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売れる前の芸人の、ちょっとした頑張りを見た話

 いつどんな時もうまくいく万能の方法なんてありません。同じ方法だってうまくいく場合があれば、そうでない場合もある。

 毎日コツコツと努力を積み重ねる。これもまた同様です。まず、せっかくコツコツやってるのに、頑張る方向を間違えている場合があるんです。

 例えば、私が高校生をしていた頃、同じクラスの友人がそんな感じでした。ここでは仮に中本君としておきますけれども、いろんな人から聞いた中本君の評判は「めちゃくちゃいいやつだけど、どこか抜けてる」でございまして、私の中の中本君像も大体そんな感じです。

 化学の期末テスト直前、当然ながら私も中本君も事前に勉強をしてきました。しかし、私が何となく中本君のノートをチラ見すると、明らかにおかしいんです。化学式にふりがなが振られているんです。しかも、なぜかHな単語ばかり。私、思わず中本君に問いかけました。

「何、このノート」
「語呂合わせだよ。やっぱエロい言葉の方が頭に入るよな」

 確かに、ふりがなかと思ったのは、全てエロ語呂合わせでございました。しかし、私は中本君がちゃんと勉強をしたのか怪しんでいました。どう考えても力の入れ方を間違えているからです。

 案の定、テストの結果、中本君はちゃんと赤点を取っていました。敗因は明らかでした。化学のエロ語呂合わせを考える努力だけコツコツやってたんです。何なら、よりよいエロ語呂合わせを探し求めて、テスト範囲外の分野にまで進出していた。つまり、中本君は結果的にテスト勉強をほとんどしてこなかったわけで、努力の方向を間違えた状態だったんです。

 中本君のように、コツコツ努力する方向を間違えては成功するものも成功しません。コツコツやってもうまくいかない場合は他にもあります。たとえ毎日コツコツやっていたとしても、世の中にはもっとコツコツやってる人がいるかもしれない。そんな人がいたら、自分がコツコツしていても、追い抜かれるどころか差はドンドン広がるばかりです。果たして自分はコツコツやっていくべきかと疑問にも思ってしまいます。

 ただし、小さな努力を重ねてうまくいった人がいるのも事実です。例えば、その昔、とあるお笑いのライブを見に行った時の話です。

 そのライブは、当時の若手がネタをしたりゲームをしたりして観客を楽しませる内容でした。まずオープニングでは、全芸人が顔見せをします。簡単な自己紹介をしたり、ギャグを披露したり、芸人同士が絡んだり、いわゆる「平場」と呼ばれる状況でございました。

 一通りやりとりが終わると、MCがライブの開始を宣言してオープニングは終了、全ての芸人が一旦、袖にはけてゆきます。舞台上で騒いでいた人も、静かに脇からツッコんでいた人も、自らのキャラクターを一旦解いて舞台袖に消えてゆく。

 その中にひとりだけ、自分のキャラクターを保ち、最後まで観客をジッと見つめてポーズを崩さなかった芸人がいました。平成ノブシコブシの吉村さんです。彼はキャラクターを最後まで維持し、舞台袖に消えるのも一番後でした。

 当時、舞台にいた芸人は、今では引退している人も少なくない一方で、まだ芸人として活躍している人もいらっしゃいます。お笑いとは違う分野でブレイクした人もいる。それでも、現在のバラエティで吉村さんほど活躍している人はいらっしゃいません。何なら吉村さんはロケやバラエティなどで「いれば何とかしてくれる」と思われるほどの芸人となっています。

 こんな出来事もあります。私は大学生芸人の大会を見に行く機会に恵まれました。しかも決勝です。

 大学生芸人は当然ながらほぼアマチュアの芸人でございますけれども、決勝ともなりますとかなりの盛り上がりです。会場は満席ですし、皆さんちゃんと芸を仕上げてくる。

 予選を勝ち抜いた各芸人がネタを披露し、審査結果が出るまでみんなで待っていた時のことです。舞台上ではMCの芸人が場を繋ぐため、出場者の芸人を呼び出してトークをし始めました。その中に、大学を留年して、今年ようやく卒業が決まった子がいました。

 するとMCの芸人が「せっかくだからみんなで胴上げでもする?」と言い出しました。卒業が決まった子は「お願いします」と言ったため、胴上げする流れとなりました。しかし、ネタはプロ顔負けレベルにキッチリ仕上げてくる学生芸人が、平場となると普通の大学生に戻っている。だから、みんな互いに様子をうかがうだけで、誰も胴上げをしようとしません。

 MCが困っていると、ひとりの女性が一歩前に出て「じゃあ、私は胴上げするみんなを応援しますね」と言いました。私が「ああ、偉いなこの子は」と感心していると、他の人たちも少しずつ胴上げに参加してゆきました。明らかにひとりの女性がきっかけとなって、会場は気まずい雰囲気から脱したことになります。

 その女性は大会の決勝に出るくらいですから、その辺の人よりもお笑い芸人の才能を持ち合わせていましたし、何よりお笑いに対する情熱が非常にありました。だから、翌年のM-1予選2回戦で彼女の姿を見かけても驚きはしませんでした。当然、アマチュアでの参加でございまして、当時の肩書は会社員でした。

 私は観客で彼女のネタを見ていました。相変わらずアマチュアの割には非常にちゃんとしていましたが、プロも本気で参加するM-1となりますと話は違うのか、思ったより笑いが生まれません。ネタの終わり、「ありがとうございました」と礼をして、頭を上げた彼女はフッと笑顔を見せました。私の目には「ああ、これじゃダメだな」と言いたげに見えました。仮にそうだとしたら、冷静に観客の様子を見れていたと思います。その年、彼女の組は2回戦で敗退しました。

 それから数年後、私はM-1の敗者復活戦をテレビで見ていました。画面の向こうで、彼女は出場者として舞台に立っていました。相方も、コンビ名も同じでしたが、ネタは準決勝進出者のクオリティになっていました。結局、彼女のコンビ「ラランド」は、これをきっかけにプロとなりまして、今では個人事務所を立ち上げ、あの時に胴上げの流れを作った女性ことサーヤさんは事務所社長兼芸人として日々活躍しております。

 吉村さんもサーヤさんも、知名度の低い頃から、他の人とちょっとだけ違っていました。常に人よりちょっと頑張っていたと言えるかもしれません。私が見た、ふたりのちょっとした頑張りが、今の成功にどれだけ繋がっているのかは、はっきり言ってよく分かりません。私はよくお笑い芸人の統計分析まがいなことをやっていますけれども、吉村さんとサーヤさんの2例だけでは統計学的に数が少なすぎて、何らかの傾向が見出だせたとしてもそれが全芸人に言える傾向かどうかは全く分かりません。本当は全然関係ないのかもしれない。ただ、ふたりとも、そうやって他の人よりちょっとだけ頑張る日々をコツコツ積み重ねたから今があるのだとしても不思議ではないのは確かです。

 もちろん、冒頭でも書いた通り、コツコツ頑張るのは万能ではありません。エロ語呂合わせの権化こと中本君みたいなパターンもあります。でも、やっぱり、日々ちょっとずつ頑張らなくてどうするのと、吉村さんやサーヤさんを見ていて思うのも事実です。

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