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ダチョウ倶楽部の団体芸は特別よくできている

 「団体芸」とか「集団芸」とか呼ばれるものがあります。集団――具体的には3人以上――の人の間で繰り広げられる決まったやりとりを指します。主に「平場」と呼ばれるネタ以外の場所、例えばバラエティのトーク番組などで使われることが多いイメージです。

 団体芸が強いのは吉本興業の芸人という話をチラホラ聞きます。吉本はそもそもお笑い芸人の数が多いので、その手の芸に適しているとも言えます。その上、縦にも横にも芸人同士の繋がりが強く、団体芸を仕込む下地がある。更に劇場もたくさんあるため、試す場所に困らないという点も無視できないでしょう。

 吉本興業は歴史もあり、規模も大きい。日本のお笑いの王道とも言える存在です。だからこそなのか、変わり種を探そうとなると、吉本以外を探したほうが見つかる可能性が高かったりします。それは新人からベテランまで同様です。

 ダチョウ倶楽部というベテラントリオがいます。事務所は太田プロダクション、結成は1985年です。彼らの代名詞的な芸と言えば熱々おでんや熱湯風呂を用いたリアクション芸と、3人が織りなす一発ギャグです。

 その昔、コラムニストのナンシー関さんは、ダチョウ倶楽部についてこう書いていました。

 ダチョウ倶楽部の場合は、ダチョウという集合体自体が「ボケ」という人格を持ってしまっている。これは、ありそうでめったにないケースだ。
出典:ザ・ベリー・ベスト・オブ「ナンシー関の小耳にはさもう」100、朝日新聞出版、2003

 確かに、熱々おでんも熱湯風呂も様々なギャグも、「ダチョウ倶楽部の誰かがやっている」ではなくて「ダチョウ倶楽部がやっている」なんです。「3人でひとつ」感が極めて強い。ダチョウ倶楽部の一発ギャグは、3人の息が合いすぎて、ダチョウ倶楽部というひとつの人格が一発ギャグをしている感じです。もう団体ではない。融合です。

 そもそもトリオでひとつのギャグをする芸人自体、少ないのが現状です。吉本興業の「Bコース」がそれに最も近い存在でしたが、現在は解散しています。団体芸が強い吉本興業でうまくいかず、別の事務所の芸人が今でもやれている点は、個人的に興味深いところです。身近に団体芸という王道があるため、そこから一歩進んで融合にまで至らなかったのかもしれない。

 ダチョウ倶楽部の「融合」もまた、団体芸の一種ではあるでしょう。そして、彼らの芸には他にも特徴がある。やりとりが明確で、予想外な展開が起きづらいんです。

 予想外の展開を起きづらくする。これが難しい。例えば、「東野vs」というYouTubeチャンネルの動画で、東野幸治さんとみなみかわさんの両芸人が気になる話をしていました。みなみかわさんはシステマという格闘技を体得しており、それゆえに自分は痛みを感じないと主張して他の人に打撃を与えてもらい、痛さに耐えてるんだか耐えきれてないんだかよく分からないリアクションをするという芸を持っています。

 以下、動画と気になった部分の会話を引用しました。読みやすさを重視するため細部の表現を変えているほか、敬称略となっていますのでご了承ください。

【参考動画】

【参考動画7分59秒辺りから】
東野「殴られたあとの段取りは、一応、みっつよっつ用意してるじゃないですか」
みなみかわ「一応はね、僕も一応やってるんですけど」
東野「そのリアクションの一言とか、『次、もう一発やらしてください』『ええー』のリアクションとか、それをすごくゲストの俳優陣はかぶせてきて邪魔するじゃないですか」
みなみかわ「雑に扱って、全然僕の決め事とか言わしてくれなくて、それでなんか自分(俳優陣)は『俺って結構力あるな』みたいな感じで帰っていくんですよ」
〈中略〉
東野「誰(の攻撃)が一番痛かったですか」
〈中略〉
みなみかわ「あのちゃんって知ってます?〈中略〉あの子、つま先で俺の太ももを刺したんです。〈中略〉助走して、とんがった靴のつま先で僕のふともも刺して、で、あの僕、本当にあんまリアクションできずにマジでむかついた顔しちゃって、ちょっと変な空気になりました」

 みなみかわさんとしてもちろん、打撃をもらってなんぼの芸ではありますが、打撃の性質や受ける場所によって状況がかなりブレるようです。状況がブレるということは、予想外の結果がそれだけ起きやすくなる。言い換えれば、事前に用意した段取りが使えなくなる可能性が高まる形になります。

