いいお笑いはいい文章である、ただし半分は  錦鯉 渡辺さんの「2分59秒」編

 動画サイト「ABEMA」に「2分59秒」という番組があります。何名かのゲストが2分59秒という持ち時間の間に何らかの主張をする。ABEMAの公式YouTubeに番組の一部が公開されており、動画を見れる環境さえあれば誰でも見ることができます。

 以前、モグライダー芝さんの2分59秒について書きました。

 主に「これはすごいぞ」という内容なんですが、現在YouTubeで公開されているもののうち、芝さんと双璧を成していると思われるのが錦鯉の渡辺さんです。こちらもまた感心してしまったので、今回、取り上げてみました。

 芝さんの時にも書きましたが、自分の話を口頭で誰かに伝える場合、個人的には大きく分けて2つのタイプがあると考えています。自分の気持ちを前面に出して相手に伝えるホットタイプと理論的な言葉遣いを駆使して相手に伝えるクールタイプです。大半の人はその両方の側面を持っている。ただし、文章にすると良さが分かりやすくなるのはクールタイプです。

 渡辺さんは冷静で客観的な部分を持ち、クールタイプの傾向が強い方です。そして、そういう人であればあるほど、限られた時間内で的確に主張を終わらせるため、表現の一つひとつにまでこだわります。そのこだわりを、一部ではありますが紹介できればいいと思っております。

 ということで、早速、渡辺さんによる「2分59秒」の主張を引用しつつ、その特徴を書いてまいります。文章で読みやすくなるよう、発言の細部が少々変更されている部分がございます。あらかじめご了承ください。

 渡辺さんの主張におきましては、次の動画で確認できますので、よろしければご覧ください。

【参考動画】

1.基本に忠実な痛風ハードパンチャー

 冒頭から順番に参ります。

【参考動画 0分4秒辺り】
 皆さん、痛風という病気、ご存じでしょうか。発作が出ると足がグローブのように腫れ、とんでもない痛みを伴うという病気なんですけど、この病気がですね、なんか人にあんま心配されないんすよね。で、なんか発作が出ると、なんか周りのやつらが笑ってるみたいなことがよくありまして。
 ちょっとこの病気について今日、お話したいなと思いまして。

 テーマはご自身の病気で、あまり心配されないため、もうちょっと心配してほしいという主張です。この「あまり心配されない」がポイントで、導入部として主に2つの役割を担っています。まずひとつは「病気といえば心配されるものだ」というイメージに敢えて異を唱えることで「どういうことだろう」と興味を持たせる役割、もうひとつは病気のつらさというネガティブな感じをなくして聞きやすくさせる役割があります。

 また、同じクールタイプの芝さんとの比較も興味深いところです。芝さんの話し方の特徴は倒置法の多さです。強調したい部分を先に持ってきて、補足情報をあとから話すんですが、一方の渡辺さんは倒置法をほとんど使いません。聞く分には渡辺さんの話も芝さんの話も聞いてて理解しやすいんですが、渡辺さんのほうが基本的な語順で話すため、文字に起こすと読みやすい文章が出来上がります。

 倒置法を使わない分、渡辺さんはどうやって強調しているのか。それはお笑いで言うところの「間(ま)」に相当するもので、話の中で一瞬だけ意図的に沈黙を入れることで強調しています。ちょっと溜めてから話す感じですね。これは文章に起こすと分かりづらくなってしまう部分です。

 とにかく、結果として、芝さんが次々と言葉で畳みかけるのに対し、渡辺さんはどっしりと構えて一発ずつ確実に言葉をかましてゆく印象です。芝さんが絶え間なく攻撃する軽量級ボクサーならば、渡辺さんは重いパンチをズシンズシンと入れる重量級ボクサーといったところでしょうか。

