始球式を普通にしていても何もおかしくはありません。しかし、「やっぱりボクサーにも右の本格派が!」と喜び勇んでページを開いた私には、ボクサーだけどボクサーとして「本格派」と言われているんじゃなかった事実に顎が外れる思いでした。

 記事を書いた方も別に誰かを騙したり罠にハメたりしようとしたわけではないでしょう。ただ、友人の疑問をきっかけに変な目的で変な検索をしたから記事が結果的に何かの罠みたいな効果を生んだだけなんだと思います。

 意図せぬ罠にまだまだ引っかかっていきそうな予感がしたので、「他のスポーツにも左右本格派がいるのか調査」は一旦やめようと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?