 平場において、決められたやり取りで笑いを取る人は他にもいますが、どれも起こる結果がかなりブレてしまい、それを本人の技術でどうにか対応しているという印象です。

 代表的なものとしては、近藤春菜さんの「角野卓造じゃねーよ」に代表する一連のツッコミですね。似た顔の別人であるかのような扱いをして、近藤さんがツッコむ。しかし、似た顔の別人と言ってもレパートリーはそこそこあります。更に、近藤さん自身、似た顔の著名人が新たに出てこないか常にチェックしてるという話も聞きました。

 アンジャッシュの児嶋一哉がやる「児島だよ」ツッコミも同じです。わざと名前を間違えてもらってツッコむという、誰でもできるシンプルなやり取りですが、ツッコミの種類は意外と要るようです。児島からあまりに離れすぎると、例えば「アリューシャン列島さん」なんて呼ばれると「児島だよ」だけではツッコミが足りませんし、逆に近すぎて「児島さん」と呼ばれた際には「間違えろよ」という、一周回ったタイプのツッコミが必要になります。児島さん的には、「尾島」みたいな「児島」に聞こえやすいものを使われると、間違えたのかどうか分からなくて判断に困ってしまう時があるようです。

 それらに比べ、ダチョウ倶楽部のくだりは他人を巻き込んでも起こる出来事にブレが少ないんです。その手のやり取りで代表的なものは、例えば「喧嘩のあとのキス」だったり、「上島さんが怒って地団太を踏むと周りの人が飛び跳ねる」だったり、あとは「『俺がやる』『いや俺がやる』『じゃあ俺がやるよ』『どうぞどうぞ』」なんかもありますね。

 彼らが丁寧なのは、どれだけ知名度が上がろうが、大抵はまずダチョウ倶楽部の3人だけで見本を披露するところです。それから他人を巻き込む。ダチョウ倶楽部以外の人がやることはどれも簡単です。地団太ならば、タイミングに合わせて飛び跳ねればいい。多少のズレは誰も気にしません。「喧嘩のあとのキス」ならば、争う理由がなくいきなり喧嘩しても問題ありませんし、何なら言い争う言葉なんて適当でいい。「喧嘩をしている」ことが分かればよく、何ならネタで喧嘩していることがバレバレのほうがいい。あとは適当なタイミングでキスをして仲直りすれば終了です。

 もちろん、これでも予想外の事態は起きます。決められたやり取りを敢えてしない人がどうしても現れる。でも、逆を言うと「決められたやり取りをしない」という事故しかなく、上島さんが「なんでやらないんだよ」と怒るなどの対処でどうにかなるようです。

 ダチョウ倶楽部の団体芸は本当に簡単なのでしょうか。それに関連して印象深い経験がございます。

 私、地元の友人の結婚式へ参加することになりまして、その流れで2次会にも行ったんです。友人こと新郎の関係者は私が知っている人ばかりでした。ただし、私は地元を離れて長いので、10年ぶりに会う人なんかもザラでした。会えば「おお懐かしい」と言い合うんですが、互いに最近の事情が全く分からない。何の仕事をしているのか、結婚はしているのか、家族は元気なのか。そんなことすら確認しなければならない仲でした。

 そんな中、何の流れか新郎関係者の中から誰かひとり、友人代表スピーチをするということがいきなり決まってしまいました。こういうのが昔から得意だった人を新郎関係者はみんな知っていました。学年一のお調子者だった長澤君です。もちろん仮名です。

 みんな長澤君にやりなよと言うも、長澤君は妙に照れてました。すると、隣にいた子が手を上げて言いました。「じゃあ俺がやるよ」。それを合図に、新郎関係者は全員ダチョウ倶楽部になりました。みんなが「俺がやるよ」と言い出し、私もそれに従いました。そして、長澤君が手を上げて「じゃあ俺がやる」と言った瞬間、他のみんなは「どうぞどうぞ」と譲りました。

 誰も何も仕組んではいないはずなんです。強いて言えば、最初に「俺がやるよ」と言い出した人がきっかけではあったんですが、それにしたって息ぴったりでした。何なら、長澤君が手を上げた瞬間、他のみんなは黙って、長澤君の「じゃあ俺がやるよ」のセリフがよく聞こえるように配慮までする。

 新郎関係者の中に芸人はひとりもいませんでしたし、何なら私は地元の友人との関係も薄い状態でした。それなのに、ちょっとした合図でみんなが融合してダチョウ倶楽部のようになった。ダチョウ倶楽部がシンプルで明確な団体芸を長年にわたってやり続けたから、事前の打ち合わせゼロでできたのだと思っています。

 そう言えば、実際にダチョウ倶楽部になってみて分かったことがあります。連帯感が楽しいんです。私なんて隅で手を上げてワーワー言ってただけなのに、それでも楽しいんです。

 だから芸人は団体芸を編み出し、使い続けるんだなと納得しました。

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