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立派でなくても何とかなる

 「あなたは立派な人間か?」と聞かれて、間髪入れずに「そうです」と言える人間がどれだけいるでしょうか。多くの人間は立派とされる人物像から外れて、時にやるべきことはできないし、たまにやらなくていいことだってやってしまう。そういう障害を乗り越えて実現するから「立派」と言われるんでしょう。つまり、立派な人はどちらかというと特殊な人類と言える。

 世界中でマスクをしなければいけなくなった時期は、「人はなかなか立派になれない」と痛感する日々でもありました。「病気の流行を防ぐためにはあれをしなさい、これもしなさい」と言ったところで、言うことを聞かない人がたくさんいて、結局ちゃんと流行してしまいました。こっそり飲み会をしたり、マスクをつけなかったり、安静にすべき時に出歩いたり。

 かく言う私もうがい手洗いを実践したかと言えば、そこそこサボっていましたし、会社から毎日体温を測るように言われても、面倒くさがって適当な体温を言って凌いでいました。本当はダメなんだろうけどな、と思いながら、怠惰に流されてゆくんです。

 とは言え、立派でない我々は立派でないなりに対策を練っていくわけです。「立派な人」という特殊な人類ではなく、立派でない人にも達成できそうな対策を確立し、酷い目に遭ったり遭わなかったりしながら何とか生き延びようと頑張るんです。

 マスク期がしばらく続くと、あちらこちらで手の消毒ができたり、体温を測るようになりました。やっぱりみんな病気にはなりたくないですから、立派だろうがなかろうが、それぞれが自分なりに対策を講じた結果なんでしょう。完璧な対処法とは言えなくても、それで助かった人はたくさんいるでしょうし、私が病気にならずに済んだ要因かもしれない。

 街中にアルコール消毒や体温計が溢れるようになった頃の話です。条件を満たせばイベントを開けるようになったこともありまして、とある野外イベントへ参加することになりました。とは言え、まだまだマスクが欠かせない時期でしたから、会場は独特なシステムになっていました。入口と出口が分かれていて、入口には当然のようにアルコール消毒と体温計が設置されています。どちらもセルフでやるタイプでした。

 もうこの頃になりますと、みんな消毒にも検温にも慣れていましたから、当たり前のように消毒して体温を測っている。私も手をアルコール消毒して、非接触式の体温計でピッとやったんです。出てきた結果は42℃。健康体だと思っていた私、まさかの体温に思わず「うおっ」と声をあげてしまいました。

 すると、近くのスタッフが何てことない様子で声をかけてきました。

「ああ、その体温計、たまにそうなるんですよ」
「そうなんですか」
「もう1回、測ってみてください」

 言われた通り測定し直すとちゃんと36℃と出てきまして、無事にイベントへ参加できた私でございました。

 しかし、使用者の体温に関係なく、たまに高熱を叩き出すドッキリみたいな体温計を設置しておいて、特に問題なく回るイベントとは何なんでしょうか。思い返せば随分と奇妙な状況です。私はもちろん、恐らくイベント関係者も立派な人ではなかったのでしょう。それでも周囲の状況と折り合いをつけながら、どうにかこうにか凌いで、それなりに何となくうまく回っている。

 立派じゃなくても生き延びる術があると言うことなんでしょう。だから、私のような立派でない人間も生活できている。ありがたい話なのか何なのか分かりませんが、私としてはありがたいことになっていると思います。

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