芸人の仕事はどこまでか
2000年代半ばごろだったと思いますが、お笑い芸人のネタ番組でこんな誉め言葉がチラホラ聞かれました。「演技力がある」。その時は何となく聞いてたんですが、あとになってお笑い好きの友人がこんな疑問を呈してきました。
「ネタで演技力を褒められるって変じゃない?」
思ってもみない疑問だったので、私は詳しく聞いてみることにしました。
お笑い芸人と言えばまず思い起こされる活動はネタです。漫才だったりコントだったり、多かれ少なかれ演技力を必要とする表現方法です。
友人もネタに演技力が必要な場合がある点は否定していませんでした。ただ、常に必要だとは思っていなかったんです。曰く「別に笑いを取るのに演技力は必須ではない」と。
演技力があると、ネタにリアリティが感じられます。ただ、リアリティがあれば笑いが取れるとは限らない。面白くない人をリアルに演じても普通は笑ってもらえませんし、笑えないというのはネタとして致命的な欠陥となります。
「役者なら分かる」と友人はいいます。役者は演技の良し悪しが仕事の出来に直結すると。芸人も役者としてドラマや映画などに出ているなら演技力を褒められてもいい。ただし、それは役者としての仕事であって芸人としての仕事ではない。事実、役者の仕事の多くは笑いが取れる作品ではなく、芸人が笑える演技をしているわけではありません。
ネタにリアリティがなくても笑いが取れれば、それはいいネタだとも友人は主張しました。確かにそういう笑わせ方はございますし、そんなネタでもウケが取れればいいと私も思います。芸人がネタの演技力を褒められるのに違和感があるのも分かる。ただ、ネタと演技力を完全に切り離して考えていいものかどうかは判断がつきませんでした。
さて、それから15年以上の時間が流れました。当時も多いと言われていたお笑い芸人の数は更に増え、活動の幅も広がっていきました。一昔前だと、芸人がお笑い以外の仕事をするのは北野武さんとかダウンタウンのおふたりとか、時代を動かすレベルで激烈に売れたごく一部の人がやっているイメージがあります。実際はそうでない人もやっていたでしょうけれども、そこまで話題にならなかったのかもしれません。
それが、ここ最近になると、時代を動かすレベルでなくてもお笑い以外の仕事をこなし、そしてその仕事が世間に知られるようになりました。もちろん、話題になるような方は才能の塊ではありますけれども、芸人自体が世間の注目を浴びるようになった状況と無関係ではないでしょう。現在では役者はもちろん、小説を書いたり、歌をうたったり、中には映画監督をする芸人が現れても、世間は驚かなくなってきました。
芸人がお笑い以外の仕事をすれば、当然ながらその仕事ぶりを褒められることが出てきます。でも、私は例の演技力の疑問を思い出すようになりました。芸人以外の仕事で投げかけられる誉め言葉は、演技力を褒めた時と同様の違和感が出てはいないかと。
そう思っていたところ、安田大サーカスのクロちゃんがやっているYouTubeチャンネル「クロちゃんねる」にてクロちゃんがパンサーの向井さんと興味深いやりとりをしてらっしゃいました。以下、敬称略で、引用します。読みやすさを考慮して細部の表現が変わっている点はご了承ください。
◆ 参考動画
ふたりとも昨今の芸人はお笑い以外の仕事をするようになっていると認めつつも、向井さんは「もう今の芸人はそういうものだと考えればいいじゃない」と主張し、一方のクロちゃんは芸人がやっている仕事でもお笑いとそれ以外とを明確に区別し、「お笑いの仕事をしていない人は芸人と言えるのか」と疑問を呈しています。
話は更に続きます。
向井さんの主張はもちろん分かりますし、そういう認識でもいいとは思います。仕事がお笑いだけに留まらなくなる人の大半は、お笑いでも一定の評価を得ているわけです。言い方を変えると、お笑いで評価をされると、お笑い以外の仕事も来るようになる。
ただ、仕事の分類という意味では、クロちゃんのようにしっかり明確に分けたほうが混乱は招かないでしょう。「『自分は芸人である』という気持ちがベースにあれば、あれもこれも芸人の仕事だよ」と言ってしまうと、クロちゃんが言ったように「じゃあ競輪選手はお笑い芸人なのか」という問題にぶち当たってしまいます。仕事の分類が無茶苦茶になってしまうんですね。だから、「お笑い芸人が別の仕事も兼業としてやっている」とした方が自然で分かりやすいと思います。
というか、それまでもそんな感じになっていたと思うんです。例えば、ウィキペディアで北野武さんの項目を見ると、今のところ肩書は漫才師、映画監督、俳優のみっつです。その上でウィキペディアの記事を読めば、お笑いを仕事の軸としつつも映画を撮ったり役者をしたりと別の仕事もしているという状況が見て取れます。もちろん、見る人によっては北野さんをコメディアンと見る人もいるでしょうし、映画監督と見ている人もいるでしょう。ただ、あくまで北野武さんという人の仕事を客観的に表すならば、いくつかの業種を併記するのが妥当であり、生き様だからと言って全部の仕事を芸人にまとめてしまうのは事実をぼやけさせるのではないかと思いました。
これから芸人の活動はどのように変わっていくのか分かりませんが、人を笑わせるのが芸人の仕事だというところはあまり変化しないのではないかと考えています。そこが変わってしまうと、芸人という仕事自体が揺らいでしまうでしょうから。
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