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親指姫のモグラ症候群

 「親指姫」という有名な童話がありますね。アンデルセンの代表作のひとつとされ、アマゾンで検索すると今でも何種類もの絵本が簡単に出てきます。

 私、長らくこの話に対する印象がよくありませんでした。理由は完全に自分のせいなんです。私が幼かった頃、それこそ初めて親指姫を読んだ時の話です。

 読んだ方はご存じでしょうが、親指姫の話は割と苦難の連続です。ヒキガエルにさらわれたりコガネムシにさらわれたりと、そのミニマムな身長ゆえに親指姫は小動物に誘拐されがちなんです。大人になった今ならおとぎの世界のプチトラブルなんて自分の吹き出物よりどうでもいい話として処理できるんですが、当時は小さい子供であり、物語とは言え悲劇への耐性が心に備わっていません。小動物に翻弄される親指姫にハラハラしっぱなしでございました。

 精神の限界が来たのはモグラの場面です。地下の薄暗い場所でモグラとの結婚を強要される。私、その光景がもう嫌になって、即座に絵本を閉じてしまいました。

 その時はそれでよかったんです。しかし、話の途中で強制的にシャットダウンしてしまったため、モグラに結婚を強要されたところで終ってしまった状態の親指姫が私の心の中に長らく残り続けていたんです。もちろん、本来の親指姫はそこから逆転劇が起きまして、幸せなエンディングを迎えるわけなんですが、私の中の親指姫はホクホク顔のモグラの前で困り果てて終わるという、すごく嫌な状態で脳に保存されてしまいました。

 どうやって私の中の親指姫をモグラから解き放ったのか。それは正規のエンディングをこの目で見届けることでした。モグラの嫌さにも耐え、ちゃんと花の国の王子様と出会って結ばれる。物事の解決としては正攻法ですが、だからこそ効きました。そして痛感しました。いくら嫌な場面に突入したからって変なところで物語から離れてはいけないと。

 実はもうひとつ、途中で見るのをやめてしまったがために、嫌なものとして心に留まり続けていたものがあったんです。それは子供番組で放送された歌でした。歌詞がストーリー仕立てでありまして、歌と共に流れるアニメもまた歌詞に準じたものになっていました。

 歌詞の内容は次の通りです。

 怖い夢を見るとどこからともなくピンクのバクが現れて悪夢を食べてしまう。それはよかったんですが、悪夢を食べすぎたせいかピンクのバクはお腹を壊してしまう。

 ここまでしか私の記憶には残っていないんです。お陰で私の中では腹痛に苦しむバクの場面で終わってしまっている。

 私は親指姫で学びました。こういうのはちゃんと最後まで見ろと。映像が難しいなら歌詞でもあらすじでもいいから、正規のエンディングを調べろと。幸い、現在は検索すればいろいろ出てきます。その曲は「ピンクのバク」というそのまんまなタイトルだそうで、検索したら歌詞もちゃんと出てきました。

 そうなんです、腹を壊して終わりだったんです。幼い頃の私はちゃんと正規のエンディングまで見て嫌な記憶をゲットしていたんです。

 子供番組でそんな救いのない終わりの歌を流していたとは。事実を知った私はまずそれに驚きました。たまに子供だろうが何だろうが全く加減しない大人がいますけれども、そういうタイプの作詞者だったのかもしれませんね。

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