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柱とは喧嘩しない

 ホームがレスなおじ様たちと言えば、空き缶を拾って稼いでいるイメージがあります。以下の動画では「あんまり拾ってる人はいない」とおっしゃっていますけれども、その昔、実際に空き缶を争って喧嘩をしているところを見て、その印象があまりにも強かったため、なかなか古いイメージが抜けないんです。

 その喧嘩は、都内の大きな駅で目撃しました。片方はホームがレスなのかと思わせるほど古着中の古着を着たおじ様であり、片方は清掃業者のおじ様でございました。

 幸い、まだ暴力沙汰には発展しておりませんでした。しかし、清掃業者のおじ様はゴミ箱の前に立ちはだかり、古着おじ様が睨みながら威圧的な言葉を投げかける。一触即発の状況です。

 最初は何で揉めているのか分からなかったんですが、古着おじ様の言葉をチラホラ聞いていると、要は「俺の空き缶を取るな」という主張のようです。もちろん、ゴミ箱に捨てられた空き缶は古着おじ様のものではございませんから、清掃業者のおじ様としては淡々と作業をするだけです。ただ、このままでは力づくでも空き缶を持っていかれそうだったから、無言でゴミ箱をガードしていた。

 ふたりの動きは対照的でした。ゴミ箱の投入口を身体で塞いで動かない清掃業者のおじ様に対し、古着おじ様は相手を睨みつつ、周囲をグルグルと回ります。因縁をつける往年の不良のような動きです。

 しかし、よく状況を確認してみたら、恐らくふたりにとって想定外の事態が起きていたんです。原因はゴミ箱の位置にありました。およそ1メートル四方の、コンクリートで出来た正方形の柱の前にあったんです。

 先ほども申し上げた通り、古着おじ様は相手の周囲をグルグル回りながら、「空き缶をよこせ」みたいなことを言っていました。言い換えれば、ゴミ箱と清掃業者のおじ様とコンクリート柱、その3種セットの周囲をグルグル回っていたんです。当然ながら、古着おじ様はコンクリートの柱だけを睨む時間が定期的に出てくる。

 さすがに柱への恨みはなかったのでしょう。古着おじ様は、グルグル回りながらも、相手が視界に入った時だけ文句を言い、柱しか視界に入らない時は何も言わずを繰り返していました。だから、相手へ投げかける威圧的な言葉も「てめえ、どかねえとどうなるか…………………………………………分かってんのか、この野郎」と、変な間がちょくちょく入っていたんです。

 争いごとが苦手な私は怖くてすぐその場を離れてしまったんですが、安全圏に辿り着くと気づくんです。「あの喧嘩、変じゃなかったか」と。

 念のために帰りも現場をチェックしたんですが、コンクリートの前にゴミ箱が残されているだけでした。変な喧嘩だったとは言え、平和的な解決としてくれていたら何よりだと思いました。

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