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誰にとってもよく分からないサイン会

 小学生だった頃、私の地元と姉妹都市だった英語圏にある某市からふたりの少年がやってきました。数日間は私のいるクラスで一緒に授業を受けるとのことでした。ふたりの少年はどちらも金髪の白人でございまして、田舎の小学校で話題にならないわけがありません。他のクラスの女の子がわざわざ見に来るなど、ちょっとした騒ぎになりました。

 そのうち、女の子のひとりがこんなことを言い出しました。「サインもらっていい?」。

 ふたりの少年は女の子が差し出したノートに快くサインをしました。喜ぶ女の子。すると、そこから堰を切ったようにみんながふたりの少年にサインを求め始めまして、突如として臨時サイン会が開催されました。雰囲気にしっかり飲まれていた私もちゃんともらいました。とりあえず、使っていたボロボロの下敷きを少年たちに差し出すと、特に嫌な顔もせず、慣れた様子でサラサラとサインを書いてくれました。

 まだまだ印鑑の文化が強い日本とは違い、欧米ではサインが重視されています。噂では自分独自のサインを作ることを日常生活で求められるとかどうとか。そのためか、ふたりの少年も筆記体を崩したデザインのサインを芸能人のように書いていました。当時は欧米のサイン文化なんて知りませんでしたから、私は「どの国でも芸能人っぽいサインを自分で作っちゃうタイプの子がいるのかな」とか小癪なことを密かに考えていました。

 あと当時気になったのは、あのサイン会で間違った日本文化をオーストラリアに持って帰りはしないかということでした。「日本の子供は挨拶代わりにサインを求めてくる」みたいな、特殊な事情を日常だと勘違いしてはいないかと思ったんです。

 でもまあ、あの時のふたりの少年も今は大人になっているでしょうし、たぶん特殊な現象だったんだろうなと思い直してくれているでしょう。逆に「日本人は我々を見るとサインを求めてくる」という間違いを強固なものにしてくれても面白そうではありますが。

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