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おなら仮説と副反応

 誰が言い出したのかは知りませんが、おならはいわゆる「実が出た」の「実」がものすごく細かくなったものだ、という説がありました。お尻から出てきて、しかもにおいは「実」に近い例の悪臭だったりする。そんなところから単純な推測により誕生した説ではないかと思われます。

 仮説の提唱者は、そんな説を思いついたんだったら是非とも実験をしてほしかった。例えば、同じ布に向けて何度も何度もおならをする実験だったら、誰にだってできるでしょう。もし、おならが細かな「実」でできているんだったら、おならをぶつければぶつけるほど、布の表面にほんのりと「実」が積もってゆくに違いない。しかし、実際は何度おならをぶつけたところで、布に「実」は積もらない。もし積もったら大変です。1回おならをするたびにちょっとずつ下着へ「実」が積もる形になるわけで、そんな話を聞かされたら安心しておならができなくなってしまいます。

 というか、おならが細かな「実」をまき散らしているのだとしたら、お尻から出た細かな「実」は空気中で拡散されていきますよね。つまり、我々の周囲は細かな「実」が飛び回っていることになるし、呼吸すると細かな「実」を肺に取り入れている形になる。しかも口から。仮説の提唱者が潔癖症だったとしたら、説を思いついた途端に呼吸をやめていたとしてもおかしくないわけです。

 もちろん、実際のおならは細かな「実」ではないようです。おならは基本的に酸素や二酸化炭素や窒素といったガスであり、場合によってはにおい成分がトッピングされるとのこと。

 におい成分の代表格としてはスカトールというものがありまして、その名から連想させる通り「実」から採取できるにおい成分です。しかし、スカトールはあくまで化学物質であって、「実」ではない。「実」が忌み嫌われる原因である雑菌の類は全くないというか、雑菌よりも遥かに細かな物体です。くさいけど、不潔ではない物質です。

 おならが細かな「実」ではないと知ってから何年も経ちまして、ここ最近の世界ではワクチンを打っていこうという流れになりました。で、私も打ってはみたんですが、まあ副反応が出てくるんです。熱が出るし、何かだるいし、身体の節々が痛い。ずっと横になって調子が戻ってくるのを待つしかありませんでした。

 ですが、どうしても起き上がらなければならない時がある。トイレなんかまさにそうです。確かに調子は悪いけど、人に手伝ってもらうほど悪くはない。重くて痛い身体をどうにか起き上がらせてトイレに行き、頑張ってどうにか「実」を投下し、倒れるようにベッドへ戻る。体温38度越えにはなかなかの一大事業です。副反応のせいで怠け癖に拍車がかかってる私としては、日々の生理現象と向かい合うのすら面倒くさがっていました。嫌だなあ、トイレ。だるいなあ、トイレ。そう思いながら、布団の中でゴロゴロしていました。

 しかし、いくらゴロゴロしても便意がやってこないんです。その代わりと言ってはおならはやたらと出る。何なら「実」が出てんじゃないかと不安になるような規模のおならも何度か出るんですが、「実」は一向に出てくる気配はない。いや、もちろん副反応中の私にはそっちのほうがありがたいんです。ただ、こんなにも出てこない経験がないものですから戸惑ってしまったんです。

 やっぱりおならは「実」が細かくなったものではないか。私の腸内の「実」がおならとして体外に出ていったからトイレに行かなくて済んだのではないか。副反応でぼやけた私の頭がそんなことを考え始めました。

 そんな仮説を支持したのならば、私は例の実験をしなければなりません。特定の布に向かって毎日毎日おならをぶつける実験です。ですが、説の立証を目的にしているとは言え、そんな習慣を持つ気になれません。それからすぐに副反応もなくなった私、これからどんなヤバい陰謀説を信じる時が来ようとも、あの仮説だけは絶対に信じまいと心に誓いました。

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