2.フリとオチの関係性をしっかり守った構成

【参考動画 0分30秒辺り】
 まず、痛風っていう名前なんですよ。「が吹いてもい」って書くんですけど、この痛風って名前書いたやつ、多分痛風じゃないんですよね。痛風って名前考えたやつ、多分、痛風じゃないんですよ。
 だって、風なんか吹かなくたっていてえんだから。もう「痛」だ、こんなもんは「痛」だっていうの。

 渡辺さんの話は語順がちゃんとしているんですが、構成もちゃんとしている傾向が強いです。構成と言えば、いわゆる起承転結だったり、演劇だったら「三幕構成」、伝統芸能だったら「序破急」、学術論文だと「IMRAD」なんてのもあります。

 お笑いだとフリ・オチ・フォローという3段階1セットの構成が知られています。ただ、現在ではフリ・オチを1セットとして語られることが多い印象です。お笑いの用語は基本的に皆さんがそれぞれの感性で使われるものが多く、辞書のように定義がキッチリされているものではないため、正確な説明が難しい。そこを敢えてザックリと表現するならば、基本的にはフリが話のスタートで、オチがゴールとなっています。そして、基本的にはオチが笑いを取る部分であり、フリはそのためのお膳立てをする役割を担っています。

 もちろん、どんな構成も万能ではありません。フリとオチの関係性だって、最初にオチを持ってくる出オチという例外があります。それでも、渡辺さんの主張では、フリとオチが分かりやすくしっかりしている。ちょっとお笑いを知っている方なら、上記の「痛風の名前」の話はどこまでがフリで、どこからがオチか、余裕で分かると思います。そして、渡辺さんの主張はそのしっかりした構成が非常に効いています。

3.説明の超圧縮と超効率化

【参考動画 0分50秒辺り】
 この痛風なんですけど、どうしてなるかっていうと、尿酸値というものがありまして、この尿酸値という痛風ポイント、まあ僕ら「Tポイント」って呼んでるんですけど、これが溜まると痛風になるんですね。尿酸が結晶化して針のようになり関節で暴れ回って腫れるという、とても痛い病気なんですよ。
 この尿酸値が7になると痛風を発症すると言われてて、9だともう超高校級だって言われてたんですけど、僕、測ったら13あって、医者に「メジャーリーガーじゃねえか」って言われたことがあるんです。

 改めて痛風の症状を説明していますが、最初の説明と異なるのは尿酸があるかないかです。尿酸の説明をする際、尿酸がどうやって体に悪さをするのかを訴えているため、無駄な重複ではありません。

 病気の話になるとどうしても難しい医学用語が入りがちですが、そこは分かりやすい単語に置き換えています。分かりやすいのはTポイントですね。

 何気に尿酸値の単位を省略しているのも注目点です。尿酸値の単位はmg/dl。人によってはもう訳が分からないと思います。読み方は「ミリグラム パー デシリットル」です。液体の濃さなんかを表す単位で、1デシリットルの液体に何ミリグラム含まれているかを意味するんですが、そんなことを話していたら時間がかかるし意味も伝わりづらい。じゃあ、外してしまえという決断です。

 ただし、決断のフォローはちゃんとやっています。それが、野球での例えですね。単位がなくとも数が大きければヤバいとさえ分かれば問題なく伝わるわけですが、そこを野球の例えでダメ押しした形です。しかも、「野球」って単語を使わずとも野球の話に例えていると分からせている。野球っぽい言葉は「超高校級」と「メジャーリーガー」だけです。特に「超高校級」という言葉が非常に効率的な仕事をしています。

4.敢えて大雑把な分類を提示

【参考動画 1分24秒辺り】
 その尿酸値がなぜ溜まるかというと、プリン体というものが原因でございまして、このプリン体は何に入っているかというと、うまいものに入っていると。おいしいものに入っていると。僕ら、やすやすとおいしいものが食えないんです。
 で、だから痛風仲間とですね、飲み屋に行って、もつ鍋頼む時なんて、「おい、お前明日死ねるか」。もつ鍋食うのに覚悟がいるんですよ、俺ら。そんな生活してるんです。
 で、食べちゃったら翌日、足、引きずりながら「もつは強えなあ」なんて言っちゃって。そんな生活をずっと続けてきてるんですけど。

