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校長室を利用した人は社長室も利用する

 以前にも書いたんですが、久野さんという知人がいるんです。

 久野さんは小学生の頃、毎日のように教科書やノートの束を背負って登下校する生活に疑問を抱いていました。あんな重いものを背負って毎日歩くなんて冗談じゃない。不満は久野さんを解決へと突き動かしました。学校に荷物を置いて帰ることにしたんです。

 クラスの友人にはもちろん、先生にも速攻でバレまして、いろいろ言われたそうです。最も言われたことは「宿題はどうするの?」だったとのこと。久野さんは「学校で済ませて帰っているから問題ない」という強力な反論を武器に己を貫いておりましたが、事あるごとに言われる日々にはうんざりしていたようです。

 そして、ある日のこと、当番で校長室の掃除をしている時に思いついたんです。「校長室に置いていけばいいじゃないか」。校長先生の生態を調査した結果、校長先生が校長室に居座ることは滅多になく、いつも学校中を徘徊しては教職員や生徒と雑談ばかりしていると判明、それを裏付けるかのように校長室の収納はどれも空っぽ、収納としての役割を全く果たしていませんでした。

 最初は長期休み前後の、大荷物での登下校を強いられる時だけ校長室をトランクルームとして活用していたようなのですが、あまりにもバレないので普段の学園生活でも活用するようになりました。とは言え、そこは校長室でございますから、毎日のように使っていたら、校長室で校長先生に出会ってしまう時もあったようです。

「久野さんはこんなところで何をしているんだね?」
「掃除です」

 久野さんがこう返すと、校長先生はいつもお礼を言って去っていったそうです。「収納の掃除は欠かさなかったから嘘ではない」とは久野さんの弁です。

 久野さんの方法の優秀な点はいくつかありますが、特に「忘れ物をしない」という点は強力でしょう。月曜日の次に火曜日が来るのを忘れて水曜日の支度をし、火曜日を地獄に変えてしまった私には、久野さんほどの度胸があったらなあと思いました。とにかく忘れ物が多い子供だったんですね。

 ただ、忘れ物をしては怒られる日々は無駄ではありませんでした。大人になっても忘れ物が多いのは相変わらずなんですが、忘れづらくする方法はもちろん、仮に忘れてしまってもどうにかなるようなシステムを作るなど、忘れ物への効果的な対策を取れるようになったんです。例えば、スケジュール帳にちゃんと書くようにするとか、忘れた時用に予備を用意しておくとか、そういうちょっとしたことですね。お陰で、忘れ物に気づいて血の気が失せるようなことは非常に少なくなりました。

 一方の久野さんは「校長室をトランクルームとして利用する」という離れ業で忘れ物を知らない生活をしていたせいか、今でも結構忘れ物をするそうです。電車に傘を置いてきたことは数知れず、スーパーでカートに商品を詰め込んで、それを店内に忘れて家に帰ったこともあるそうです。

 学生時代に忘れ物と無縁の生活を送ってきたために、忘れ物への対策をとる習慣がついていない。だからそんなに忘れるんじゃないかと久野さんに指摘したことがあります。そうしたら、久野さんはちょっと考え込んだのち、こう言いました。

「社長室の収納に置いてくか」

 今の久野さんは社長と日常的に話をするくらい出世しており、言えば使わせてくれそうな程度には信頼関係を構築しているようです。

 離れ業でここまで来た人は離れ業で何とかする。世の中は本当にいろんな人がいます。

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