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貧乏揺すりとひとり遊び

 その日も職場へ向かうため、駅のホームで電車を待っていました。時刻通りにやって来た電車に乗りますと、車内がいつもより混んでいて、入口付近にも結構な人が立っています。しかし、奥を見ると座席の前のつり革辺りに結構なスペースがある。どうせ終点まで乗るわけだし、と思ってスペースの奥まで行ったんです。

 つり革を掴んだ時に気づきました。目の前に座っている初老の男性がなかなか特徴的だったんです。パーカーの襟から裾までコーヒーのような染みが点々とついていて、どこか落ち着かない様子でキョロキョロしている。何より目立ったのは留まるところを知らない貧乏揺すりでございまして、もう両膝がずっと上下にカタカタカタカタ振動している。なるほど、激烈に特徴的な方が座っていると両脇の席が空くなんて現象がしばしばありますけれども、座席の前のつり革が空くパターンもあるんですね。知りませんでした。

 とりあえず、しばらく様子を確認したところ、最大の特徴は貧乏揺すりであり、それを上回るような特徴、例えば急に立ち上がって私の右頬にストレートをかますようなことはされないみたいですので、まあ普通に本を読んでいたんです。

 激烈貧乏揺すりさんの両脇に何となく目をやりますと、右隣にいる二十代と思われる男性はイヤホンで音楽を聴きながらスマホに夢中のせいか貧乏揺すりは気にも留めていない様子です。逆に、左隣に座っているうつむき気味の女性は目を閉じて眉間にしわを寄せ、膝に置いたハンドバッグを両手でギュッと強く握っている。明らかにお隣の貧乏揺すりを気にしているご様子です。

 ですが、電車が駅に停まると貧乏揺すりさんはサッサとホームへ降りてゆきました。せっかくだからと空いた座席には私が座りました。右隣の男性は相変わらずスマホに夢中でしたが、左隣の女性は貧乏揺すりの緊張から解放されたようで、ハンドバッグを握っていた手が緩みました。

 よっぽど緊張から解放されたんでしょう。女性は右手の人差し指で左手の甲をトントン叩くという謎のひとり遊びを始めたんです。あれだけ激しい貧乏揺すりをアリーナ席で経験していた私には、指トントンくらい全然平気ですけれども、なんか今日は脚とか指とかをカタカタ動かす人とよく出会う日だなという意味不明な感想を抱きました。

 それだけと言えばそれだけなんですけれども、なんか気になったので書いてみました。

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