 調べてみたらプリン体の多い食べ物は肉や魚介類、特に内臓系や干物類とされていますが、あくまでその傾向が強いだけであって、魚介類なら必ずヤバいとは限らないようです。ただ、そんなことをゴチャゴチャ言ったところで伝わりにくいし時間がかかる。そこで「うまいもの」「おいしいもの」と言い切ってしまう。そして、「うまいものを食べるのに覚悟がいる」と持っていくわけです。

 もちろん、食べ物の好き嫌いは人それぞれだし、うまいけどプリン体の少ない食べ物だってあるに決まってるんですが、ここまで大雑把にくくってしまうと、「まあ、細かいところは敢えて無視してるんだろうな」と聴衆に察してもらえる効果もあるでしょう。ただし、当然ながら例として出すのはプリン体が高く、そして多くの人が好きそうな食べ物を選んでいます。

5.主張に集中させるためモノマネも省略

【参考動画 2分3秒辺り】
 この痛風がですね、やっぱね、仕事にもちょっと影響することがございまして。
 営業にですね、小梅太夫と一緒に行ったことがあるんですけど、小梅太夫はあの「チャンチャカチャンチャン、チャチャンチャチャンチャン」っていうのがあるんですけど、その「チャンチャカチャンチャン」のチャの1個1個が全部足に響くんですよ。チャの1個1個が。
 だから僕、風通の発作が出てる時、小梅太夫、共演NGなんです。もうそれはマネージャーに言ってあります。

 ここで痛風の説明から、痛風で困ったことに話題を変えています。話す内容を変化させ、更に聴衆の興味を繋ぐ役割を果たしています。

 痛風が仕事に影響するというフリで、聞く人に様々な仕事の苦労を予想させ、そのどれもを裏切るようなオチを持ってくる。王道の方式をキッチリやってくる、横綱相撲のようなエピソードです。

 小梅太夫さんの細かい説明を省略しているのもポイントで、何ならあの特徴的な声の真似すらしていません。それでも伝わるだろという判断であり、多くの人には実際に伝わることでしょう。逆に、変にモノマネをしたら、聴衆の意識がそちらに行ってしまって、主張に悪影響が出る可能性もあるため、敢えて言わなかった可能性もございます。

6.徹頭徹尾、基本に忠実な横綱相撲

【参考動画 2分32秒辺り】
 痛風がなぜ心配されないかというと、痛風のやつって大体草野球の四番みたいな顔してんすよ。屈強すぎてなんか心配されないんじゃないかって、そういうのがあるんですよね。
 ということで、今日は痛風についてもう少し皆さんに心配していただければと、そういうお話を持ってきました。
 僕の主張は以上でございます。

 痛風が心配されない理由を言って、まとめに入っています。

 渡辺さんの主張は構成がしっかりしていると書きましたが、それは各エピソードだけに限りません。

 「痛風は他人に心配されない」から、痛風の説明をしてゆき、痛風で困ったことの一例として小梅太夫さんを出し、ラストのまとめへ繋げる。起承転結とも言うべき、しっかりとした4段構えです。もちろん、全ての話が起承転結でうまくまとめられるわけではありませんが、渡辺さんの主張では綺麗にはまっている。基本に忠実、王道の横綱相撲、だからと言ってありきたりではない。売れるべくして売れた人という印象を受けずにはいられません。


 以上が、渡辺さんの「2分59秒」です。自分の病気を面白おかしく言っているかと思いきや、基本の大切さが身に染みるような話でしたね。それから、芝さんもそうでしたが、物事を短い一言に圧縮する能力が非常に高いと感じました。言いたいことの大半を乱暴に省略しているんだけれども、でも何となく意味が分かる言葉になっている。緻密な計算をもとに大ナタを振るっているかのようです。

 今回はここまでとなります。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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