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最も後先考えない友人

 世の中には「後先考えない行動」がございます。いや、もちろん、未来をキッチリ予測しきれる人間なんていませんから、いくら綿密に準備をしたところで、どこかの段階で思い切って動かなければいけないとは思うんです。でも、限度があるでしょうって話なんですよね。お金が欲しいからって安易に強盗してはいけませんし、寒いからって家に火をつけてはダメなわけです。

 幸いにして、私の周囲には後先考えず犯罪に手を染める人はいませんけれども、たまにビックリするくらい後先考えない人がいるのは事実です。

 例えば、高校の同級生、ここでは仮に鈴木君としておきますけれども、彼はクラスで最も遠くから通学していました。しかも、自転車で。通学時間は2時間を余裕で越えるそうで、よく毎日通えるものだと感心していました。

 さて、そんな鈴木君と同じクラスになったばかりの4月、帰りのホームルームで学級委員を決めるという話になりました。学級委員になれば向こう1年もの間、学校で様々な役割を担うことになる。授業で「起立、礼」と号令をかけなければいけないし、集会ではクラスの出欠を取らなければいけない。先生は「できれば立候補で決めたい」とおっしゃりましたが、わずらわしいのが嫌いな私はとても挙手する気にはなりませんでした。他のクラスメートも同じ気持ちなのか、みんな黙ったまま動きません。学級委員を決めないと帰れないのは誰もが分かっていましたが、悪い意味でクラスが一丸となってしまいました。

 嫌な沈黙を保ったまま時間だけが過ぎて行くかと思いましたが、結末は思ったよりも早くやってきました。突然、鈴木君が手を挙げて「先生、僕やります」と言いました。先生は「そうか」と嬉しそうな一方、生徒一同はにわかにざわつきました。と言うのも、鈴木君は真面目な人だったんですが、一方で「歩いていたら道を曲がり切れなかった」みたいな変な理由で変な場所に変な絆創膏を貼って登校するような人でもあったため、4月の1週目で早くも「鈴木君は大丈夫か」という共通認識がみんなの間で出来上がっていたんです。

 とは言え、学級委員という重責を担ってくれる人が割と早く現れたものですから、誰もが変な絆創膏には目をつぶり、拍手でもって鈴木君の決断を称えました。これで早く帰れる。緊迫していた教室の空気が緩んだ瞬間でございました。

 それからの鈴木君は、割とそつなく学級委員をこなしていきました。徒歩で道を曲がるのは苦手だったのかもしれませんが、その手の任務には向いていたのでしょう。自転車で片道2時間の通学も彼の心身を鍛えたのかもしれない。

 やがて季節は一巡し、季節は再び春になりました。あと1ヶ月もすれば我々は進級し、クラスはバラバラになる。鈴木君もようやく学級委員の任務を解かれます。ある日の帰り道、私は何となく鈴木君に言いました。

「しかし、鈴木はよく学級委員に立候補したよな」
「いやあ、実はあの日、見たいアニメがあったんだよね」

 なんかよく分からない言葉が返ってきました。ちなみに、そのアニメはすごく可愛らしい少女がすごく可愛らしく活躍する内容でした。

 あまりの返事に私、鈴木君が聞き間違えたのかと思いましたが、確認すると、私の質問はちゃんと認識していました。

「見たいアニメがあったって、どういうことだよ」
「俺んち遠いじゃん? 早く帰らないと夕方のアニメに間に合わないんだよ。だから、立候補した」

 つまり、鈴木君はあの日に放送される30分アニメが見れるなら、学級委員を1年やってもいいやと判断したわけです。確かに、この選択は何も悪いところがありませんし、あの日のクラスメートはみんな内心喜んでいたと思います。でも、アニメを見たいがために学級委員を引き受けるという鈴木君には、「何と何を天秤にかけてんだ」とのツッコミを我慢できませんでした。せめて内申点目的だったらまだ心情が分かるのに、鈴木君は「ああ、そう言えばそんなのあったな」みたいなスタンスです。

 鈴木君は大学受験の時もD判定しか取れてない大学に挑んで何故か奇跡の合格を勝ち取ったり、隣のクラスの女の子に一目ぼれしたその日に告白してしっかり振られたりしていましたので、あまり将来設計しない性格だったんだと思います。ご両親は公務員なのに、彼らの堅実さはなぜか受け継がれなかったようです。

 私の中では最も後先考えない友人です。

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