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方言がきついくしゃみ

 くしゃみを言葉で表現すると「ハクション」になるわけですが、まあ無理があると思うんです。むしろハクション以外のくしゃみをブチかます人の方が多い。

 きっと、人によってそれぞれ異なるくしゃみの音を無理矢理ひとつの形にまとめてみたら「ハクション」だったんでしょう。「皆さん異論はあると思うけれども、ここはひとつ『ハクション』ということでお願いします」と誰かがまとめたんです。つまり、共通語みたいなものです。

 そう考えると、方言のきついくしゃみをする人のなんと多いことでしょう。私の友人にもひとりいます。敢えて文字にするなら「バッヒョンオヨヨヨヨヨ」でしょうか。バッヒョンはともかく、なぜオヨヨヨヨヨなのか。明らかに余韻がおかしいんです。わざと変なくしゃみをしているとしか思えないんですが、本人に聞くと「ついそうなってしまうだけで、わざとじゃない」と言って聞きません。その直後に友人は「ドゥオッヒョイモヨヨヨヨヨ」とくしゃみをする。音が特徴的な上に安定しないんです。だから、毎回違ったくしゃみになりますし、いつも特徴的なんです。

 当然ですが、友人は電話中もくしゃみをします。電話を通して聞くくしゃみはまた趣が違います。滝つぼに飛び込んで出てきたような音が聞こえたかと思ったらくしゃみだったことがあります。どうすれば人類がそんな音を出せるようになるのか分かりません。くしゃみは思ったより謎に満ちた現象のようです。

 友人のくしゃみは特徴的で安定しない。更に音がデカいんです。くしゃみと大音量は切っても切れない関係ですが、友人のくしゃみはそれに輪をかけてデカいんです。くしゃみをしたら前を歩いている男性が飛び上がって振り向いたと言うから相当なもんです。だから、友人は一度、真剣な表情で私にこんな相談をしてきました。

「俺のくしゃみで誰かが心臓発作にでもなったら、俺は逮捕されると思うか?」

 心臓の弱い方のそばでくしゃみをして倒れられたら一大事だと、友人はふと思ったに違いありません。真面目に聞いているのかウケを狙っているのか判断がつかなかったため、私はとりあえず「わざとじゃなかったら大丈夫なんじゃない?」と投げやりな返事をしてみました。

 さて、そうこうしているうちに、世間ではマスクをしなければいけない情勢になって参りました。飛沫を飛ばさないよう、気を遣う日々が訪れたんです。日常生活もいろいろと制限され、暮らしづらい日々が続きました。七色のくしゃみを持つ友人にとっては、より一層暮らしづらいに違いありません。何しろ、七色な上に爆音なんです。ウッカリくしゃみをしたら前を歩く男性を振り向かせるどころか、トラブルに発展しかねません。

 試しに本人へ尋ねてみました。「くしゃみは大丈夫か」と。友人はちょっと考えた末、「そういやあ最近してないな」と答えたんです。ちょうどマスクが必要になってきた頃からくしゃみが出なくなってきたとのこと。

 なんて空気を読むくしゃみなんだ、とは思いませんでした。個人の意思でくしゃみを抑えているとしか考えられない。でも、追及すると「そんなことはない」と言うんです。あの余韻がおかしいくしゃみも、飛沫厳禁の時代にくしゃみが出なくなったのも、本人の意思とは関係ないのだと。

 ちなみに、今の友人は再び妙なくしゃみを繰り出すようになっています。世の中は本当にひと段落したということなのだと思います。

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